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持たざる者にはただ一つ
しおりを挟む手に持ったリンゴを見つめながら、下顎に力を入れて身構える。
そして、ある感情を呼び起こす。
ステータスという理不尽な法則への反発。
ステータスの数字なんかに自分の行動を邪魔させないという意思。
怒りにも似たそれを強く心に抱き、行動に乗せる。
「あがあああッ!」
獣のように咆哮を上げて、俺はリンゴに歯を突き立て――
シャリッ。
軽い音を立て、拍子抜けするほどあっさりとリンゴの果肉が抉り取られ、
甘みと酸味が俺の口中を満たした。
「やっぱりか……」
『リンゴを破壊した』
最早お馴染みとなった文字列。『ログ』と名付けたそれを横目に見ながらつぶやく。
俺は自分の仮説が、少なくともある程度は的を得たものだったと確信を深めていた。
ステータスを拒絶する強い意思を行動に乗せると、リンゴを食べられる。
つまり、ステータスを無視して行動の結果を出せるという事だ。
といっても、単純にリンゴの耐久ステータスを無視しているわけではなさそうだ。
俺の力は0。リンゴの耐久を無視したとしても、こうも簡単に噛み切れるかは疑問である。
それに、熊の時の事もある。
あの時俺は本来なら不可能な速度で熊の前に移動し、
素手の一撃で熊の顔面、頭の上半分を吹き飛ばした。
顔面パンチの方は熊の耐久を無視したとしても、
移動速度の方は単にステータスの数値を無視してどうにかなる話ではないだろう。
そして顔面パンチの方も、
素手で熊の頭を弾け飛ばすなんて素の状態の俺には不可能。
俺のステータスの方に補正がかかっている可能性も考え、
ステータスを開きっぱなしにしながらリンゴを食べてみたりしたが、
少なくとも文字列の数値に変化はなかった。
恐らくはステータスによる行動成果の計算そのものを無視し、
どこからか別の答えを出している。
その答えがどういう基準で出されているのかわからないが、
素人が熊を殴り殺せる程には強力な力のようだ。
「……」
俺は思わず眉を寄せる。
この世界に来る前、俺はくれると言われる力を拒絶した。
自分がどこまでできるか確かめたい、という目標の為、
真っ当な成長で得た力ならまだしも、
他所からくっつけられた特別な力で今の自分を失うのが嫌だった。
それは一時の意地のようなもので、この世界に来てすぐ後悔もしたが、
だからと言って実は力があった、ラッキー! という程、簡単には割り切れない。
「……やっぱり少し気に入らない。気に入らない、が……」
それが馬鹿な感情であることも理解していた。
元の自分は失われていなくとも、ここはもう元の世界ではない。
ステータスという法則が支配するこの異世界において、
この文字通り反則的な力がなければ、俺はリンゴ一つ食べられない。
どこまでできるか、以前の問題である。
「今の俺には、この力しかない。
――ここを、スタート地点にしよう」
この力を調べ、鍛え、己の武器とする。
その上で、俺がこの異世界でどこまでできるか。
――行けるところまで、行ってやる。
決意を新たに、俺は森の木々を見上げた。
数日後。俺は、森の外れの街道を歩いていた。
あの時熊から助けた少女は俺を嫌っていたが、
人里への道については嘘を言っていなかったようだ。
言われた通りの方向を探してみれば、すぐに街道らしき道が見つかった。
この数日いくつかの実験を繰り返して、ある程度ステータス無視の力についてコントロールできるようになった俺は、
この世界の情報を求めて街へ向かうことにしたのだ。
「あまり遠くないといいんだが」
あの少女は街道を通っていけばいずれ街にたどり着くだろう、と言っていた。
街道があったのだからその言葉も嘘ではないだろう、多分。
しかしそこが本当だったとして、街までの距離については言及されていなかった。
食料としてリンゴをいくつか、下に着ていたシャツに包んで持ってきてはいるが、
普通に食べれば数日もしないうちになくなるだろう。
「何とかして保存のきく食べ物を大量に持ってくるべきだったかな……」
街への距離について頭に浮かんだのは街道を歩き始めて少ししてからだ。
あるいはその時に引き返してもっと食料を確保しておくべきだったかもしれないが……
「いや、あそこで真っ当に食えるのは今の所リンゴ位だしな……
持ち運ぶ手段もないし」
能力の把握がてら森の中を散策したが、あの森にはリンゴ以外に元の世界と同じ名前の果物はなかった。
奇妙な形や臭いをしたものも多く、食べようとは思えなかった。
獣や魚については、獲ることはできても調理ができない。
未知の異世界の生物を生で食う勇気は俺にはなかった。
街を目指すのはそんな事情もあってのことだ。
「食料確保にはこの世界の知識がいる。知識を得るため街に行くには食料がいる。はあ……」
ため息をつくと俺は続いている街道の先を見る。
未だ街は見えてこない。
――が、代わりに砂煙のようなものを見つけた。
「あれは……? 」
感覚を研ぎ澄ませる。
ステータスによるものか、砂煙のある辺りの景色が妙にぼやけて見えた。
――感覚のステータスを無視。
ぼやけた部分がはっきりと見え、状況がよくわかるようになる。
馬車の周りを数人の人間が取り囲んでいるようだ。
街道について教えてくれた少女の言葉を思い出す。
――街道沿いには強力な魔物も出ませんし、
盗賊にでも襲われない限り安全でしょう――
「まさか、盗賊……? 」
少女の言葉と共に、
助けた相手に嫌われたショックを思い出し若干迷ったが、放ってもおけない。
そんな理由で動けない自分が嫌だからだ。
それに、今の俺にはそこを何とかできそうな手段もある。
「何にしても、もう少し近付いて様子を見よう」
俺は、その集団に向けて進む足を速めた。
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