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第1部「灰の路」 第1章「焼け残り」
第14話「喧騒の中の静寂」➆
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街灯の薄黄色の光に照らされたリングに、若い女性が颯爽と現れた。
肩まで伸びた髪が夜風に揺れ、薄手のパーカーの背中にうっすら汗が浮かぶ。
手には小ぶりなグローブ、足首には軽く巻かれたトレーニング用のゴムチューブ。
彼女はスマホをちらりと確認して、「来てみた!」と笑いながらSNSに投稿する。
その指先の動きにも、どこか舞台に立つような高揚感があった。
「えー、マジで殴られ屋ってやってるんだ?」と小声で呟きながらも、顔は明るい。
見物人のざわめきが少しずつ膨らむ。
「おい見ろよ、構えてるぞ」「本気っぽい?」「いや、映え狙いだろ」
笑い混じりの声が空き地を漂い、スマホのライトがちらちらとリングを照らす。
蓮司は黙って距離を計っていた。
両手を開いたまま、彼女の視線、呼吸、重心の揺れを観察する。
まるで空気の動きを読むように、ほんのわずかな変化を捉えていた。
彼女が選んだのはオプションE――「武器あり」。
といっても、実際はスポーツチャンバラ用の柔らかい剣だ。
「へぇ、こんなおもちゃみたいなの使うんだ~」と笑いながら、蓮司の持つダッフルバッグを覗き込む。
中には、短刀、小太刀、長剣、杖、棒、槍が整然と並んでいた。
夜の湿気を吸い込んだビニールの表面が、街灯の光を反射して微かに光っている。
「ど、どれにしようかな……」
「短刀?小太刀?うーん、槍も面白そう……」
観客たちはすでにリングの周囲に密集し、スマホを構えながら笑いを殺している。
「短刀が無難じゃね?」
「いや槍で前に出た方が映えるぞ」
「自撮りするなら小太刀一択w」
「でも長剣なら“戦ってる感”出る」
「どれ選ぶかで動画のバズり度変わるぞw」
女性はスマホを自撮りモードにしてリング越しに自分を撮る。
片手で短刀を軽く持ち、角度を確認しながら「うん、映えそう!」と笑い、指でハートを作る。
観客の中から軽い拍手と口笛が起こり、空気が一瞬だけ明るく弾んだ。
「じゃあ、短刀にする!」
そう宣言し、再びスマホを操作して友人にメッセージを送る仕草を見せる。
「よーし、行くよ!」
リング上で軽くジャンプし、呼吸を整えると、短刀を振り上げた。
最初の一撃。
振り抜く動きは速いが、力が入りすぎて軌道が乱れる。
それでも、その勢いに観客が湧いた。
「おお、振った!」
「かわいい、でも勇ましい!」
「動画撮るぞ!」
蓮司は軽く腰を落とし、上体を滑らかに後方へ引く。
――スウェーバック。
パンチや攻撃を“避ける”というより、“すり抜ける”動き。
ほんの数十センチ上体を引くだけで、相手の攻撃は空を切る。
反り返りながらも、膝でバランスを取り、すぐに前へ戻れるよう重心を保つのがコツだ。
彼の動きは最小限で、観客の目にはまるで“時間がずれた”ように映った。
「え、今の避けた?」
「早すぎて見えん」
「マジで当たらない!」
観客の声が重なり、スマホの光がいくつも揺れた。
女性は笑いながらもう一度短刀を振る。
「ちょ、待って!見てて、ちゃんとやるから!」
勢い任せに踏み出す足音が、湿った板を鳴らす。
振り上げ、振り下ろし、横払い――リズムは不規則で、勢いに任せて形を崩す。
それでも、その全力さに観客は惹かれていた。
「かわいいけど強そうw」
「映える!」
「もっと撮れ!」
「うわ、今ちょっと当たりそうだった!」
「マジで殴られ屋さんの動き速ッ!」
スウェーバックで距離を外しながら、蓮司は相手の呼吸を読む。
攻撃が来るたびに、身体を滑らせるように避ける。
そのたびに観客の間で短い息が漏れ、笑いと歓声が入り混じる。
彼女は息を切らしながらも、笑みを崩さない。
「よし、もう一回!」
スマホをリング上に構え、自撮りポーズを取りながら短刀を軽く掲げる。
観客からは「かわいいw」「盛れてる!」と笑いが飛ぶ。
三分間。
女性の興奮、観客の笑い声、武器が空気を裂く音、そして夜風と汗の匂いが混ざり合う。
最後の一振り。
蓮司はほんのわずかに上体をそらすだけで、それをかわした。
短刀が空を切り、静かな風がリングを通り抜ける。
女性は息を整え、満足そうに笑った。
「やば、めっちゃ楽しかった!」
その笑顔に拍手が起こり、スマホのフラッシュが何度も光る。
その一方で、蓮司の表情は変わらない。
リングの中央で、誰の歓声にも反応せず、静かに呼吸を整えていた。
まるで――
全ての音が遠のいていく中、ひとりだけ「虚無」を保とうとしているように。
肩まで伸びた髪が夜風に揺れ、薄手のパーカーの背中にうっすら汗が浮かぶ。
手には小ぶりなグローブ、足首には軽く巻かれたトレーニング用のゴムチューブ。
彼女はスマホをちらりと確認して、「来てみた!」と笑いながらSNSに投稿する。
その指先の動きにも、どこか舞台に立つような高揚感があった。
「えー、マジで殴られ屋ってやってるんだ?」と小声で呟きながらも、顔は明るい。
見物人のざわめきが少しずつ膨らむ。
「おい見ろよ、構えてるぞ」「本気っぽい?」「いや、映え狙いだろ」
笑い混じりの声が空き地を漂い、スマホのライトがちらちらとリングを照らす。
蓮司は黙って距離を計っていた。
両手を開いたまま、彼女の視線、呼吸、重心の揺れを観察する。
まるで空気の動きを読むように、ほんのわずかな変化を捉えていた。
彼女が選んだのはオプションE――「武器あり」。
といっても、実際はスポーツチャンバラ用の柔らかい剣だ。
「へぇ、こんなおもちゃみたいなの使うんだ~」と笑いながら、蓮司の持つダッフルバッグを覗き込む。
中には、短刀、小太刀、長剣、杖、棒、槍が整然と並んでいた。
夜の湿気を吸い込んだビニールの表面が、街灯の光を反射して微かに光っている。
「ど、どれにしようかな……」
「短刀?小太刀?うーん、槍も面白そう……」
観客たちはすでにリングの周囲に密集し、スマホを構えながら笑いを殺している。
「短刀が無難じゃね?」
「いや槍で前に出た方が映えるぞ」
「自撮りするなら小太刀一択w」
「でも長剣なら“戦ってる感”出る」
「どれ選ぶかで動画のバズり度変わるぞw」
女性はスマホを自撮りモードにしてリング越しに自分を撮る。
片手で短刀を軽く持ち、角度を確認しながら「うん、映えそう!」と笑い、指でハートを作る。
観客の中から軽い拍手と口笛が起こり、空気が一瞬だけ明るく弾んだ。
「じゃあ、短刀にする!」
そう宣言し、再びスマホを操作して友人にメッセージを送る仕草を見せる。
「よーし、行くよ!」
リング上で軽くジャンプし、呼吸を整えると、短刀を振り上げた。
最初の一撃。
振り抜く動きは速いが、力が入りすぎて軌道が乱れる。
それでも、その勢いに観客が湧いた。
「おお、振った!」
「かわいい、でも勇ましい!」
「動画撮るぞ!」
蓮司は軽く腰を落とし、上体を滑らかに後方へ引く。
――スウェーバック。
パンチや攻撃を“避ける”というより、“すり抜ける”動き。
ほんの数十センチ上体を引くだけで、相手の攻撃は空を切る。
反り返りながらも、膝でバランスを取り、すぐに前へ戻れるよう重心を保つのがコツだ。
彼の動きは最小限で、観客の目にはまるで“時間がずれた”ように映った。
「え、今の避けた?」
「早すぎて見えん」
「マジで当たらない!」
観客の声が重なり、スマホの光がいくつも揺れた。
女性は笑いながらもう一度短刀を振る。
「ちょ、待って!見てて、ちゃんとやるから!」
勢い任せに踏み出す足音が、湿った板を鳴らす。
振り上げ、振り下ろし、横払い――リズムは不規則で、勢いに任せて形を崩す。
それでも、その全力さに観客は惹かれていた。
「かわいいけど強そうw」
「映える!」
「もっと撮れ!」
「うわ、今ちょっと当たりそうだった!」
「マジで殴られ屋さんの動き速ッ!」
スウェーバックで距離を外しながら、蓮司は相手の呼吸を読む。
攻撃が来るたびに、身体を滑らせるように避ける。
そのたびに観客の間で短い息が漏れ、笑いと歓声が入り混じる。
彼女は息を切らしながらも、笑みを崩さない。
「よし、もう一回!」
スマホをリング上に構え、自撮りポーズを取りながら短刀を軽く掲げる。
観客からは「かわいいw」「盛れてる!」と笑いが飛ぶ。
三分間。
女性の興奮、観客の笑い声、武器が空気を裂く音、そして夜風と汗の匂いが混ざり合う。
最後の一振り。
蓮司はほんのわずかに上体をそらすだけで、それをかわした。
短刀が空を切り、静かな風がリングを通り抜ける。
女性は息を整え、満足そうに笑った。
「やば、めっちゃ楽しかった!」
その笑顔に拍手が起こり、スマホのフラッシュが何度も光る。
その一方で、蓮司の表情は変わらない。
リングの中央で、誰の歓声にも反応せず、静かに呼吸を整えていた。
まるで――
全ての音が遠のいていく中、ひとりだけ「虚無」を保とうとしているように。
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