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第1部「灰の路」 第2章「灰の綻び」
第1話「静寂のひび割れ」①
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月曜の朝は、街全体がまだ眠気を引きずっていた。
三条通を抜ける風が冷たく、
ビルの谷間に朝陽が割り込むたび、
灰色のアスファルトがわずかに金色を帯びる。
蓮司は七時半に目を覚ました。
アラームを使うことはほとんどない。
身体が先に起きる。
寝起きは悪くないが、夢を見ることもほとんどなかった。
窓を開けると、古いアパートの外壁を撫でるような風の音がした。
木造二階建て、築三十年を越える。
洗濯機のモーター音や、近所の犬の鳴き声が遠くから重なってくる。
台所に立ち、冷蔵庫を開ける。
卵二つ、納豆、冷ごはん。いつもと変わらない朝食だった。
簡単に済ませる。
食事というより、燃料の補給だ。
体重と筋肉量の維持、それが目的だった。
食後にコーヒーを飲みながら、スマートフォンのメモを開く。
そこには今週の予定と支出のメモがびっしり並んでいる。
――月曜。休養日。銀行、薬局、とうどう。
食器を流しに置き、腕時計をはめる。
黒いジャージの上にグレーのパーカー。
九時少し前にアパートを出ると、外は少しだけ暖かかった。
殴られ屋の仕事を始めてから、もう五年になる。
一週間に六日、夜から朝方にかけて、
西木屋町通と六角通の交差点角にある工事現場の跡地で殴られ屋として立つ。
客は様々だ。ストレス発散、自己証明、あるいはただの娯楽。
五日で稼いだ金額は二百万円。
額だけ見れば夢のようだったが、蓮司にとってはただの数字だった。
拳を交えた後にだけ、自分の存在が確かになる気がしていた。
銀行は六軒。
通帳を分け、金を小分けに預ける。
――資金管理のため。
表向きの理由はそうだが、本当は“リスクを分散させるため”でもある。
どこかの口座が止まっても、生活が止まらないように。
窓口で番号札を受け取るたび、他人の視線を感じた。
スーツ姿の男が、黒いパーカーの自分を一瞬見て目を逸らす。
蓮司はその視線を気にも留めない。
手際よく振込用紙に記入し、
受け取った通帳の残高を確認しては、無表情のまま次の銀行へ向かった。
最後の銀行を出たとき、時計の針は十一時を少し回っていた。
河原町通を歩く。平日の昼前、観光客は少ない。
制服姿の高校生が笑いながら自転車で通り過ぎていく。
その笑い声が、どこか遠い。
「……スギ薬局、次か」
呟きながら、四条河原町交差点の角を曲がる。
スギ薬局四条河原町店。
階段を上り、いつもの棚へ。
サプリメントのコーナーにはプロテインバーやBCAA、クレアチンが整然と並んでいた。
必要なものだけを手に取る。
ホエイプロテイン、グルタミン、亜鉛のサプリメント。
それから液体のビタミン剤を一本。
買い物かごを持つ手が自然と一定のリズムを刻んでいる。
どんな行動にも癖が出る。トレーニングの動作と同じだ。
レジの若い女性店員が笑顔で袋を差し出した。
「お仕事、お疲れさまです」
「……ありがとう」
短く返すと、店を出た。
通りに出ると、風が強くなっていた。
耳の奥で、何かの記憶がざらりと動く。
三条通を抜ける風が冷たく、
ビルの谷間に朝陽が割り込むたび、
灰色のアスファルトがわずかに金色を帯びる。
蓮司は七時半に目を覚ました。
アラームを使うことはほとんどない。
身体が先に起きる。
寝起きは悪くないが、夢を見ることもほとんどなかった。
窓を開けると、古いアパートの外壁を撫でるような風の音がした。
木造二階建て、築三十年を越える。
洗濯機のモーター音や、近所の犬の鳴き声が遠くから重なってくる。
台所に立ち、冷蔵庫を開ける。
卵二つ、納豆、冷ごはん。いつもと変わらない朝食だった。
簡単に済ませる。
食事というより、燃料の補給だ。
体重と筋肉量の維持、それが目的だった。
食後にコーヒーを飲みながら、スマートフォンのメモを開く。
そこには今週の予定と支出のメモがびっしり並んでいる。
――月曜。休養日。銀行、薬局、とうどう。
食器を流しに置き、腕時計をはめる。
黒いジャージの上にグレーのパーカー。
九時少し前にアパートを出ると、外は少しだけ暖かかった。
殴られ屋の仕事を始めてから、もう五年になる。
一週間に六日、夜から朝方にかけて、
西木屋町通と六角通の交差点角にある工事現場の跡地で殴られ屋として立つ。
客は様々だ。ストレス発散、自己証明、あるいはただの娯楽。
五日で稼いだ金額は二百万円。
額だけ見れば夢のようだったが、蓮司にとってはただの数字だった。
拳を交えた後にだけ、自分の存在が確かになる気がしていた。
銀行は六軒。
通帳を分け、金を小分けに預ける。
――資金管理のため。
表向きの理由はそうだが、本当は“リスクを分散させるため”でもある。
どこかの口座が止まっても、生活が止まらないように。
窓口で番号札を受け取るたび、他人の視線を感じた。
スーツ姿の男が、黒いパーカーの自分を一瞬見て目を逸らす。
蓮司はその視線を気にも留めない。
手際よく振込用紙に記入し、
受け取った通帳の残高を確認しては、無表情のまま次の銀行へ向かった。
最後の銀行を出たとき、時計の針は十一時を少し回っていた。
河原町通を歩く。平日の昼前、観光客は少ない。
制服姿の高校生が笑いながら自転車で通り過ぎていく。
その笑い声が、どこか遠い。
「……スギ薬局、次か」
呟きながら、四条河原町交差点の角を曲がる。
スギ薬局四条河原町店。
階段を上り、いつもの棚へ。
サプリメントのコーナーにはプロテインバーやBCAA、クレアチンが整然と並んでいた。
必要なものだけを手に取る。
ホエイプロテイン、グルタミン、亜鉛のサプリメント。
それから液体のビタミン剤を一本。
買い物かごを持つ手が自然と一定のリズムを刻んでいる。
どんな行動にも癖が出る。トレーニングの動作と同じだ。
レジの若い女性店員が笑顔で袋を差し出した。
「お仕事、お疲れさまです」
「……ありがとう」
短く返すと、店を出た。
通りに出ると、風が強くなっていた。
耳の奥で、何かの記憶がざらりと動く。
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