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番外編2
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番外編 二人の侍女と新婚夫婦
結婚式からしばらく経ったある朝、屋敷の廊下は春の光で満ちていた。花嫁衣装を脱ぎ、日常へ戻ったミサキ様は、それでも以前とは比べものにならないほど柔らかい表情をしている。頬の血色は良く、歩くたびに裾が軽やかに揺れる。
廊下の陰からその姿を見守りながら、私はメイド長クラリスとして心の中で深く頷いた。
「ようやく“休むこと”を学んでくださった……」
隣で一緒に覗いているのは、若いメイドのエマだ。彼女は興奮した声を潜め、私の腕をつついた。
「ねえ見てクラリスさん! 旦那様と並んで歩くだけで、空気がふんわり甘くなるんですけど!」
「声が大きい。静かにしなさい」
「はーい……でも、もう我慢できないくらい尊いですよ!」
エマは頬を赤らめ、まるで恋する乙女そのものだ。いや、確かに旦那様は絵画から抜け出たような方で、しかも奥方を徹底的に甘やかす姿勢を崩さない。若い娘が浮かれるのも無理はない。
私たちが隠れて見ている先で、旦那様はミサキ様の手に果実の花を一輪そっと乗せた。
「似合っている」
「え……こんな小さな花なのに」
「小さくとも君を飾るには十分だ」
ああ……! エマが胸の前で両手を握りしめて悶える。私は咳払いをして彼女を落ち着かせた。だが内心は同じく湧き立つものを抑えられない。
「……クラリスさん。これ、もう“夫婦甘やかし無双”って感じですよね」
「無双とは言わないけれど……否定はしないわね」
私たちはその場で目を合わせ、思わず笑ってしまった。
昼下がり、屋敷のサロンで二人がお茶を楽しむ時間になると、私とエマは紅茶と菓子を準備して控えていた。テーブルにはすでに旦那様が選んだ色鮮やかな果実と、ミサキ様がこの数週間で好むようになった蜂蜜が並んでいる。
「エマ、蜂蜜の壺は必ず二つ。ひとつは彼女用、もうひとつは旦那様が『あげる』と言って取り分けるためのものよ」
「さすがクラリスさん……甘やかしの補助まで完璧」
彼らのやり取りを想像しながら、私たちは静かに給仕した。
「どうぞ、本日の菓子でございます」
「ありがとう、クラリス」
旦那様が微笑み、奥方にスコーンを取り分ける。その仕草は完全に“仕事”の一環になっている。私とエマは視線を交わし、心の中で「また来たわね」と呟いた。
「……ねえクラリスさん、これって甘やかしの新婚研修みたいじゃないですか」
「研修? 違うわ、あれは本能」
「本能かあ……旦那様ってやっぱり規格外」
私たちは後ろで控えながら、こっそり頷き合った。
夕刻。ミサキ様はまだ少し「働きたい」気持ちを残しているらしく、庭の花に水をやろうとジョウロを持ち出していた。だがすぐに旦那様が現れ、その手から容赦なくジョウロを取り上げた。
「駄目だ」
「でも、これくらいなら……」
「これくらいでも駄目だ。君の仕事は花を愛でること」
そのやり取りを塀の影から聞いていたエマが、小声で私の袖を引いた。
「ほら見て! あれぞ“甘やかし封印術”です!」
「術と言うよりも……もはや天性の力ね」
二人の影が夕陽に重なり、仲睦まじい笑い声が風に乗って庭に広がった。私は胸の奥にじんわりと温かさを覚えながら、隣のエマに言った。
「いいこと、エマ。この屋敷で一番大切なのは、旦那様が奥方を甘やかし続けられるよう支えることよ」
「つまり私たちも、甘やかしの一翼を担ってるってことですね!」
「そういうこと」
私たちは同時に頷き合い、胸の中で決意を新たにした。
――新婚夫婦の未来は、きっとこの屋敷全体で育んでいくもの。
そして私とエマの“仕事”は、二人の甘やかしライフを末永く守ることなのだ。
結婚式からしばらく経ったある朝、屋敷の廊下は春の光で満ちていた。花嫁衣装を脱ぎ、日常へ戻ったミサキ様は、それでも以前とは比べものにならないほど柔らかい表情をしている。頬の血色は良く、歩くたびに裾が軽やかに揺れる。
廊下の陰からその姿を見守りながら、私はメイド長クラリスとして心の中で深く頷いた。
「ようやく“休むこと”を学んでくださった……」
隣で一緒に覗いているのは、若いメイドのエマだ。彼女は興奮した声を潜め、私の腕をつついた。
「ねえ見てクラリスさん! 旦那様と並んで歩くだけで、空気がふんわり甘くなるんですけど!」
「声が大きい。静かにしなさい」
「はーい……でも、もう我慢できないくらい尊いですよ!」
エマは頬を赤らめ、まるで恋する乙女そのものだ。いや、確かに旦那様は絵画から抜け出たような方で、しかも奥方を徹底的に甘やかす姿勢を崩さない。若い娘が浮かれるのも無理はない。
私たちが隠れて見ている先で、旦那様はミサキ様の手に果実の花を一輪そっと乗せた。
「似合っている」
「え……こんな小さな花なのに」
「小さくとも君を飾るには十分だ」
ああ……! エマが胸の前で両手を握りしめて悶える。私は咳払いをして彼女を落ち着かせた。だが内心は同じく湧き立つものを抑えられない。
「……クラリスさん。これ、もう“夫婦甘やかし無双”って感じですよね」
「無双とは言わないけれど……否定はしないわね」
私たちはその場で目を合わせ、思わず笑ってしまった。
昼下がり、屋敷のサロンで二人がお茶を楽しむ時間になると、私とエマは紅茶と菓子を準備して控えていた。テーブルにはすでに旦那様が選んだ色鮮やかな果実と、ミサキ様がこの数週間で好むようになった蜂蜜が並んでいる。
「エマ、蜂蜜の壺は必ず二つ。ひとつは彼女用、もうひとつは旦那様が『あげる』と言って取り分けるためのものよ」
「さすがクラリスさん……甘やかしの補助まで完璧」
彼らのやり取りを想像しながら、私たちは静かに給仕した。
「どうぞ、本日の菓子でございます」
「ありがとう、クラリス」
旦那様が微笑み、奥方にスコーンを取り分ける。その仕草は完全に“仕事”の一環になっている。私とエマは視線を交わし、心の中で「また来たわね」と呟いた。
「……ねえクラリスさん、これって甘やかしの新婚研修みたいじゃないですか」
「研修? 違うわ、あれは本能」
「本能かあ……旦那様ってやっぱり規格外」
私たちは後ろで控えながら、こっそり頷き合った。
夕刻。ミサキ様はまだ少し「働きたい」気持ちを残しているらしく、庭の花に水をやろうとジョウロを持ち出していた。だがすぐに旦那様が現れ、その手から容赦なくジョウロを取り上げた。
「駄目だ」
「でも、これくらいなら……」
「これくらいでも駄目だ。君の仕事は花を愛でること」
そのやり取りを塀の影から聞いていたエマが、小声で私の袖を引いた。
「ほら見て! あれぞ“甘やかし封印術”です!」
「術と言うよりも……もはや天性の力ね」
二人の影が夕陽に重なり、仲睦まじい笑い声が風に乗って庭に広がった。私は胸の奥にじんわりと温かさを覚えながら、隣のエマに言った。
「いいこと、エマ。この屋敷で一番大切なのは、旦那様が奥方を甘やかし続けられるよう支えることよ」
「つまり私たちも、甘やかしの一翼を担ってるってことですね!」
「そういうこと」
私たちは同時に頷き合い、胸の中で決意を新たにした。
――新婚夫婦の未来は、きっとこの屋敷全体で育んでいくもの。
そして私とエマの“仕事”は、二人の甘やかしライフを末永く守ることなのだ。
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