【完結】月と羊 〜その声に恋をしていた〜

西宮裕華

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第1章

出会いは電車の中で(2)

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 翌日、予想外の再会は唐突にやってきた。

「叔父さんが入院だってさ。叔母さんも足が悪いからさ。悪いんだけど、ちょっと病院まで送ってくれない?」

 叔父が骨折して入院したという連絡を受け、車を出して病院に同行した智士は、ナースステーションの前で、足を止めた。

 そこにいたのは、あのときの彼女だった。
 髪をまとめ、ナース服に身を包み、真剣な顔でカルテを見ていた。
 智士たちの来院に気づくと、こちらに向かってきて、叔母と会話を交わしている。

 (間違いない、あの女性ひとだ……)
 
 けれど、彼女は智士が昨日電車で会った人だとは、まったく気づかなかった。
 智士が昨日はしていなかった眼鏡を、今日しているのも一因だろう。
 ましてやこんなところで会うなんて、予想できるはずもない。


 ほんの少し、残念だった。でも。

 名札が目に入る。
《月平 菜緒(つきひらなお)》

(名前、わかった……)

 それだけで、心の中に、ふわっと光が灯るような気がした。



 月平菜緒は、くたくたになって帰宅していた。
 
 整形外科病棟は毎日が慌ただしい。患者の層もバラバラ。通常の看護業務に加え、緊急入院、手術準備、リハビリへの対応。次から次へと仕事がある。今日も手術時間が伸びたせいで、定時を大幅に過ぎての退勤だった。
 そして、やっと家にたどり着いたというのに、洗濯物が干せていない現実がのしかかる。


「……はー……もう無理……」


 それでも、なんとか身体を動かす。
 別に誰に見られているわけでもない。しかし、長女として「しっかりしてるね」と言われて育ってきた反動で、何もしないと罪悪感に押し潰されるのだ。


 実家を出てから、一人で生活する大変さも身に染みていたし、ふとしたときの寂しさもあった。こんなとき、誰かが側にいてくれたら、なんて思うこともあるけれど、そんな相手もいない。


 洗濯機を回し、シャワーを浴びてさっぱりしたところに、冷蔵庫から缶チューハイを取り出す。
 テレビをつけず、タブレットを起動する。

 そしてYouTubeから、登録チャンネルのページを開いた。


 ——羊のゲーム実況動画


 昔、付き合っていた彼氏からは「ゲーム実況なんて観てるの!?」とバカにされたことも、あった。

 でも。
 
 あの、低音癒しの羊ボイス。秀逸なコメント。ゲーム内でキャラクターの行動に突っ込み、時にボケる。それだけでそのゲームの魅力が何倍にも膨れ上がるように感じる。何度見ても笑えて、時に泣ける実況動画。
 再生していると、なんとなく心が落ち着く。癒される。元気になれる。

 動画の向こうにいるはずなのに、不思議と距離が近く感じる声だった。
 疲れてヘトヘトの心が、その声にふわり、とほどけていく。

(……羊さんの声、好きだな)
(……羊さんって、どんな人なんだろ)

 そんなことを思いながら、菜緒は今夜も、羊の実況を眺めて過ごすのだった。
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