後宮の下賜姫様

四宮 あか

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第35話 最後の賭け

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 試合の決着はまだついていないが玲真にはこの試合の勝敗がすでにどうなるかわかっていた。
 だからこそ、玲真が賭けに勝つという確証があるなかで、琳明に納得して後宮に残ってもらうために賭けを持ちかけたのだ。



 騙し討ちのような形で、お前は市井には戻さない後宮に残れと告げた後の琳明は、あっという間に花がしおれるかのようになってしまった。
 気の強い性格もなりを潜め、日がな一日を張り合いなくすごすようになってしまっていた。


 琳明との約束ごとは、結ぶ前から当然いざという時に玲真が取れる選択肢を一つでも多く選べるという玲真に有利な約束事だった。
 しかし、琳明本人が納得しない形で無理に後宮に縛りつけても、琳明の心が枯れてしまっては琳明を後宮に残した意味がない。
 薬の知識があるものは後宮に入内できない。
 でももし自分の母たちの代で一人でも知識があり悪用しないものが妃として後宮にいればきっといろんなことがかわっていたのだと玲真は思う。
 
 だからこそ、この賭けは絶対に必要なことなのだ。
 琳明自身が決めたうえで勝負に敗れ運命を受け入れ後宮へと残り私が望むように動く妃となってもらうためには……

 一見琳明が想いを寄せている向俊は攻撃を上手くよけ攻め続けている試合は互角いや、むしろ向俊に有利なように見えるが実際は違う。
 対戦している二人の間には圧倒的な実力差が存在しており、向俊はその圧倒的な実力差を埋めるために、攻守に渡り対戦相手よりも多く動かなければならなかったのだ。
 そんな大きな動きはいつまでも続けられるはずもない。
 この試合は今日の初戦ですらなく何試合もした後なのだから。




 向俊の動きは次第に悪くなっていくことは試合が始まってすぐに玲真にはわかった。試合が終盤だと判断したころには、前半の勢いは向俊にはなかった。
 武のことなどよく知らない琳明と己の身を守るため小さな時から剣を握らされていた玲真では見えている世界が違う。
 勝算が五分の賭けならば、玲真は琳明にこの賭けを持ちかけなかっただろう。
 自分がずるいことをしているのは知っている、それでも琳明自ら運命を受け入れ、諦めてもらうための切っ掛けが必要だった。琳明の想い人の負けはそれにうってつけだったのだ。


 向俊の足は思うように動かなくなってきている。この試合の勝負は直につく。
 動きの悪くなってきた向俊とは違い攻撃を最小限でよけた相手にはまだ体力もあるし、最小限でよけれる技量がもともとある。
 神でも二人に微笑まない限りこの賭けは私の勝ちだ。


 それまで向俊の体力を削がせることを目的としていた相手の動きが変わった。
 守りから一転一歩さらに踏み込み攻めに転じたのだ。



 槍は向俊の胸へ向かって伸びる、先程一歩多く踏み込んだ分だけ。
 玲真はこれでこの勝負決まったと思ったのだ。
 向俊は避けきれないと判断して槍で相手の槍を弾いた。
 変な形で無理やり力を加えて弾いたことで今の攻撃こそなんとかそらすことに成功したが向俊の槍先は折れ地面に落ち、体制も崩した向俊は次の攻撃は避けれまい。
 流石に琳明も戦況が読めたのだろう、大きく目を見開き、相手が向俊に向かって止めとなる最後の一突きが決まるのを見るはずだった。



『武具があるから死にはしない』と心配している琳明に玲真は心の中で呟いた。




 向俊は刃の折れた槍を相手の足元に投げたのだ。
「なっ!」
 勝利を確信していた玲真の口から思わず声が漏れた。
 驚いたのは対戦相手もだった。相手もまさか槍を使った王の御前での試合でまだ入官して実践経験すらろくにない向俊が、唯一の武器をあっさりには手放すとはよめなかったようでほんの数秒投げられた槍に意識がそれたのだ。
 向俊は前に出て折れた刃を握り向俊に止めとなる一撃を食らわせるべく距離をつめていた相手の首もとに刃を突きつけた。


「そこまで!」
 上官による制止の声がかかる。
 向俊が握り混んでいた折れた刃を地面に投げ捨てた、カランという乾いた音と血が落ちる。
「見事」
 上官がそう言うと向俊の手を握り上にあげた、向俊の勝ちである。実践で有れば、あのまま向俊は相手の首を切りつけ勝負がついただろうことは明白だった。



 向俊の手があげられると、琳明は玲真のほうを向いてはっきりとした口調でこう言った。
「勝負は私の勝ちにございます」
「あり得ない」
 思わず玲真の口からそうこぼれた、あの一撃で勝敗は決まったはずだった。
「残念でございますが、勝敗はもう出ました」
 賭けごとの結果を玲真が結局決めてしまうのならば賭けの意味はない。
 玲真は破れたのである。
 とはいえ、私が賭けに勝ったとしても玲真が戯言だと言ってしまえば、それですべてが終わってしまうことをしらないような純な小娘では琳明はない。
 それでも、玲真に筋を通してほしかったのだ。




 
「私の怪我ならたいしたことはありません。どうか次の試合に参加する許可をください」
 向俊が頭を下げ上官にくってかかる。
「此処まで残ったやつは今後見込みがあるやつだ、だからこそこのように負傷したお前を次の試合に出すわけにはいかない」
 手の負傷を理由に先ほどの試合は向俊が勝ったが、上官として次の試合は認められないとの結論を突き付けられた向俊が上官に平気だから次の試合に出たいと交渉していたのだ。
 向俊は他の武官によって下げられた。下げられざまに向俊は玲真の隣にいる琳明を見つめた。



 それをみて玲真はなぜ向俊が先ほどの明らかに劣勢な試合でなぜ勝てたのかようやく理解した。
 他の官と違い、向俊は後がなかったのだ、上位に残れば褒章がもらえる。
 それは妃を下賜されるとが決まっているわけではない、ただ向俊が唯一琳明を下賜することができるかもしれない機会がこの大会に勝ち進む以外なかったのだ。
 対戦相手と向俊では勝利への貪欲さが違ったのだ。


「愛だの恋だのくだらない。それでも天はお前を選んだようだ」
 玲真の口からそうこぼれ落ちた。琳明は口を挟まない。


 玲真は言葉を続けた。
「……実に面白い試合だった。こんな女、それほど欲しいならば褒美にくれてやる」


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