アカンよ! 五月先生

北条丈太郎

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女教師と男子生徒

前後不覚の五月先生

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夜半、真之介はコンビニへ向かって歩きながら、ぼんやり考えていた。
なりゆきで将棋部部長になってしまったけれど、本気で将棋をやろうなどという気分でもない。
英樹と麻衣の口車に乗せられて、気がついたら部長になっていた。
だが、顧問が憧れの三沢五月教諭である。
真之介は幼少期からあまり自己主張をしない子供であった。一言で言えば「押しに弱い」のだ。
自分でもそういった性格は十分自覚している。強く出てくる相手に対しては一歩引くのが癖になっている。
そういう自分を変えたいと思い、これまでにさまざまな習い事をしたが、どれも長続きしなかった。
そんな真之介の一番の趣味がゲームだった。子供のころからボードゲームが特に強かった。
カードゲームも含め、英樹や麻衣は真之介の相手にならなかった。
真之介にゲームで負けると麻衣などはムキになって再戦を挑んでくるので、適当に負けてやった。
英樹はゲームに負けると球技での勝負を提案し、それはいつも真之介が負けた。
そんなこんなで三人は十年以上のつきあいになる。
高校生になった真之介は、もっと交友を広めたかった。部活動などには所属せず、自由な活動を望んだ。
だが、気がつけばまた三人一緒の活動だ。
たった一つ違うのは、顧問の存在だ。密かに懸想している三沢先生に会う時間が増える。
将棋どうこうよりも、これが真之介には嬉しかった。
などと考えているとコンビニに到着した。
その店は駅から遠いこともあって、いつも店内は空いている。真之介は少し飲み物を買って帰るつもりだった。
だが、店の前の異変に気づいた真之介は思わず足を止めた。
店の外壁となっているガラスの壁に、もたれかかって誰かが寝ている。
小柄で髪が長い。女性のようだが、服装からして大人のようだった。
あまり関わらないほうがいい、と思いながらも真之介は近寄って顔を確認した。
(……三沢先生?)
乱れた髪で口を開け、気絶しているように眠っていたのは五月であった。
驚いた真之介は見て見ぬ振りもできず、五月の肩を少し揺さぶってみた。
反応はなく、すぅすぅと寝息を立てている。
(……っう! 酒くさい)
五月の呼気にアルコール臭を感じた真之介は、つい顔を逸らした。
「先生、先生、起きてください三沢先生」
あまり大声を出さぬよう、気を遣いながら真之介は呼びかけた。
「……うるさいなあ、ウチもう帰るんや。ジャマせんとき。ウチもう寝るんや」
五月がようやく反応し、小声でムニャムニャとつぶやいている。
酔っ払って寝ぼけている五月を放置することもできず、真之介はそっと抱き起こそうとした。
「……! 誰やアンタ! ウチに何すんねん! しばくど……」
パチッと目を見開いた五月が真之介を睨み付けた。
「あ、阿部です先生! すいません、起き上がってください」
再び目を閉じてしまった五月に、真之介は声をかけ続けた。
「んん? アンタ、誰かに似とるなあ? 誰やったっけ? んあ?」
五月が目をこすりながら真之介の顔を確認した。
「おお? 真ちゃんか? なんや? なんで真ちゃんがここにおんねん。ここ、どこや?」
真之介は五月の関西弁にギョッとしつつ、ふらふらと危なっかしい五月の体を支えた。
「おお! 真ちゃんや! ウチを迎えに来てくれたんか! やるやんけ。ほな一緒に帰ろう!」
五月は倒れ込みそうな勢いで真之介に抱きついた。
真之介は振りほどくわけにもいかず、五月の腰をしっかりと抱えた。
すると五月は真之介の胸に頭を預け、再び寝てしまった。
(……どうしようコレ。とりあえず家まで運ぶしかないか)
真之介は渾身の力で五月を抱きかかえた。体力のない彼にとっては重労働だった。
一歩一歩、大地を踏みしめるように歩きながら、汗だくになって真之介は五月とともに帰宅した。
道中で完全に熟睡してしまった五月を自分のベッドに寝かしつけると、真之介も疲れきって床に寝てしまった。
翌朝。
真之介が目覚めると、全身が筋肉痛だった。
おまけに床で寝てしまったせいか、なんとなく寝不足気味だった。
そのため、自分の部屋の異変に気づくのに時間がかかった。
(……あれ? 俺のベッドに誰か寝てる?)
それはどう見ても女性だった。しかもスーツ姿の大人の女性だ。
(……ん? なんだっけ? 昨日、俺はコンビニに行って?)
「んん~~?」
突然ベッド上の女性が寝返りを打ち、勢い余って床に転げ落ちた。
「んぎゃっ!」
奇声を発し、女性は半身を起こした。
「……み、三沢先生? な、なんで?」
寝癖で乱れきった五月の黒髪を見て、真之介の記憶が一気によみがえった。
「せ、先生、大丈夫ですか?」
痛そうに自分の頭をさすっている五月に真之介は尋ねた。
「痛ったあ! ていうか、ここどこ? 私どこで寝ちゃったの? 昨日は麻彩と……?」
頭を打った衝撃のせいか、五月も徐々に記憶を取り戻した。
「三沢先生、ここは俺の家です。先生は昨日……」
真之介は丁寧に事情を説明したが、五月は頭を抱えて首を振り続けていた。
「頭痛い……。私、よく分からない。お風呂入りたい……」
「……? ふ、風呂ですか?」
真之介は驚いて大声を出してしまった。
「うん。私、気分が悪い……。お風呂でさっぱり……」
言いながら五月は寝ぼけ眼でスーツを脱ぎ始めた。
「せ、先生! あの、風呂場、案内しますから、そこで……」
動転した真之介は思わず五月の手を取った。
「あ? 阿部君……? なんでここに……」
ようやく意識が覚醒した五月はじっと真之介の顔を見つめた。
真之介は動揺しながらも再び事情を説明した。
「…………」
「……そ、そんな。……わ、私、恥ずかしい」
五月が入浴している間、真之介は一時間ほど自室で待機していた。
真之介も年頃の男子である。脳内を様々な妄想が駆け巡った。
やがて遠慮がちに自室のドアがノックされた。
「本当にゴメンね、阿部君。先生、すぐに帰るわ。もう大丈夫だから」
ドアの向こうから、五月が小声で真之介に話しかけた。
「は、はい先生。お気をつけて」
真之介はそう言うのが精一杯だった。やがて玄関から五月が出て行く音がして、真之介は大きく息をついた。
しばらくして、家のチャイムが鳴った。
真之介が玄関を開けると、そこには恥ずかしそうな五月の顔があった。
「ごめんなさい、私、帰り道が分からなくて……」
真之介は急いで着替え、五月を駅まで送ることになった。
道中、きょろきょろと不安そうな五月を従えて、真之介は急いだ。
「あれ? 真ちゃん?」
聞き覚えのある声に、真之介の心臓は止まりかけた。
真之介の姿を発見した麻衣が走り寄ってくる。
「あれ? あれ? 三沢先生も?」
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