後宮の下賜姫様

四宮 あか

文字の大きさ
17 / 37

第17話 悪夢

しおりを挟む
 二枚底をどうやってごますかと思ったら、高価な雪を使うことで鮮度を保つものを運んだように見せかけたのね。
 どのくらいの雪が残っているか琳明は見えないのでわからないが、雪は高価なものだ。
 すっかり冷え込み冬が近づいてきたとはいえ、この辺にはないのだからわざわざ今日のためにどこかからもってきたんだろう。
 搬入を終えたあと他のものを運ぶのに使い回すというていなのだろう。


 高価な雪をいじくり回すようなことは商人は嫌うし、かつ冷たい雪の下によもや人が入っているとは思うまい。
 上手く考えたものね。
 ただひとつ雪の下にこんな薄着で長時間いればどうなるかを除いて。



 余りの冷たさに琳明は気がつけば意識を手放した。




 体がだるく重い。間接は痛むし。頭もいたい。これは間違いなく風邪ね……
 これから冬が来るというのに、あんな風に全身を冷やせばこうなるのは自然の摂理。


 お腹がすいた、粥はまだだろうか。冬は薬屋にとって稼ぎ時だ。身体を温めるお茶や水浴びが出来なくなるから匂いをごまかすお香売れるものは病人に使う薬だけではない。
 今日みたいな寒い日は小さい饅頭はすぐ冷めるからと人々は買わなくなるから、こんな日ばかりは気前よく大きな饅頭にしようそうすればすぐに冷めたりしないし数がでるだろう。
 饅頭が沢山売れたら私は……私は…………


『琳明、麦粥ができましたよ。ほら今日は特別卵を一つ落としておきましたよ。精をつけてもう休みなさい』
 母さん……ありがとう。風邪のときはこの麦粥を食べるとほっとする。 

『冷えた身体には甘酒だ。中から温まるぞ』 
 父さん、そういってまた薬を混ぜた苦い酒じゃないでしょうね?

『姉ちゃん! ちんたら寝てる場合じゃないぞ』
 もう、具合の悪いときくらいは静かにして頂戴。
 あんたももう13歳でしょ。私があんたの歳には饅頭を売っていたんだから。
 男ってだけで胡座をかいてちゃだめなのよ。
『姉ちゃん、起きないと大変なことになるぞ』
 あんたはもうそういって、今度は何?


『李 琳明を明日付けで後宮に召し上げる』
 この男は突然何を言い出すの? 戸惑う琳明とは裏腹に手をたたく音がした。
『でかした琳明、本当にお前が後宮に目仕上げられるとは。今夜はご馳走だ!』
 祖父が手を叩いて喜んだ。


 違う後宮なんかに私は行きたくない。

 行きたくない下賜姫かしひめになんかなりたく…………


 気がつけば琳明の立っている場所は家ではなかった。
 ここはどこと後ろを振り向けば端正な顔立ちの男がたっていた。

 『足掻け後宮の下賜姫様』
 玲真の口角が上がる。


「いやぁぁ」
「琳明!!」
 なだめるように琳明の背を向俊のてが撫でた。 
「こ……うしゅん」
「目が覚めてよかった。冷たい水気のあるなかで動かなくなっていたから死んでしまったかと思った」
 無事を確認するかのように琳明の頬を向俊は撫でる。


 気絶していたことに琳明はようやく気がついた。あまりにも脱出方法が無謀すぎたのだ……
(先程までのは夢か……)
「何か温かい飲み物を貰える?」
「今湯を沸かしてこよう」
 向俊はそういって去っていった。



 起き上がった琳明は熱でぼーっとするなか辺りを見渡した。
 どうやら琳明は簡易な寝台に寝かされていたようだ。
 脇には水桶があり琳明の膝には冷たい水を含んだ布が落ちていた。
 琳明が叫んで起き上がった拍子に額から落ちたのだと思う。
 下女の粗末な服から琳明には二まわりは大きいが厚みのある服に代わっていた。


 さてさて、ここは琳明の部屋でもなければ、後宮の宮でもない。
 部屋に置いてある家具は失礼だが後宮にいたせいもあってずいぶんと粗末なものに見える。


 琳明は自らの額に手を当てる。
 熱のある自分ではどれくらい身体が熱くなっているいるのかはわからないが、身体の節々が痛くてたまらない。身体の反応もにぶいということはまだ熱が上がるのだろう。
 起き上がっている場合ではない横になって少しでも身体を休めなければ……


 しばらく横になっているとお茶をもって向俊が部屋に戻ってきた。
「飲めるか?」
 その問に無言で頷いて熱で辛い身体を起こした。


 久しぶりに飲む安物の市井にいたころよく飲んだ味に琳明はほっとしてしまった。
 最近後宮で飲んでいたものの方が味も香りも桁違いに旨いものであったが、今はこのよく飲んだ味が懐かしく美味しかった。


「何か食べれそうか? いやこの場合は薬がいるか……しかし琳明が市井にいることがばれては」
 無事市井にこれたのか……と向俊の独り言でわかる。
 そして、琳明はこの町では顔を知られ過ぎている。
 目立つ珍しい銀の髪が疎ましい。
「向俊、薬師ならここにいるから大丈夫よ。流行り病ではなく体が冷えたことによって風邪を引いただけ。熱はさらに上がるでしょうけれど薬を飲んでおとなしくしていれば早ければ明日にはだましだまし動けるようになるわ。そうね、葛根湯をとりあえず買ってきてちょうだ……まって、何か紙と筆はある?」



 さらさらと筆を走らせる葛根湯がほしいこと、背丈はちょうど後宮になんとか入れる基準を満たす。
 上游ジョウユウの薬がいい、熱が高いので念のため往診してほしい。

 向俊に言った、薬屋『葛の葉』にいってほしいと。そして、今は店を父に表向きは譲り表舞台にすっかりでなくなったが、未だに薬屋『葛の葉』の実権を握る琳明の祖父『上游』をここに呼ぶために。


「店の者が断り文句を言ったらこう言うの「玉姫の名を出して上游に頼みたいと言えといわれた」とね」
 店の中で使われる隠語だ。祖父の未だに抱えている客は特別だ。
 今ではすっかり新規の客は祖父のところに紹介されてこなくなったが、皆決まってこう言ってきたのだ玉姫の紹介だと。
 祖父もその名前をだされれば、仕方ないのうと受けるのだ。


 店に堂々と琳明はいけないだからこそ祖父をこちらに呼ぶしかない。どうか、来てちょうだい。



 向俊は琳明の書いた文を持ち部屋をあとにした。

しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~

いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。 地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。 「――もう、草とだけ暮らせればいい」 絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。 やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる―― 「あなたの薬に、国を救ってほしい」 導かれるように再び王都へと向かうレイナ。 医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。 薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える―― これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。 ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

~後宮のやり直し巫女~私が本当の巫女ですが、謂れのない罪で処刑されたので後宮で人生をやり直すことにしました

深水えいな
キャラ文芸
明琳は国を統べる最高位の巫女、炎巫の候補となりながらも謂れのない罪で処刑されてしまう。死の淵で「お前が本物の炎巫だ。このままだと国が乱れる」と謎の美青年・天翼に言われ人生をやり直すことに。しかし巫女として四度人生をやり直すもののうまくいかず、次の人生では女官として後宮入りすることに。そこで待っていたのは後宮で巻き起こる怪事件と女性と見まごうばかりの美貌の宦官、誠羽で――今度の人生は、いつもと違う!?

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

芙蓉は後宮で花開く

速見 沙弥
キャラ文芸
下級貴族の親をもつ5人姉弟の長女 蓮花《リェンファ》。 借金返済で苦しむ家計を助けるために後宮へと働きに出る。忙しくも穏やかな暮らしの中、出会ったのは翡翠の色の目をした青年。さらに思いもよらぬ思惑に巻き込まれてゆくーーー カクヨムでも連載しております。

後宮なりきり夫婦録

石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」 「はあ……?」 雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。 あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。 空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。 かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。 影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。 サイトより転載になります。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...