後宮の下賜姫様

四宮 あか

文字の大きさ
14 / 37

第14話 会いたくなかった人

しおりを挟む
 玲真からの便りはその後なく、あっという間に月日が過ぎていく。
 下級妃賓である琳明が上級妃賓の宮が並ぶ場になどそう何度も足を運ぶのは不自然で、調べたいことや聞きたいことはあるのに琳明はごく普通の下級妃賓としての暮らしをしていた。


 伝えられることは伝えた。
 あとは、念のためにと陶器を拭いた布、お茶を含ませた布が手元にある。
 これに毒が付いていないかだ。
 まだ未熟な琳明ではわからなくても、祖父ならもし毒がついていれば何の毒なのか割り出せるのではと思う。
 だが手紙や荷物には必ず検閲がはいる。
 ゆえに琳明の祖父にそのことを伝える手段がない。
 誰かに頼むという手段もあるだろうが、後宮でこれを託して市井におりてくれと頼める信用できる人物もいない。

 一番怖いのが琳明が毒は何か探るために動いていることがばれることだ。



 後宮の木々も色づいた美しい姿から寒さで葉を落とし冬の装いへと変わっていった。
 早朝、吐く息もいつのころからか白くなり、焦る琳明の気持ちとは裏腹に月日というものはあっという間に流れていく。


 気持ちをごまかすかのように琳明は後宮内を散策し枯れてしまう前に沢山の薬草を取り洗い干した。
 薬師として琳明を頼る者はいないから、これほど沢山の種類の薬草をたっぷりと用意しても使い道はない。
 後宮の厄介事が片付かなければ、薬草をもちかえり市井に帰ることもできない。



 悶々としながらも、特に動けることもない琳明が薬草の乾燥の進みを調べている時だった。
 ようやく玲真が琳明の宮へとやってきたのである。
 玲真が頭を下げると、それだけで小蘭と香鈴は言いたいことを理解したようで部屋から退出した。


「いつぶりだろうね。下賜姫様」
 玲真はさっそく琳明の立場を再確認させるかのように下賜姫様と呼んだ。
「お久しぶりでございます。玲真様」
 主君と呼んで同じことをやり返してもいいが、どこでだれが聞いてるかわからず玲真様と言うにとどめた。


「本日はどのようなご用件で?」
 玲真は何かようがあったから琳明のところに来たはずだ。
「もうすっかり冬だな」
「さようでございますね」
「薬草をこんなに沢山集めたようだが、まだ薬になるような草ははえているか?」
「あるにはありますがもう効能としては摘み取って処理してもおちるでしょう」
「そうか……下賜姫様は風邪で体調を崩された。そうだな1週間ほどもあればなおるだろう」
 ふむふむと玲真は一方的に話を進める。
「どういうことで?」
「お前薬師だろう。草木が枯れば新しく毒をつくるとなると、処理してある材料をさがさねばならないだろう。お前自ら市井におりて変な流れがないか探れ」
「はぁ!!」
 思わず声を荒げる。妃が後宮から出されるなど本来あってはならないことだし、脱走で逃げ出した妃などは妃だけの制裁だけではなく一族まとめて何らかの制裁がされるほどの重罪だ。


「期日までに戻らねば一族がどうなるか賢いお前にはわかるだろう? もちろんお前を単身では行かせないさ。おい、入れ」
 玲真は控えていた官に部屋に入るように促した。
「ちょっと、信用できるの?」
「よほどの覚悟がなければ、あいつもこんな仕事引き受けないさ」
 玲真は疑う琳明にそういう。

 しばらくして、ゆっくりと部屋に現れたのは宦官の服をきた人物だった。
 玲真と一応妃である私の前に膝をおり頭をさげる。
 一応下級妃賓とはいえ妃である琳明の部屋にいるのだから、許可をえず妃をみることは無礼にあたるからだ。

「詳しいことはすでに説明をしてあるからコイツから聞け。こいつはされるのを避けたいお前とは反対に、身分が低いにも関わらずどうしてもしたい妃がいるそうだ」
 下賜したい妃がいるからとはいえ、なんて馬鹿なことに首を突っ込んだんだこの男はと思った。
 ここは後宮だ、本来外から高い塀と深い堀で隔離された場所の頼み事なんて、受ける前にどれだけ危ないことをやらされるかわかりそうなものを……
 琳明はこんな馬鹿げたことを引き受けた馬鹿な男とは違い、初めは危なくなったら辞めるつもりだった、玲真の正体を知り逃れられなくなるまでは。


 目の前にいる彼はおそらく宦官である可能性は低いだろう、宦官であれば妃である琳明と同じく簡単に市井には降りれない。
 下賜したい姫がいるからといってなんという馬鹿なことに手をだしたのだと思った。
 この男に玲真はどれほどのことを話しているのだろうか、信用に足る人物だから話たという線は薄いだろう。
 となると失敗したとき切りやすい身分や家柄だから任せた可能性が高い。

 たった一人の女のために下手をすれば死ぬかしれないというのに。
 玲真となんて危ない賭けをしたのだろう……愚かな。



「表を」
 口元を扇子で隠してから琳明がそういうと、男は顔をあげたのだ。
 顔をあげて、琳明は固まった。
 琳明と同じく、男も琳明の顔をみて固まった。


 ずっともう一目だけでも会いたいと思っていた。
 どこにいるのかとずっと気にしていた。
 だが、今この場では絶対に会いたくなかった男が琳明の目の前にいたのだ。

 地方出身の彼が他の妃達と会う機会などこれまできっとなかっただろう。
 だからこそわかってしまったのだ。
 この男が下賜したいと願っただろう人物はきっと――――私だ。

「なんて、馬鹿なことを……」
 思わず顔を覆ってしまった。

しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~

いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。 地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。 「――もう、草とだけ暮らせればいい」 絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。 やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる―― 「あなたの薬に、国を救ってほしい」 導かれるように再び王都へと向かうレイナ。 医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。 薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える―― これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。 ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

~後宮のやり直し巫女~私が本当の巫女ですが、謂れのない罪で処刑されたので後宮で人生をやり直すことにしました

深水えいな
キャラ文芸
明琳は国を統べる最高位の巫女、炎巫の候補となりながらも謂れのない罪で処刑されてしまう。死の淵で「お前が本物の炎巫だ。このままだと国が乱れる」と謎の美青年・天翼に言われ人生をやり直すことに。しかし巫女として四度人生をやり直すもののうまくいかず、次の人生では女官として後宮入りすることに。そこで待っていたのは後宮で巻き起こる怪事件と女性と見まごうばかりの美貌の宦官、誠羽で――今度の人生は、いつもと違う!?

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

芙蓉は後宮で花開く

速見 沙弥
キャラ文芸
下級貴族の親をもつ5人姉弟の長女 蓮花《リェンファ》。 借金返済で苦しむ家計を助けるために後宮へと働きに出る。忙しくも穏やかな暮らしの中、出会ったのは翡翠の色の目をした青年。さらに思いもよらぬ思惑に巻き込まれてゆくーーー カクヨムでも連載しております。

後宮なりきり夫婦録

石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」 「はあ……?」 雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。 あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。 空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。 かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。 影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。 サイトより転載になります。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...