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王道の一歩目
しおりを挟むさて。兎にも角にも、一応武器は手に入った。
この後は冒険者として冒険者ギルドに登録を済ませ、
改めて他の装備を整える予定だったが……
「……防具はもう少し様子を見るべきかもな」
武器と同じように防具にも要求ステータスがあったら、俺は防具を使えないことになる。
着ることはできても、防具としての性能を発揮する瞬間脱げ落ちる可能性がある。
今着ている服は元の世界で着ていたシャツとジーンズだからか今まで問題はなかったが、
最悪この世界の服は全部着られないかもしれない。
この世界の服を着て街中で人とぶつかった瞬間素っ裸になる自分を想像してしまい、
俺は少し憂鬱な気分になった。
「……まあ服を買ったら出かける前に室内で試せばいいか」
今は目の前の目標を優先しよう。
ギルドまでの道は武器屋のお爺さんに聞いてある。
と言っても遠い道のりではなく、冒険者通りをまっすぐ行った突き当り。
武器屋を出て左を見れば、そこにはもう周りより一際大きな建物が見えていた。
「じゃあ……一歩目を踏み出すとするか」
俺の冒険はここからだ!
なんて、少し浮かれている自分を自覚しつつ、
俺はその建物へと歩き出した。
建物の中は、ある種独特の雰囲気に満ちていた。
衛兵の兵舎の時にも感じた、ピリピリした暴力の空気。
あちらでは秩序立って感じられたそれが乱雑にそこかしこから放たれている。
思わずびくつきそうになるのを抑え、俺は真正面に見えるカウンターへ近付く。
「……あン? 」
カウンターの向こうからこちらを睨んだのは、二十代半ばほどの女性だ。
赤く乱雑に伸ばされた髪、褐色の肌に片方が途中で千切れたようになくなっている長い耳。
鼻から頬にかけて傷跡があり、目付きは野獣のように鋭い。
カウンター内の他の職員の面々と同じ制服に身を包んでいるのが、
いっそ滑稽に見えるほど違和感があった。
「……冒険者の登録をお願いしたいんですが」
平静を装うのに気が行って周りを見ずに真正面へ直進したことを少し後悔したが、
今更横へ移るのも逃げたようで嫌なのでそのまま用件を告げる。
カウンターの向こうの女は一瞬、きょとんとした表情になった。
「……お前、これから冒険者になるって? 」
「はい」
尋ねてくる彼女に肯定を返すと、彼女はにい、とどう猛さを感じさせる笑みを浮かべた。
「他にまともそうなのがいくらでもいるのに、何でまたアタシのカウンターへ? 」
「真正面にあって空いていたので」
半ば無意識に、という部分は口に出さずに答える。
「へえ……まあいいや、暇だし。
とりあえずこの紙、書いて。書けるだけでいいから」
そう言うと女は足元から取り出した紙を一枚、こちらへ投げてよこした。
キャッチしようとしたが、紙は俺から逃げるようにひらりと舞い、床に落ちる。
「……器用さは低そうだね」
いいえ、0です。
気を取り直して書類を拾い、書き進める。
女はそれを見て、カウンターの奥へ去って行った。
この世界の字が読めるか不安だったが、
紙に書かれている文字は見知ったものだった。
と言っても、日本語ではない。
今はコントロールしてオフにしているが、
この世界に来てから少しの間は何かする度頻繁に目にしていた『ログ』。
知らないのに何故か意味が分かる、あの不思議な文字だったのだ。
そんな訳で読む方は問題ないが、書く方はそうもいかなかった。
文字は開き直って日本語で書くことにする。
取り敢えず名前はタカシにしておいた。
アルティノが話していた様々な話からの推測だが、
苗字を名乗っていると面倒な事になりそうだからだ。
種族は人間、と書いて良いものか。
この世界の種族については同じくアルティノの無駄話から、
エルフとドワーフはいるらしい、という事しか知らない。
そう言えば、さっきの女はダークエルフとかだろうか。
一応、人間と書いておく。
職業……無職でいいのか?
スキルや魔術、アビリティなる欄もあったが、ここは空欄にした。
ステータス無視はどこに入れればいいか分からないし、
書いたらどうなるかも予想できないので書かない。
大体埋め終わったところに女が戻って来た。
手には台座に乗った水晶のようなものを持っている。
「紙、貰うよ。……共通文字、使えないのか。まあ、そう珍しくもないがね」
軽く目を通してふん、と鼻を鳴らすと、彼女はその紙を机の下に突っ込んだ。
へえ、そんな名前なのかあの不思議文字。
使えない人間は珍しくないようで、
俺が書いた日本語も不審がられた様子はなくほっとした。
どこかの部族の固有文字、みたいに思われたのだろうか。
そんなことを考えていると、ずい、と目の前に水晶が現れた。
見れば女は手に持った水晶付きの台座をこちらに突き出している。
「あとはこいつに触れてステータスを登録すりゃ、アンタは冒険者さ。
まあどんなステータスでも初めはEランク、しょっぱい仕事しかないがね」
「……ステータスを登録? 」
その言葉に、俺は冷や汗が流れるのを感じた。
俺のステータスは0。
武器屋の一件から、それは子供にも劣ることが分かっている。
いくら何でも奇異に思われるだろう。
ステータス無効化を使う……?
いや、数字として登録される場合、使ったら何が起こるか分からないし。
「どうしたんだい? ホラ」
「あ」
俺の焦りを察する様子もなく、
女は俺の手の甲辺りにぐいっと水晶を押し付けた。
……何も起きない。
特に光ったり音が鳴ったりもせず、
石のひんやりとした感触があるだけだ。
「ん?おかしいね……」
女も何の反応もないのを不思議に思ったか、
水晶を俺の手に触れさせたり離したりいている。
その後別の水晶を持って来て試したりもしたが、結局反応はなかった。
それを見て、女が気まずそうに告げる。
「ステータスが登録できない以上……冒険者になるのは無理だね。
少なくとも、うちじゃ仕事を紹介できない」
「……そうですか」
冒険者。
ロールプレイングの、異世界ファンタジーの王道ともいえる職業。
その王道を……俺は一歩目から盛大に踏み外したようだ。
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