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第36話 褒美
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玲真は琳明の腕を掴むと、そのまま早足で武官によって下げられている向俊のほうに、歩み寄った。
王とその妃の御前とだけあって、向俊も向俊を下げるために引っ張っていた武官も共に地面にひれ伏した。
「見事な試合だった。唯一の武器を投げるとは思わなかった」
「ありがたきお言葉にございます」
「……この女がそれほどまでにほしいか?」
玲真の妃である琳明が欲しいのか? という質問であり、欲しいなど普通は言えるものではない。王の気がそがれれば殺されてもおかしくない質問である。にも関わらず、向俊は即決したのだ。
「はい」と。
迷うことなく「はい」という馬鹿正直な向俊とは正反対にしたたかな琳明は玲真の隣で、その答えをきいて『なんてこと言うのよ!』と言わんばかりに顔を青くしていた。
「そんなに欲しいならお前にくれてやる」
「本当にございますか!」
向俊の顔が上がったところに、腕を掴んでいた琳明を向俊のほうへと玲真は投げつけた。
あわてて向俊が投げられた琳明を両手で受け止めた。
「気が強く、したたかに意見を通そうとする女だ。まっすぐなだけのお前では確実に尻に敷かれてしまうだろうが。先ほどの質問にたいしてあっさりと『はい』などと言ってしまう男にはこれくらい、気が強くしたたかな女のほうが合うだろう。今日の試合の褒美だくれてやる」
ぽんっと向俊に投げられた琳明だったが、正直玲真が本当に約束を守るとは思わず信じられないと、玲真を見上げた。
「なんだその顔は、不服か?」
玲真がそういうので、琳明は慌てて深く深く平伏した。
◆◇◆◇
くれてやると言われても、すぐにそのまま琳明を連れて帰れるなんてことには当然ならなかった。
なので琳明は当然後宮にいったんは戻ることとなった。
琳明の突然の下賜が決まったが琳明付きの女官二人は、玲真と琳明のやり取りをしっていたので、自分達の今後を考えると内心は当然複雑であったが。
幸せそうな顔をした主を祝福した。
下女や他の女官、妃も琳明が後宮に残ることが流れたことをおしいことをと思う者もいれば、残ることが決まったよりも下賜されることが決まった琳明があまりにも幸せそうで、贅沢ができる後宮に残るよりも、よほど惚れた男に下賜されるのが嬉しいのだろうとなった。
琳明の下には、玲真から正式に、武官の向俊の下へ褒美として琳明の下賜が決まったとの知らせを持ってきたのは玲真だった。
琳明は膝をおり、玲真からの申し出に承りましたと答えた。
「薬師としてのお前は使い道がある。私の妃ではなくなるが必要あれば呼び出すので呼び出しには必ず応じろ」
(はぁ?)
琳明が心で思ったことが愛想笑いを顔に浮かべていても玲真に伝わったようで。
「不服あれば、下賜を取り消してもいいのだぞ?」
と琳明よりもにっこりとした愛想笑いを浮かべたまま玲真は恐ろしいことをさらりと言う。
「呼出に応じます」
「それでいい」
玲真はくるりと踵を返した。
「待って」
琳明は去ろうとする玲真を呼びとめた。
「なんだ?」
玲真は立ち止り振りかえる。
「賭けなんて結局貴方の気持ち一つで簡単に無効にできたはず、私に下賜後も必要あらば来るようにするよりも、私が後宮に必要ならば、私を後宮に妃として囲っていたほうがずっとずっとあなたにとって都合がいいはずだわ」
今を逃せばもうきけなくなると思った琳明は言葉を取り繕うのさえ忘れて一番の疑問を玲真にぶつけた。
「そうだな、お前を後宮で囲ったほうが、ずっとずっと私にとっては都合がよかっただろう。お前とした賭けを覚えているか?」
「もちろん」
だって、あの賭けは向俊の試合の結果に左右されるもので、なによりその賭けに勝ったおかげで琳明は、向俊の下へと下賜されることが決まったのだから。
「絶対に私が勝つと思ったからあの賭けをお前に持ちかけた。それでも賭けに私が破れたのだからアレは天啓だろう。後宮でお前を飼殺しにしても結局は後宮にいるだけで、役に立たないと言われたのだと思ったよ。それなら、お前の望み通り後宮から出して恩を売って、別の形で厄介事が起きたら関わらせたほうがいいそう判断しただけだ。お前は男の隣でにこやかに笑みをたたえおさまる器ではないだろう。私はお前を第二の玉姫にしない王になる」
「ちょっとまって、玉姫って……」
玉姫という聞き覚えのある単語に思わず玲真を呼び止めた。
祖父に時折玉姫の名で客がきた。祖父に聞いても決して教えてくれることはなかった。
まさか、ここで玉姫の名を聞くとはおもわなかった。
「お前の質問に答える義理はない」
だけど、私の期待とは反対に玲真はそれだけ言うと、もうこれ以上琳明との会話は必要はないと踵を返して歩きだした。琳明はその後ろ姿に深く深く頭を下げた。
のちに、玉姫は後宮から出ることを熱望したが、役に立つからと後宮に残された姫がいたのだと私が知った。
後宮に残すことはできても、気持ちは縛ることはできず。
玉姫はまったく目論見をはずれ、役に立つことはなかったそうだ。
琳明が後宮を出る日は、ちょうど琳明の17の誕生日のことだった。下賜されるとのことで、再び白の衣をまとった琳明は宮にいた。
荷物はすでに運び出され、今部屋にあるのは備え付けの机と寝具。そして、小さな玉のついた簪が2つ。
簪を一つずつ、琳明付きの女官としてささえてくれた二人の頭にそれぞれ刺した。後宮を去る琳明とは違い、この二人は残ると思っていた主を失うのだから。
だから、琳明のせいで決定を覆して去ることになったから、琳明は二人に何か残そうと思ったのだ。ケチな琳明にしたら大盤振る舞いである。降嫁するさいに持って出ていいといわれていた簪の中から、二人に資産をと思い玉をついたものをあえて渡したのだ。
「後宮にいる妃としては失格の主の下につかせてしまいごめんなさいね」
二人の髪に簪を挿して琳明はそういった。
二人とも玉のついた簪などもらえないと言ってきたがこれは琳明なりのけじめなのだ。この簪をうれば少しは金になる。いつか二人が後宮を出た時きっと役に立つことだろう。
「「琳明様、どうぞお元気で」」
一年ずっと傍にいた二人との別れに後ろ髪を引かれるがその時はきた。
宦官がやってきて、白い衣を身にまとった琳明を先導し進む。
途中で一人の下女が琳明の前に現れ頭を深く下げた。その姿をみて、あの子は無事だったのかと琳明はほほ笑んだ。
後宮は高い城壁とさらに外回りは深い堀に囲まれている、これは女達が自分の意思で逃げ出すことができないようにだ。
見張りのついた門を抜け、深い堀の上に桟橋がかけられてようやく後宮から外にでることができるのだ。
見送りの宦官が門の内側で立ち止まる、彼はこの門より先にはでれないのだろう。
ここから先は琳明が入内したときとは違って一人で桟橋を渡るのだ。
橋の向こうには一人の人物が緊張した面持ちで馬の手綱を握り立っていた。
堀の上にかけられた橋に向かって琳明は一歩踏み出した。琳明にとっての長く感じた後宮での一年の暮らしがこれにて終わるのだ。
一歩また一歩、滑ったりしないように気をつけながら、橋を渡る。一歩進むごとに、当然琳明は後宮から離れていく。
いったいこの桟橋をこれから先何人の妃が渡り入っていくのかはわからない。ただ、この橋を渡ることは入内するときも、後宮を去る時もやっぱり特別なものだった。
そして、とうとう桟橋を渡り終えた琳明は一人で緊張した面持ちで立っていた人物に向かってはしたなく高価な絹の衣が汚れることもいとわずに走った。
だって、桟橋を渡り終えた琳明はもう妃ではないのだ。一人の17歳のただの町娘なのだから。
「向俊ーー!!」
名を呼び、手を伸ばしその胸に琳明はようやく飛び込んだのだった。
王とその妃の御前とだけあって、向俊も向俊を下げるために引っ張っていた武官も共に地面にひれ伏した。
「見事な試合だった。唯一の武器を投げるとは思わなかった」
「ありがたきお言葉にございます」
「……この女がそれほどまでにほしいか?」
玲真の妃である琳明が欲しいのか? という質問であり、欲しいなど普通は言えるものではない。王の気がそがれれば殺されてもおかしくない質問である。にも関わらず、向俊は即決したのだ。
「はい」と。
迷うことなく「はい」という馬鹿正直な向俊とは正反対にしたたかな琳明は玲真の隣で、その答えをきいて『なんてこと言うのよ!』と言わんばかりに顔を青くしていた。
「そんなに欲しいならお前にくれてやる」
「本当にございますか!」
向俊の顔が上がったところに、腕を掴んでいた琳明を向俊のほうへと玲真は投げつけた。
あわてて向俊が投げられた琳明を両手で受け止めた。
「気が強く、したたかに意見を通そうとする女だ。まっすぐなだけのお前では確実に尻に敷かれてしまうだろうが。先ほどの質問にたいしてあっさりと『はい』などと言ってしまう男にはこれくらい、気が強くしたたかな女のほうが合うだろう。今日の試合の褒美だくれてやる」
ぽんっと向俊に投げられた琳明だったが、正直玲真が本当に約束を守るとは思わず信じられないと、玲真を見上げた。
「なんだその顔は、不服か?」
玲真がそういうので、琳明は慌てて深く深く平伏した。
◆◇◆◇
くれてやると言われても、すぐにそのまま琳明を連れて帰れるなんてことには当然ならなかった。
なので琳明は当然後宮にいったんは戻ることとなった。
琳明の突然の下賜が決まったが琳明付きの女官二人は、玲真と琳明のやり取りをしっていたので、自分達の今後を考えると内心は当然複雑であったが。
幸せそうな顔をした主を祝福した。
下女や他の女官、妃も琳明が後宮に残ることが流れたことをおしいことをと思う者もいれば、残ることが決まったよりも下賜されることが決まった琳明があまりにも幸せそうで、贅沢ができる後宮に残るよりも、よほど惚れた男に下賜されるのが嬉しいのだろうとなった。
琳明の下には、玲真から正式に、武官の向俊の下へ褒美として琳明の下賜が決まったとの知らせを持ってきたのは玲真だった。
琳明は膝をおり、玲真からの申し出に承りましたと答えた。
「薬師としてのお前は使い道がある。私の妃ではなくなるが必要あれば呼び出すので呼び出しには必ず応じろ」
(はぁ?)
琳明が心で思ったことが愛想笑いを顔に浮かべていても玲真に伝わったようで。
「不服あれば、下賜を取り消してもいいのだぞ?」
と琳明よりもにっこりとした愛想笑いを浮かべたまま玲真は恐ろしいことをさらりと言う。
「呼出に応じます」
「それでいい」
玲真はくるりと踵を返した。
「待って」
琳明は去ろうとする玲真を呼びとめた。
「なんだ?」
玲真は立ち止り振りかえる。
「賭けなんて結局貴方の気持ち一つで簡単に無効にできたはず、私に下賜後も必要あらば来るようにするよりも、私が後宮に必要ならば、私を後宮に妃として囲っていたほうがずっとずっとあなたにとって都合がいいはずだわ」
今を逃せばもうきけなくなると思った琳明は言葉を取り繕うのさえ忘れて一番の疑問を玲真にぶつけた。
「そうだな、お前を後宮で囲ったほうが、ずっとずっと私にとっては都合がよかっただろう。お前とした賭けを覚えているか?」
「もちろん」
だって、あの賭けは向俊の試合の結果に左右されるもので、なによりその賭けに勝ったおかげで琳明は、向俊の下へと下賜されることが決まったのだから。
「絶対に私が勝つと思ったからあの賭けをお前に持ちかけた。それでも賭けに私が破れたのだからアレは天啓だろう。後宮でお前を飼殺しにしても結局は後宮にいるだけで、役に立たないと言われたのだと思ったよ。それなら、お前の望み通り後宮から出して恩を売って、別の形で厄介事が起きたら関わらせたほうがいいそう判断しただけだ。お前は男の隣でにこやかに笑みをたたえおさまる器ではないだろう。私はお前を第二の玉姫にしない王になる」
「ちょっとまって、玉姫って……」
玉姫という聞き覚えのある単語に思わず玲真を呼び止めた。
祖父に時折玉姫の名で客がきた。祖父に聞いても決して教えてくれることはなかった。
まさか、ここで玉姫の名を聞くとはおもわなかった。
「お前の質問に答える義理はない」
だけど、私の期待とは反対に玲真はそれだけ言うと、もうこれ以上琳明との会話は必要はないと踵を返して歩きだした。琳明はその後ろ姿に深く深く頭を下げた。
のちに、玉姫は後宮から出ることを熱望したが、役に立つからと後宮に残された姫がいたのだと私が知った。
後宮に残すことはできても、気持ちは縛ることはできず。
玉姫はまったく目論見をはずれ、役に立つことはなかったそうだ。
琳明が後宮を出る日は、ちょうど琳明の17の誕生日のことだった。下賜されるとのことで、再び白の衣をまとった琳明は宮にいた。
荷物はすでに運び出され、今部屋にあるのは備え付けの机と寝具。そして、小さな玉のついた簪が2つ。
簪を一つずつ、琳明付きの女官としてささえてくれた二人の頭にそれぞれ刺した。後宮を去る琳明とは違い、この二人は残ると思っていた主を失うのだから。
だから、琳明のせいで決定を覆して去ることになったから、琳明は二人に何か残そうと思ったのだ。ケチな琳明にしたら大盤振る舞いである。降嫁するさいに持って出ていいといわれていた簪の中から、二人に資産をと思い玉をついたものをあえて渡したのだ。
「後宮にいる妃としては失格の主の下につかせてしまいごめんなさいね」
二人の髪に簪を挿して琳明はそういった。
二人とも玉のついた簪などもらえないと言ってきたがこれは琳明なりのけじめなのだ。この簪をうれば少しは金になる。いつか二人が後宮を出た時きっと役に立つことだろう。
「「琳明様、どうぞお元気で」」
一年ずっと傍にいた二人との別れに後ろ髪を引かれるがその時はきた。
宦官がやってきて、白い衣を身にまとった琳明を先導し進む。
途中で一人の下女が琳明の前に現れ頭を深く下げた。その姿をみて、あの子は無事だったのかと琳明はほほ笑んだ。
後宮は高い城壁とさらに外回りは深い堀に囲まれている、これは女達が自分の意思で逃げ出すことができないようにだ。
見張りのついた門を抜け、深い堀の上に桟橋がかけられてようやく後宮から外にでることができるのだ。
見送りの宦官が門の内側で立ち止まる、彼はこの門より先にはでれないのだろう。
ここから先は琳明が入内したときとは違って一人で桟橋を渡るのだ。
橋の向こうには一人の人物が緊張した面持ちで馬の手綱を握り立っていた。
堀の上にかけられた橋に向かって琳明は一歩踏み出した。琳明にとっての長く感じた後宮での一年の暮らしがこれにて終わるのだ。
一歩また一歩、滑ったりしないように気をつけながら、橋を渡る。一歩進むごとに、当然琳明は後宮から離れていく。
いったいこの桟橋をこれから先何人の妃が渡り入っていくのかはわからない。ただ、この橋を渡ることは入内するときも、後宮を去る時もやっぱり特別なものだった。
そして、とうとう桟橋を渡り終えた琳明は一人で緊張した面持ちで立っていた人物に向かってはしたなく高価な絹の衣が汚れることもいとわずに走った。
だって、桟橋を渡り終えた琳明はもう妃ではないのだ。一人の17歳のただの町娘なのだから。
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