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いちご白書を一度

その2 いちご白書を一度 5

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僕らが展望台に着いた頃には、もう陽はずっと西の方の霞んで空と海の境目がはっきりわからなくなった辺りのすぐ真上にあった。

今は観光者がそれほど多くない時期だからか、それとも閉店時間が早いからなのかはわからないけれども展望台の近くにある売店のシャッターは既に閉ざされていて、その脇の自動販売機が並んだ辺りにも展望台の方にも人の姿はどこにもなく、周囲はがらんとしていた。

僕と市原はひっそりとした展望台の方に歩いて行ってそこから見渡せる風景を眺めた。

西の方の夕日を反射させている海面の部分の穏やかな波がオレンジ色にキラキラと輝いて見えてその辺りに浮かんだ幾つかの島はくっきりとした影になって見えている。

僕らの真正面のすぐ近くの海面を黒い船体の貨物船が航跡を曳きながら東に向かってゆっくりと航行していた。

東の方の海はまだ淡い青さで静かに広がっていて近くの島は陽光を受けてその姿がまだはっきり見えたけど遠くの島は青く霞んで見えた。

沖合いを四国と本州を結んでいるフェリーが行き違いそれぞれの方向に向かって進んでいた。

真正面に広がる海と島々のさらにその先には四国の岸にコンビナートの石油タンクや赤白の煙突が見えてそのずっと向こうには四国山脈の山の稜線がうっすらとした青さで続いているのが見える。

温かみのある色合いと静けさが入り交じった景色を目の前にしていると時間はいつもより優しく穏やかに流れている様に思えた。

隣を見ると市原が肩よりも少し伸びた髪を風に靡かせながら目の前の景色を少し目を細める様にして見入っていた。

「僕らまるで映画のワンシーンの中におるみたいやな」

少し風が吹く中でどこか遠くの方を見ている市原の姿に少し見とれてしまいながら僕は言った。

「ホンマに映画とかに出てくる風景みたいじゃなあ」

ずっと遠くの方にある何かを見つめたまま市原が答えた。

僕は他には誰もいないこの場所でこうして市原と2人きりで夕暮れの海を眺めている事が、いつもの日常から離れた特別な時間の流れの中にいる様に感じられて彼女にそう伝えてみたかったのだけど、どうもその事は今の僕には上手く言えそうになかった。
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