持たざる者は世界を外れ

織羽 灯

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踏み外し、踏みとどまって

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 ステータスを登録する水晶が作動しない。
 その理由はもちろん、俺の特殊なステータスだろう。
 恐らくこの水晶は触れた人間のステータスを検出して、
 それを記録するアイテムなのだ。

 しかし俺のステータスはオール0。
 検出すべきモノが存在しないため、
 水晶は稼働さえしなかった。

 オール0のステータスがばれるという危惧はあったが、
 まさか登録もできないとは……

「あー……金が要るのかい? 」
 予想外の事態にやや呆然としている俺に同情したのか、
 受付の女が話しかけてきた。

「まあ……この街に来る前に盗賊倒して衛兵に引き渡したので、
 ある程度の金はありますが……稼ぎ口は欲しいです」
 実際の所、現在の所持金では三食をさっき食べた串焼きで計算しても、
 二週間は持たない。

「直接うちの仕事の紹介はできないが……冒険者に雇われる雑用の口はある。
 知る限りでは街の中の仕事は大体人手が足りてるから、
 今アタシがアンタに紹介できる仕事はこれだけだね」
 つまりギルドから仕事を受けた冒険者に雇われ、
 仕事をしている彼らの雑用をするという事か。

「……具体的には何を? 」
「いろいろだ。荷物持ち、野営の準備と見張り。
 パーティメンバーを増やしたくはないが、
 あれこれやるのに人手が足りないって冒険者もいてね」
「戦闘も? 」
「基本的に雑用だし戦闘は期待されないだろうよ。
 絶対守ってくれるって訳でもないから、自衛能力はあった方が良いが」
 
 そこまで聞いて、考える。
 危険な割に実入りの少ない仕事に思えるが……
「……よろしくお願いします」
 取り敢えず、収入源は必要だ。
 元々冒険者になりに来たのだし、危険は今更である。
 ステータスについて詮索されにくいというメリットもありそうだし。
 
 受付の女がにい、と笑った。
「……口は見繕っとくから明日の昼頃、ここに来な。
 受付にいなきゃ他のに言って呼ぶと良い
 ……そういや言ってなかったが、アタシはギアリだ」

 そうしてギルドを後にした俺は、今晩の宿を探すことにした。
 探すと言っても、去り際にギアリに聞いた道を辿るだけだが。
「まだ宿を決めてなかったのか? 抜けてるねェ……
 滑り込みで金も節約したい、となると……」
 馬鹿にしたような口調ではあったが、丁寧に教えてくれた。
 盗賊団の頭目でもやっていそうな見た目の割に、
 案外真面目でいい人なのかもしれない。



「……う」
 教えてもらった宿に着いたは良いが……
 そこにはボロい、今にも崩れそうな小屋が立っていた。

 ……まあ、金を節約すればこうなるか。
 街中で野宿するよりはマシだと割り切り、
 入り口から入る。
「いらっしゃーい……」
「うおッ! 」
 入った直後、背後から声。
 俺は飛びずさりながら後ろを振り向く。

「一晩で三ギラだよ……」
 振り返った先にはいつの間に現れたのか、
 青白い肌の男が立っていた。
「あ、あー……ここの店主さん? 」
「ええ……一晩三ギラだよ」
 手の平を上に向けてこちらへ差し出してくる男に、
 金の入った袋から銅貨を三枚取り出して渡す。
 三ギラ……さっきの串焼きも三ギラだった。
 宿にしては安すぎるほど安い。
 金を受け取ると男は不気味な笑みを浮かべ、
「毎度ォ……奥の部屋をどうぞ」
 と言って去って行った。

 奥の部屋と言われて怪訝に思ったが。
 なるほど、この宿には二つしか客室がなかった。
 手前と奥の二択という訳だ。
 ぎいい、と軋む音を立てて部屋の扉を開く。
 鍵は掛かっていない……というより、付いてさえいないようだ。
 中には何もなかった。
 ぼろきれが一枚だけ、部屋の隅に丸められている。
「これに包まって寝ろってことか……」
 取り敢えず、今夜一晩。
 明日はせめてもう少し、宿のランクを上げよう。
 妙な臭いのするぼろきれを広げて腹に乗せ、
 初仕事への不安を抱えながら俺は眠りについた。



 翌日。
 結局、異世界で鍵も付いてないボロ宿という環境に安心できず、
 俺は浅い眠りと覚醒を繰り返しながら朝を迎えた。
 念の為持ち物を調べたが、何か取られていたりはしなくてホッとした。
 改めて、せめて安心して眠れる宿に変えようと決意する。
「……と言っても、仕事の収入次第な訳だが」
 金が足りなくなれば、宿に贅沢など言っていられない。
 上手く稼げればいいが……
 心中の不安を振り払いながら、俺は昨日の道を逆に辿って冒険者通りへ向かった。



 昼まではまだ時間もあるし、冒険者通りの雑貨屋で準備をする。
 野営用の道具と、安くて便利そうな使い捨ての道具を幾つか買っておこう。
 資金とも相談しつつ、棚から道具を選んでいく。
「これと、これ……!? 」
 数個目の道具を手に持った時、急激に体が重くなった。
「何だ、この……! 」
 全身にかかる重力が突然増えたような感覚。
 足を踏ん張って何とか立ってはいられる。
 ゆっくりなら歩くことも出来そうだが、走るのは難しいだろう。
「お客様? 荷重限界でしたら、無理はなさらない方が……」
 恰幅の良い女性店員が心配そうに言ってきた言葉に、俺は現状を何となく理解した。
( そうか……この異世界の持ち物のシステムは )
 
 力が0の俺でも、物を持ち上げたり持ち運んだりすることは普通に出来た。
 だから、ただ持っているだけなら、力のステータスは関係ないのかと思っていた。
 
 だが違う。
 ロールプレイングゲームには、力に応じて持ち運べる荷物の量が増えるものがある。
 限界を超える重量の荷物を持てば、移動速度等にペナルティがかかるのだ。
 そしてそういうゲームは大抵、まず最低限持てる限界量があり、
 力のステータスに応じて限界値が加算されていく。
 俺が持てるのはステータスを加算しない、最低限保障された分の重量のみという事だろう。
 そう考えて今手に取った道具を元の場所に戻すと、
 やはり急激に体が軽くなった。
「……これがギリギリ、か」
 雑用の中には荷物持ちもあるらしいから、余裕を作っておく必要がある。
 野営に必要な最低限の荷物を除いて殆どを棚に戻し、俺はため息をついた。
「早いうちに何とかしなきゃな」


 会計を済ませて店を出ると、もう昼に近い時間だった。
 ギルドは近くにあるので焦る必要はないが、
 やや足早にギルドへ向かう。
 
 ギルドに入ると中は混雑していたが、
 正面のカウンターだけぽっかりと隙間が出来ていた。
 カウンターにはギアリがいて、
 その前に数名の冒険者らしき人物が座り込んでいる。

「お、来たね」
 ギアリの言葉に反応し、
 カウンターの前に座り込んでいた者達がこちらを見る。
 その内の一人、革で作られた鎧を着た青年が笑いながら手を上げて呼びかけてきた。

「よおッ、一緒にドラゴン狩ろうぜ! 」

「……え? 」



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