『灰を駆ける者 ― ASH WALKER ―』

たーゆ。

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第1部「灰の路」 第1章「焼け残り」

第27話「灯の堕ちる夜」②

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 西木屋町通りを抜け、蓮司は〈Avalon〉が入る雑居ビルの軒下に立った。
雨は屋根に叩きつけられ、金属の反響を響かせている。
昼間なら飲食店の呼び込みや看板の灯りが目を引く場所だが、
この時間になると、軒下はまるで別世界の入口のように静まり返っていた。
 壁沿いに並ぶネオンの看板は、どれも消えかけの明滅を繰り返している。
「BAR」「GIRL’S」「SHOT」と書かれた文字が、雨粒の反射で滲み、
現実感のない光の残像を残した。


 蓮司の視線の先、軒下の奥まったところに、地下へと続く階段があった。
古びた鉄製の手すりは赤茶け、段差の隙間からは雨水が細く垂れている。
降り口の横には、
「B1F CONCEPTCAFE&BAR Avalon」と書かれた小さなネームプレート。
その文字の一部は剥げ、テープで補強された跡があった。


 蓮司は一度だけ息を整え、階段へ足を向けた。
濡れた靴底が、コンクリートを踏むたびに小さな音を立てる。
その音が、軒下の空気に溶けて、鈍く反響した。
 降り始めた瞬間、世界の音が変わった。
雨のざわめきが遠のき、代わりに地下から吹き上がる湿った空気が、
彼の頬を撫でていった。
埃と油、そして古い煙草の匂い。
それらが混じり合って、〈Avalon〉特有の空気を形づくっている。


 階段を三段ほど降りたところで、蓮司は立ち止まる。
ポケットの中に指を差し入れ、布の感触を確かめた。
指先に触れたのは、黒い目出し帽。
 殴られ屋の仕事では使わない。
あれは「用心棒」として動く時の顔――
つまり、「八雲蓮司」ではない自分の仮面だった。
 それでも今夜は、なぜか必要に思えた。
誰かの目も、そして自分自身の感情も、覆い隠したかった。
無言のまま、彼は目出し帽をかぶる。
 濡れた布が肌に吸いつき、視界の端が黒く狭まっていく。
息を吸うたび、布越しに自分の呼気がこもった。
その熱が、なぜか心地よかった。


 再び歩き出す。
コンクリートの段差を踏みしめるたび、水が跳ねる。
上から垂れる雨水が、蛍光灯の光を受けて白い線を描いた。
その下をくぐり抜けるように、蓮司はゆっくりと降りていく。
 地上の光が遠のき、空気が濃くなっていく。
息をするたび、湿った空気が肺の奥に張りつく。
どこかで機械のうなるような音が鳴り、低く唸っていた。
 ――もうすぐだ。
 最後の一段を踏みしめ、視線を上げる。
目の前に、鉄の扉がある。
その隙間から、鈍く黄色い光が漏れていた。
 雨に濡れた背中に、地上から吹き込む冷たい風が当たる。
蓮司は、その扉を見つめながら、小さく息を吐いた。
まるでそこが、夜の底へとつながる入口のように見えた。





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