【完結】月と羊 〜その声に恋をしていた〜

西宮裕華

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第15章

彼女に会いに行く

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 メッセージは送った。けれど、既読はつかない。

 じれったい。焦れる。あんなに話したいと思っていたのに、言いたいことは何ひとつ伝えられず、時間だけが過ぎていく。

 スマホを見つめながら、俺は大きく息を吐いた。胸の奥が落ち着かない。どこかにぶつけたいような衝動が、抑えきれずに体の中を巡っていた。


「……会いてぇ」

 吐き出した言葉に、自分でも驚くほどの感情が滲んでいた。気づけば、車のキーを手に取っていた。何も考えずに。まるで身体の奥から突き上げてくるような衝動だった。

 行き先は彼女が働く病院。彼女に会える保証なんてないけど、たぶん——一番会えるのはここだと思った。
 病院の近くのコインパーキングに車を停めて、病院の前にあるガードレールに腰を下ろす。


 行き交う人たちの視線が痛い。だが、そんなことはもうどうでもよかった。

「ストーカーか、俺は……」
 自嘲気味に呟く。
 けれど、それでもいいと思った。ただ、もう一度だけ会って話したかった。


 どれくらい待っただろうか。ふと、自動ドアが開き、大きな荷物を抱えた女性、月平さんの姿が見えた。
(——いた。)

 反射的に立ち上がり、近づこうとしたその時。
 白衣姿の若い男性が、彼女の後ろから走り寄ってきた。


「姉ちゃん、大丈夫? 熱あるって聞いて……!」

 前に一度、公開実況の時に見かけた顔だった。たしか弟だと言っていた。改めて見ると確かに似ている気がする。

「大げさだなぁ、大丈夫。ホテル取って休むから」

 彼女の声は明るいが、力はない。

「じゃあせめて送るよ」

「今夜当直でしょ? あんたの準備が先ー」

 そう言って踏み出したその瞬間。彼女の体が、ふらりと傾いた。


「菜緒さん!」

 反射的に名前を呼んで、体が動いた。地面に崩れそうになった彼女の身体を、しっかりと胸の中に抱き留める。

 柔らかくて、細い身体。鼻をかすめるのは、消毒薬の匂いと、シャンプーの香り。
 心臓が激しく音を立てる。この人に触れている。それだけで、全身の血が沸騰しそうだった。


「……えっ!?誰?……あれ?羊さん!?え、羊さんですよね!?実況者の!?なんで……姉ちゃん知ってる!?」

 パニック気味の弟くんに、「ちょっとした知り合い」と説明する。彼女の現状について尋ねると、彼は困ったように事情を話してくれた。


 話を聞けば、彼女は今、マンションの漏水で家に戻れず、病院に泊まり込んでいるという。ただでさえ休みが少ないなか、他人のシフトの穴埋めまで引き受けてしまい、とうとう今日、過労で発熱したらしい。

「俺も姉ちゃんが心配なんですけど、寮なんで、家族でも女性を泊めるのはちょっと…。本人はホテルに……って言い張るんですけど」

 俺は腕の中で荒い呼吸をする菜緒さんの様子を見つめながら、はっきり言った。

「ありがとう。そしたら俺が、面倒見るよ。車で来てるし、家に連れて帰って休ませる。弟くんの連絡先、聞いてもいい?状況、逐一報告するから」


 拓実くんはじっと俺を見つめてきた。大事な姉を任せられる相手なのか、慎重に見極めようとする視線。真っ直ぐにその視線を受け止る。

 そして、優しく大切に彼女を抱き上げると、頼んだ。
「悪いけど、荷物だけ、車までお願いできるかな」

 その瞬間、拓実くんの表情が少しだけ緩んだ。
「よろしく、お願いします。姉ちゃんのこと…」
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