後宮の下賜姫様

四宮 あか

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第18話 上游と玉姫

「あの、上游様」
 店の奥まで小間使いをしている息子の弟子が血相を変えて走ってきたので、久しぶりに一体何事かと思いながら顔を上げたのもつかの間。

「玉姫様のご紹介だとかで上游様にお会いしたいと言われまして」
 小間使いが口に出した懐かしい名前に面食らった。
「玉姫?」
 確認するかのように上游は久しぶりにその名を口にした。
 最後にその名を聞いたのですらもう10年も前のことだ。

 なんてことはない、玉姫と呼ばれる人物がこの世を去り、やっかいな客をもう二度と上游に紹介してこれなくなっただけだが。


 最後の厄介な紹介から丁度10年。
 彼女が亡くなってからずいぶんと時間がたった……
 店も息子に譲り隠居し、次なる跡取りを育てる立場になってから再びその名を聞くことになろうとは……
 あまりにも懐かしいその名に思わず目を細め上游は髭をなで気持ちを落ち着かせた。


「今出よう、茶の用意を」
「かしこまりまして」
「なぁ、じいちゃん。なら今日はここまででいいよな」
 上游が呼ばれたと知るやいなや、すぐにもう今日の勉学は終わりだとさっさと本を閉じ切り上げる孫に内心苦笑いを浮かべた。

 教えるたびに琳明には劣る。
 琳明ならもうとっくに理解したと思いながらも表舞台を息子に譲り、自分は次なる跡目を育てることに打ち込んでいたのがこの一言で実に馬鹿らしくなるが優しい祖父の仮面をかぶり。
「そうじゃの」
 と肯定しておく。


 琳明はきっといい薬師となったことだろう。
 道を歩き薬草があれば幼子のころから自然と摘むなど薬師としての行動が身体に染みついていたし、物の目利きも優れていた。
 琳明が男だったらと何度思ったことか。
 男社会だからこそ、薬のできよりもまず玉の有無が重要視され、あるかないかで信用すらかわるのだから笑ってしまう。

 目の前のぼんくらは、この店の看板が背負う信頼と玉があることでこれからも多少の努力で食いっぱぐれることはないだろう。
 店のことを考えると今は最低限の信用を守り、孫のさらにつぎの代に次なる突出した者がでれば店としてはいいのだから。


 男であることで見逃される失敗があるが、女である琳明はそうはいかない。
 だからこそ琳明と賭けをしてなんとしても、琳明自身に心から負けたと思わせて店をあきらめさせたかった。
 あの負けん気の強い勝気な性格はきっとどこの商家に嫁がせてもきっとうまくやる。
 本当に女にしておくのが惜しいほどだった。
 のみこみもよく、努力家で物事にどんよく、商売の流れを読み、その流れにそうやり方を考え自分のできる範囲で実行に移すことのできる次いつ現れるかわからないほどの商才を持つ子だった。


 ほかの商家なら女の琳明を亭主に据えて婿を取らせてもよかったのに、運が悪いことに家の店が命を預ける薬屋だったばかりに林明には本当に悪いことをしたと思っていた。
 琳明とした賭けは、こちらの文句付けようのない結果で薬師としての才も女ながらに見せつけはっとさせられた。どうして諦めさせようばかり途中から思っていた。

 だからこそ、琳明が年頃の女の子らしく恋に揺れていることを喜んだ。地方出身の姓のない若者に嫁がせてやることには不安が残っていたが、それで琳明が薬屋をあきらめるならばと思っていたところだった。



 そんなとき琳明に一度はあきらめた後宮入りの話がきたのだ。
 これにて、流石の琳明も観念し弟に跡目を譲る決心がつき町の小さな薬屋から後宮へ16歳にも関わらず嫁入りするというおとぎ話のような快挙を成し遂げた。


 琳明に文を出せば、達筆な文字でそつない返事が返ってくる。王のおこしなど後宮でのことはわからないが、あの勝気な孫娘のことだ、今できることを楽しんでいるはずだと思っていた傍ら。

 跡目争いから予想外の形で、あっさり女であったからこそ脱落したのをみたもう一人の男孫のほうは、頭3つ分は抜きんでていた競争相手を失い、堕落していくのが教えていてわかる。
 教えていても、右から左へと聞き流されているのがわかるが店を次に継がせるのはもうこいつしかいないのだ。
 上游は自らもっとも望んだ結末になったというのに琳明が後宮に入ってからというもの張り合いのない生活となってしまっていた。
 琳明がいるころはもっと努力していた子だったのに……


『あんたが使いものにならなきゃ私は親兄弟でも首にするわよ。職が欲しい人はこの街にあふれているもの。そんときに知識がないとあんたなんてあっという間に町の隅に追いやられるわよ』
  作業に飽きてきたころ合いや気持ちがだれてきてるときに、琳明はすかさずそういって弟の尻を言葉で叩いてやる気を出させていた。
 今思うと琳明は人を使うのにもよく長けていた。


 
 久しぶりに、店の奥から表舞台へと顔を出した上游。玉姫の名を出して隠居生活してる上游を奥から引っ張り出した人物の顔をみて本当に上游は驚いた。
 てっきりもういい歳の人物がくると思っていたのだ。
 それがどうだ、お茶を飲み待っていたのはもう会うこともないだろうと思っていた孫娘の琳明の想い人、向俊だったのだから。


 この青年に琳明から最後に預かった文を渡したのは他でもない、隠居して店をやってない上游だ。
 琳明は聡い子だから駆け落ちなどすれば、自分だけでなく家も厳しい処罰を受けることを知っているし実行にはうつさないだろうと思っていたが、念のため文を渡す前に内容を検閲してから渡したのだから。


 この小僧が玉姫の名を知っているとは思えないし。
 第一地方出身の姓のない小僧が玉姫とつながりがあり、玉姫の名を使い薬屋葛の葉へと駆け込むことを教えてくれる生きているなら上游よりも歳を重ねたそれなりの身分の人物と知り合いになれるとすら思わない。
 ましてや上游と玉姫の間に起こった出来事などもっと知ることなどないだろうし。


 この小僧が玉姫の名を出して葛の葉に来た理由などたった一つだ。
「上游様、どうかお力をおかしくださいませ」
 向俊はそういって頭を下げる。
「覚えて追ったか、あの馬鹿娘め」
 最後の依頼を受けた10年前確かに上游の傍らには仕事を少しでも早く盗み覚えてやろうと足掻く小さな琳明がいた。
 この小僧が玉姫のことを知る方法などこれしか思いつかなかった。


 だが、文の内容は改めたが玉姫のことなど一言も書かれていなかったし。玉姫の名がつづられた手紙は後宮からでは検閲が入り出せない。
 となると、考えられることは一つだ。


 おずおずと向俊が差し出した手紙を見ると、走り書きとはいえ達筆で覚えのある字が並ぶ。紙は上等なものではないし切れはし。後宮から出したとは思えないものだ。
「すぐ支度をしよう」

 あんな勝気な子が後宮で大人しくおさまってくれるだろうかと思っていたが一体何をやらかしたのだかと思いながらも、孫娘の身が心配になりあれこれと久しぶりに準備をし上游は店を向俊とともに後にした。


 どこでだれが何を聞いているかわからないからこそ、聞きたいことがあっても今はこらえて上游は早足の向俊のあとをついていった。


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