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左目

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城の典医に診てもらった十郎はぽかんとしていた。
「左目が見えておりませんな。毒の影響かどうかはわかりません」
典医の言葉に姫も遼次も亘も絶句した。
「そうか。そう言われれば左側がまったく見えないな。右は見える」
十郎はきょろきょろと辺りを見回して何度も頷いた。
「それで距離感がつかめないんだな。見えてはいるがぼやけてるしな」
淡々と語る十郎を一同は唖然として見つめた。
「おいヤブ医者! 十郎の目は治るのか、治らないのかハッキリ言え」
興奮した亘が典医に食って掛かったが、遼次がそれを制した。
「いいよ亘。みんなのおかげで生きているだけ幸運だ。ありがとよ」
十郎がつぶやくと、一同は再び沈黙した。
「十郎! 私の顔を見て! 十郎がほめてくれた顔を見てちょうだい!」
沈黙を破った雪姫が十郎に抱きついて泣き叫んだ。
「うん。綺麗だよ。近いと見える。泣くと美人が台無しだから泣くなよ」
十郎は姫の髪を撫でたが、思わずぽろりと涙をこぼしてしまった。
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