33 / 37
第33話 目に焼き付ける
しおりを挟む
後宮に今後も残る妃だと決定した琳明の生活は一変した。
住まいこそ17歳になるまでは、下級妃賓の宮で留まることになったが。
その後は王に望まれて後宮に残ることとなる琳明は、誕生日がくれば上級妃賓の住まう場所へと宮を移すこととなる。
一番の変化は周りの琳明への扱いだ。
これまでは、妃の中で一番下の位の琳明は、下女にとっても同じ妃にとっても、琳明はいずれ17歳になれば市井にもどされる女だったのだ。
でも、もう違う。後宮へと残れという王の意思表示があったのだから、寵愛されていなかったとしても利用価値はあると判断されたと皆が知ったからだ。
後宮で堂々と毒殺を試みた事件は、緘口令が敷かれてはいるが後宮で知らぬものなどいなかったし。その事件で琳明が優秀な薬師であり、事件解決に一役買ったのも周知の事実となっていた。
だからこそ、琳明が王に後宮に残るように言われたという噂が立ちどころに広まると、少なくとも利用価値はあるだろうとだれもが疑わなかった。
下女や女官だけではない。下級妃賓の妃たちですら、琳明より先に頭をさげ挨拶をするようになったのだ。
そうされればされるほど、私はいっぱい食わされここに残ることになったのだと突きつけられる。
玲真との契約に穴がないかと何度も書面を改めたが。
そこには玲真が言う通り。契約の穴はなかった。
そして、突きつけられるのはそこには愛はなく。利用価値があるから残される私は、鳥かごに入れられた鳥のように、この後宮で何度も空を見上げるのだろう……
そんなころに祖父から琳明に文が届いた。
元気に過ごしているかということ。
いつ後宮から戻ってくることになるか分かり次第連絡してほしいこと。
琳明の母が帰ってきたら好きな物をなんでも作ると張り切っていること。
読んでいた文字はだんだんとゆがんでいく、琳明の目じりに涙がたまったからだ。
目からぽたりと落ちた涙は達筆な祖父の文字をにじませた。
涙が治まってから琳明は返事を書いた。
『戻れなくなった』
たったそれだけである。
――――
どれだけ足掻いても無駄なものは無駄。
突きつけられた現実は残酷だった。
玲真は琳明の宮へと何度も足を運んだが、琳明は玲真に交渉すらせず。
空を眺めていた。
いよいよ17の誕生日がもう1週間と控えていたときだった。
朝から慌ただしく身支度をされいつもと違うことに琳明は小蘭に何があったかと聞いた。
「お忘れですか、あんなに楽しみにされていたではありませんか。今日は武官の力量比べの催しがある日ですよ。玉のついた簪はこちらでよろしかったですか? まずは軽く髪に椿の油を塗りましょう」
もう、そんな日だったのか……
すっかり忘れてしまっていたというか、祖父への手紙を書いた日依頼すっかり生活の張り合いがなくなってしまっていた。
「そう……」
琳明の気持ちはすっかり沈んでいた、それでも、髪は丁寧にとかされつやが出ていく。軽く結わえて頭に琳明が散々悩んでいた玉がついた簪がつけられる。
鏡に映った自分をみて琳明は思った。よく眠れていないから肌が荒れているし、化粧でうまくごまかされているけれど、クマがひどいのだろうと。薬師ゆえに、ふっと鏡をみた自分の顔から体調をついつい計ってしまうが、こんなことができない普通の女だったら、私はどうなっていたんだろうと思ってしまう。
まぁ、そうだったら名も知らぬ官に褒美に下賜されて終わりどころか、薬屋の跡取りとしての勝負にまけていただろうな。
琳明は乾いた笑いを浮かべた。
ずらりと妃が並ぶはあの宴のとき以来だろう。あの時は一番下の席だった琳明の席は下級妃賓の中で一番高い位置にあった。
まぁ、あの事件の後妃は半数ほどとなったのだから少し上がったところでたいして変わらないのだけれど。それでも、近くで最後に向俊を観られる最後かもしれないとあって。
琳明の視線は、王である玲真ではなく出番を待つ武官達のほうへと注がれていた。
王からの言葉と偉そうな武官の挨拶が終わり力量比べは始まった。
といってもすべての試合を琳明が観戦できるわけではない。都にいる武官の数は多く、試合場がいくつも並ぶ。もちろん琳明を含む妃達の前でも試合が行われているが、向俊が目の前で行われる試合に運よく出るとは限らない。
琳明は必死に沢山の人の中で向俊を探すが、運悪く向俊は妃達が座っている場所から遠い場所で試合をしているようでその姿を観ることはかなわない。
目の前で模擬槍をつかって戦う武官達を眺めながら、妃達は優雅に酒を嗜み物を食べる。
少しずつ勝ち負けが決まっていき、負けたものは観覧へと回る。
どれくらいの試合が行われたのだろうか、人数が少なくなったことで、残りの試合はすべて目の前にある試合場で行われるそうで、ここまで勝ち上がった武官がずらりと並んだ。
その並んだ中にまさかの向俊を見つけて琳明は思わず口元を両手で覆ってしまった。そうでもしないと声が出てしまったから。
『見に来て、成績をみて安心して嫁いでほしい』何度も試合を見に来てほしいと向俊が言っていたことを琳明はようやく思い出した。
あれほど人数がいたのにここに残れるほどの実力者だったのかと。
向俊がまっすぐ琳明を見つめた。琳明と向俊の間には20mほど距離がある。それでも彼が私をみているのがわかる。この段階になって琳明はようやく思い出す。ただ大会が開かれるわけではない褒美をもらえるということに。
演習ではあるが、ここから先は終盤で王の御前で行われる優勝者を決めるものとなる。
槍も練習用の刃の部分が木のものから、本物へと変わる。
薬師の琳明にしてみると、練習で本物を使うなんて怪我することを考えるとばかげていると思ってしまうが。本物を使わないと得られない緊張感を経験しないといけないと言われると何も言えない。
神なんか信じない琳明だったが、今日ばかりは思わず手を握りしめ怪我などしないよう祈った。
住まいこそ17歳になるまでは、下級妃賓の宮で留まることになったが。
その後は王に望まれて後宮に残ることとなる琳明は、誕生日がくれば上級妃賓の住まう場所へと宮を移すこととなる。
一番の変化は周りの琳明への扱いだ。
これまでは、妃の中で一番下の位の琳明は、下女にとっても同じ妃にとっても、琳明はいずれ17歳になれば市井にもどされる女だったのだ。
でも、もう違う。後宮へと残れという王の意思表示があったのだから、寵愛されていなかったとしても利用価値はあると判断されたと皆が知ったからだ。
後宮で堂々と毒殺を試みた事件は、緘口令が敷かれてはいるが後宮で知らぬものなどいなかったし。その事件で琳明が優秀な薬師であり、事件解決に一役買ったのも周知の事実となっていた。
だからこそ、琳明が王に後宮に残るように言われたという噂が立ちどころに広まると、少なくとも利用価値はあるだろうとだれもが疑わなかった。
下女や女官だけではない。下級妃賓の妃たちですら、琳明より先に頭をさげ挨拶をするようになったのだ。
そうされればされるほど、私はいっぱい食わされここに残ることになったのだと突きつけられる。
玲真との契約に穴がないかと何度も書面を改めたが。
そこには玲真が言う通り。契約の穴はなかった。
そして、突きつけられるのはそこには愛はなく。利用価値があるから残される私は、鳥かごに入れられた鳥のように、この後宮で何度も空を見上げるのだろう……
そんなころに祖父から琳明に文が届いた。
元気に過ごしているかということ。
いつ後宮から戻ってくることになるか分かり次第連絡してほしいこと。
琳明の母が帰ってきたら好きな物をなんでも作ると張り切っていること。
読んでいた文字はだんだんとゆがんでいく、琳明の目じりに涙がたまったからだ。
目からぽたりと落ちた涙は達筆な祖父の文字をにじませた。
涙が治まってから琳明は返事を書いた。
『戻れなくなった』
たったそれだけである。
――――
どれだけ足掻いても無駄なものは無駄。
突きつけられた現実は残酷だった。
玲真は琳明の宮へと何度も足を運んだが、琳明は玲真に交渉すらせず。
空を眺めていた。
いよいよ17の誕生日がもう1週間と控えていたときだった。
朝から慌ただしく身支度をされいつもと違うことに琳明は小蘭に何があったかと聞いた。
「お忘れですか、あんなに楽しみにされていたではありませんか。今日は武官の力量比べの催しがある日ですよ。玉のついた簪はこちらでよろしかったですか? まずは軽く髪に椿の油を塗りましょう」
もう、そんな日だったのか……
すっかり忘れてしまっていたというか、祖父への手紙を書いた日依頼すっかり生活の張り合いがなくなってしまっていた。
「そう……」
琳明の気持ちはすっかり沈んでいた、それでも、髪は丁寧にとかされつやが出ていく。軽く結わえて頭に琳明が散々悩んでいた玉がついた簪がつけられる。
鏡に映った自分をみて琳明は思った。よく眠れていないから肌が荒れているし、化粧でうまくごまかされているけれど、クマがひどいのだろうと。薬師ゆえに、ふっと鏡をみた自分の顔から体調をついつい計ってしまうが、こんなことができない普通の女だったら、私はどうなっていたんだろうと思ってしまう。
まぁ、そうだったら名も知らぬ官に褒美に下賜されて終わりどころか、薬屋の跡取りとしての勝負にまけていただろうな。
琳明は乾いた笑いを浮かべた。
ずらりと妃が並ぶはあの宴のとき以来だろう。あの時は一番下の席だった琳明の席は下級妃賓の中で一番高い位置にあった。
まぁ、あの事件の後妃は半数ほどとなったのだから少し上がったところでたいして変わらないのだけれど。それでも、近くで最後に向俊を観られる最後かもしれないとあって。
琳明の視線は、王である玲真ではなく出番を待つ武官達のほうへと注がれていた。
王からの言葉と偉そうな武官の挨拶が終わり力量比べは始まった。
といってもすべての試合を琳明が観戦できるわけではない。都にいる武官の数は多く、試合場がいくつも並ぶ。もちろん琳明を含む妃達の前でも試合が行われているが、向俊が目の前で行われる試合に運よく出るとは限らない。
琳明は必死に沢山の人の中で向俊を探すが、運悪く向俊は妃達が座っている場所から遠い場所で試合をしているようでその姿を観ることはかなわない。
目の前で模擬槍をつかって戦う武官達を眺めながら、妃達は優雅に酒を嗜み物を食べる。
少しずつ勝ち負けが決まっていき、負けたものは観覧へと回る。
どれくらいの試合が行われたのだろうか、人数が少なくなったことで、残りの試合はすべて目の前にある試合場で行われるそうで、ここまで勝ち上がった武官がずらりと並んだ。
その並んだ中にまさかの向俊を見つけて琳明は思わず口元を両手で覆ってしまった。そうでもしないと声が出てしまったから。
『見に来て、成績をみて安心して嫁いでほしい』何度も試合を見に来てほしいと向俊が言っていたことを琳明はようやく思い出した。
あれほど人数がいたのにここに残れるほどの実力者だったのかと。
向俊がまっすぐ琳明を見つめた。琳明と向俊の間には20mほど距離がある。それでも彼が私をみているのがわかる。この段階になって琳明はようやく思い出す。ただ大会が開かれるわけではない褒美をもらえるということに。
演習ではあるが、ここから先は終盤で王の御前で行われる優勝者を決めるものとなる。
槍も練習用の刃の部分が木のものから、本物へと変わる。
薬師の琳明にしてみると、練習で本物を使うなんて怪我することを考えるとばかげていると思ってしまうが。本物を使わないと得られない緊張感を経験しないといけないと言われると何も言えない。
神なんか信じない琳明だったが、今日ばかりは思わず手を握りしめ怪我などしないよう祈った。
3
あなたにおすすめの小説
【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~
いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。
地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。
「――もう、草とだけ暮らせればいい」
絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。
やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる――
「あなたの薬に、国を救ってほしい」
導かれるように再び王都へと向かうレイナ。
医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。
薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える――
これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
~後宮のやり直し巫女~私が本当の巫女ですが、謂れのない罪で処刑されたので後宮で人生をやり直すことにしました
深水えいな
キャラ文芸
明琳は国を統べる最高位の巫女、炎巫の候補となりながらも謂れのない罪で処刑されてしまう。死の淵で「お前が本物の炎巫だ。このままだと国が乱れる」と謎の美青年・天翼に言われ人生をやり直すことに。しかし巫女として四度人生をやり直すもののうまくいかず、次の人生では女官として後宮入りすることに。そこで待っていたのは後宮で巻き起こる怪事件と女性と見まごうばかりの美貌の宦官、誠羽で――今度の人生は、いつもと違う!?
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
芙蓉は後宮で花開く
速見 沙弥
キャラ文芸
下級貴族の親をもつ5人姉弟の長女 蓮花《リェンファ》。
借金返済で苦しむ家計を助けるために後宮へと働きに出る。忙しくも穏やかな暮らしの中、出会ったのは翡翠の色の目をした青年。さらに思いもよらぬ思惑に巻き込まれてゆくーーー
カクヨムでも連載しております。
後宮なりきり夫婦録
石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」
「はあ……?」
雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。
あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。
空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。
かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。
影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。
サイトより転載になります。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる