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この手に武器を
しおりを挟む「ようこそー。タストルの街へー」
門に近付くと、門番らしき男がこちらへ駆け寄り、気の抜けた声をかけてきた。
暇な時間帯にコンビニへ行った時、
不真面目なバイト店員が言う「いらっしゃいませー」のようなテンションだ。
「ガハハハハ! 我らはパルパパーン遊劇団!
この街で我らが磨いた芸を披露する為に来た!
そこの彼は道中で友となった道連れよ! 」
パルパパーンはいつも通りに気合の入った名乗りを上げた。
突然の大声に驚いたのか、門番は目を白黒させている。
「え、えー。取り敢えず、皆さん一人一人名前教えて頂けます? 」
俺も含めて全員がそれぞれ門番に名乗っていくと、
彼はその名前を持っていた帳面のような物に書いていた。
「あー、ハイ。これで全員っすねー。じゃ、どうぞー。
あ、あと芸人の方なら、広場の使用は役場へ申請して下さい。
ここじゃ受け付けてないんで」
「途中で襲われた盗賊を捕縛してあるのだが、
そちらはどうすれば良いかな!? 」
「えー……と、そっちは衛兵の兵舎ですねー。
ここ入ってすぐン所にあるんでそちらどうぞー」
それで手続きは終わったらしく、男は門の横へ戻って行った。
「何かあっさり入れたな……」
治安とかあれで問題ないのだろうか。
そんな心配をしていると、
パルパパーンが謎のポーズを取りながら説明を入れてくれる。
「門番の仕事は主に街へ近付く魔物の見張り!
犯罪者への対応は街中の衛兵が行う!
余程怪しい奴でなければ問題なく通れるぞッ! 」
……この異様なハイテンション集団が怪しくないなら、
止められる奴はそりゃもうよっぽどだろう。
アルティノが名乗った時とか門番の彼もドン引きしていたしな。
「さて、まずは衛兵達の兵舎へ向かうぞッ!
そこで報奨金を受け取り、次に役場へ行って広場の使用を申請する! 」
衛兵兵舎。
門を入ってすぐの所にあるその石造りの建物は、
街の治安を守る衛兵の拠点らしく、硬質で威圧的な雰囲気があった。
それを感じ取ったのか、流石の遊劇団もいつものように大騒ぎはしていない。
あのアルティノでさえ。
アルティノはいつもと違い普通の声で、表情はやや悪戯っぽく笑いながら言う。
「ここで騒ぐと牢獄にブチ込まれちゃうからね。
今は我慢してテンションを溜めているのさ」
「……解放する時は前もって言ってくれ。走ってその場を離れるから」
溜まったテンションを解放したら、いつもよりアレになるってことだろ。
そんなの流石に手に負えない。
……というかそうなったらこいつはどの道牢獄に入れられる気がする。
そんなやり取りをしていると、パルパパーンが近くの衛兵に話を付けたようだ。
数人の衛兵が集まって来て、馬車に詰め込まれていた盗賊達を引き立てていく。
残った馬車は遊劇団がそのまま所有するということになり、
俺はその分報奨金の取り分を増やしてもらえることになった。
「では我らはこのまま役場へ向かう。……達者でな、タカシ君」
俺に報奨金を渡した後、
まだ兵舎近くの為かやや自重した感じでパルパパーンが別れを告げる。
「タカシ君はこれからどうするのだ? 芸の道を目指すなら歓迎するが」
「……なるだけなら一番簡単らしいんで、冒険者に登録しようかと」
道中、アルティノから聞いた話だ。
この世界において、コネも技術もない人間は冒険者として日銭を稼ぐのだと。
俺には一応この芸人達とのコネがあるし、
ステータス無視を芸として見せられなくもないかもしれないが、
芸の道が性に合わない気がする。
ファンタジー世界で冒険者、という響きにも憧れないわけではないし。
「そうか。ではまたな。広場でやる芸は宴の時とはまた違う。
一度は見に来るが良い」
パルパパーンがそう締めると、そのまま彼らは俺に背を向けて去って行った。
しばらく見送った後、俺は右手に持った報奨金の入った袋を見る。
「冒険者……になるにしても、まず武器くらいはいるよな」
今まで素手で戦ってきたが、俺は格闘家という訳ではない。
強そうに見える外見でもないので、
武器も持たずに冒険者になりたいと言えば変な目で見られるかもしれないし。
その他必要そうな物は登録してから聞くとして、
俺はまず武器屋を目指すことにした。
兵舎から門の反対側、街の中心に向かって歩く。
パルパパーンと衛兵が話していたが、
ここから少しの区間は市場となっているようだ。
露店や屋台が並び、買い物客に混じって見回りの衛兵の姿も見える。
しばらく進むと街の中心には広場があり、役場もその近くにあるらしい。
「む……この串焼きウマいな」
武器屋へ行こうとしていた俺だが、そもそも武器屋の位置を知らない。
露店の中には武器を売る者もいたが、
俺でも分かる程ボロボロのガラクタか、
高すぎて手の出ない名品っぽい武器しか見付けられなかった。
そこで、屋台で武器屋の位置を聞き、情報料代わりに串焼きを買ったのだ。
脂の乗った鳥系の肉に粗い塩の味がきいていて、ぱりっとした皮の食感と共に……
などと頭の中で似非グルメ論評をしながら市場を抜け、
広場へ向かう道を一本外れて進むと間もなく、別の通りに出た。
武器屋、防具屋、保存食や野外宿泊用の道具を売る雑貨屋。
冒険者が使いそうな店の集まる、通称冒険者通り。
屋台のオヤジが言っていた話を思い返しつつ、
俺は武器屋を探した。
「ここか? 」
剣と斧の交差する絵が描かれた看板を入り口に立てかけた店。
ここが武器屋で間違いないだろう。
「すみませーん」
声をかけ、店の中に足を踏み入れる。
店の中、カウンターの向こう側には一人の老人がいた。
「いらっしゃいませ。どうぞゆっくり見ていって下さい」
……この手の店にいる老人と言えば年の割に筋骨隆々、
むすっとした頑固爺さんみたいなイメージがあったが、
この老人はどちらかと言えば古書店とか似合いそうな、
ごく普通のお爺さんだ。
「えーと……俺、ほとんど素人で。
これから冒険者になろうと思っているんですが」
「おや、そうなんですか。では、こちらの棍棒がお勧めですよ」
そう言ってお爺さんが勧めてきたのは、
先が少し大きく膨らんだようなデザインの木の棒だった。
少し短めで粗削りな木製バット、といった感じだ。
「丈夫で素人にも扱いやすいし、お値段も手頃です。
この辺りの魔物は、少し力が高い人ならこれで十分倒せますしね
他には、魔物の素材や討伐証明部位採取にナイフも一本持っておくといい。
こちらは二軒向こうの雑貨屋でも売ってますがね」
「んー……」
確かに剣の心得もない俺には、
何も考えずぶん殴れる棍棒の方が良いかもしれない。
そもそも、ステータス無視を使えば素手でもある程度の敵は一撃で倒せる俺は、
冒険者登録の時変に思われないように武器を持つ、という目的が大きい。
リーチを伸ばすというのもあるが、この棍棒位の長さがあれば取り敢えず十分。
試しに手に取り、振ってみる。
「うおッ!? 」
手からすっぽ抜けた棍棒が地面に転がった。
「あー……すいません」
照れ笑いを浮かべつつ、落ちた棍棒を拾う。
そしてもう一度、今度は慎重に、確かめるように棍棒を振る。
「おおっ……? 」
まるで手から滑り落ちるように、棍棒は地面に落ちた。
「子供でも扱える筈なのですが……油でも付いていましたかね」
不思議そうなお爺さんの言葉に、俺はピンと来るものがあった。
「あー……大丈夫です。
ちょっとぼんやりしてただけなんで。今度こそ……よっ! 」
筋力ステータスを無視して、棍棒を振り切る。
今度はきちんと振り切れた。
やはり、推測は正しかったらしい。
――武器の装備に対する要求ステータス。
この世界では力のステータスが足りなければ、
武器を武器として振り回すこともできないようだ。
子供でもいけるならこの棍棒の要求する力は恐らく1。
ステータス0の俺以外なら誰でも普通に使えるのだろう。
「……んじゃ、これでいいです。
あと、ナイフと……腰にでも括り付けるために紐とかあります? 」
「お買い上げありがとうございます」
ステータス無視が長時間持続できない今の俺では、
常に武器を手に持つといざという時取り落として却って危ないかもしれない。
少なくとも暫くの間、武器は腰の飾りとしてしか使わないだろう。
少しだけ虚しさを感じつつ、俺は武器屋での買い物を終えるのだった。
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