殿下に寵愛されてませんが別にかまいません!!!!!

さら

文字の大きさ
4 / 12

第4話 殿下の影と村の光


 王都からの使者が村にやって来たのは、ちょうど畑のカモミールが芽吹いた頃だった。まだ小さな双葉が朝露に濡れ、柔らかく揺れている。その姿に胸をときめかせていた私の耳に、馬蹄の音が近づいてきた。乾いた道に砂煙が立ち、村人たちが驚いて家から顔を出す。

 「ラング村に住む、リリアナ・エルンスト殿は在られるか」
 硬い声に振り返ると、王都の紋章をつけた使者が馬から降りていた。彼の後ろには数名の従者が控え、村に不釣り合いなほどきらびやかな姿をしている。
 「はい、私ですが……」
 私が答えると、周囲の村人たちがざわついた。「王都から?」「何の用だ?」とささやき合う。

 使者は封蝋の押された文を取り出し、高らかに読み上げた。
 「王太子殿下、アルベルト・フォン・クローネンベルク閣下より。先日の件、誤解に基づく婚約破棄とならぬよう、近日王都に参じられたいとの仰せである」
 場の空気が凍りついた。村人たちの視線が一斉に私へ注がれる。私はただ呆然と立ち尽くし、心臓の音が耳の奥で反響するのを感じた。

 「……お断りします」
 ようやく絞り出した声は、驚くほど冷静だった。
 「私はもう殿下の婚約者ではありませんし、呼ばれる理由もございません」
 「し、しかし……」
 使者が困惑するのをよそに、私は毅然と背筋を伸ばす。
 「こちらでの生活を望んでおります。どうか殿下にその旨をお伝えください」

 沈黙が流れ、村人たちがどよめいた。その中でただ一人、セドリックだけが静かに私を見ていた。彼の灰色の瞳には、揺るがぬ決意の光が宿っているように見えた。


 使者が去った後、村は妙な緊張感に包まれた。マリアは深いため息をつき、肩をすくめた。
 「まったく、王子様ってやつは……女の心をおもちゃだと思ってるのかね」
 「気にしても仕方ありません」
 私が微笑もうとすると、マリアは鋭い目を向けてきた。
 「気にしなくてもいいが、狙われるのはご免だよ。リリアナ、あんたはもうただの村人じゃない。殿下に逆らった女として、目をつけられてる」

 その言葉に、胸の奥が少し冷たくなった。けれど怖れよりも、奇妙な反発心が芽生える。
 「それでも、私はここに残ります。畑も、村の人たちも、もう私の大切な居場所ですから」
 「……強情な子だよ」
 マリアは笑いながらも、どこか誇らしげに肩を叩いた。

 その晩。村の広場に篝火が焚かれ、子どもたちが歌を口ずさんでいた。私はその輪に混じり、笑顔で手を叩いた。けれど、どこか視線を感じる。ふと振り返ると、やはりそこにセドリックがいた。彼は影の中で黙ってこちらを見つめている。
 「……また誤解してるんでしょうね」
 心の中で小さく呟く。私は本当に幸せで、ここに居ることが楽しくて仕方ない。けれど彼には「寂しさを隠す健気な令嬢」に見えているのだろう。

 その夜、彼は私に近づいてきた。
 「リリアナ。もし殿下から再び呼び出しが来ても、俺がそばにいる。だから安心してくれ」
 「ありがとうございます。でも、本当に心配は無用なんです」
 私が笑うと、彼の眉がわずかに寄った。
 「……やはり君は強い。けれど、その強さは孤独と隣り合わせだ」
 まただ。私は返す言葉を失い、ただ沈黙した。彼の誤解は解けないまま、夜が更けていった。


 数日後。私は畑で芽吹いたばかりのハーブに水をやっていた。小さな葉が陽に透け、緑の香りが風に混じる。そんな時、村の子どもたちが駆け寄ってきた。
 「リリアナお姉ちゃん! この花、ぼくが植えたやつだよ!」
 「わたしのはどこ? ちゃんと芽出た?」
 「みんな元気に育ってるよ」
 私は笑い、子どもたちの手を取った。その瞬間、心から温かさがあふれ出した。これこそが私の求めた生活なのだ。

 けれど、その穏やかな光景を遠くから見つめる影があった。馬に乗った一人の男――王都から密かに派遣された監視役だ。彼は静かに村の様子を見届けると、王都へと戻っていった。

 「殿下に報告いたします。リリアナ様は村にて元気に過ごされております。しかし……騎士団長セドリック殿との関わりが深まっているように見えます」

 報告を受けた王太子アルベルトは、玉座の前で立ち上がった。
 「セドリックだと? あの男が……!」
 苛立ちに碧眼が燃える。彼の心には、捨てたはずの存在が再び強く浮かび上がっていた。

 遠く離れた村では、私はただ土に膝をつき、芽吹いた小さな葉を愛おしそうに撫でていた。寵愛なんていらない。ただここに、光と緑があればそれでいい――そう信じて。
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】転生地味悪役令嬢は婚約者と男好きヒロイン諸共無視しまくる。

なーさ
恋愛
アイドルオタクの地味女子 水上羽月はある日推しが轢かれそうになるのを助けて死んでしまう。そのことを不憫に思った女神が「あなた、可哀想だから転生!」「え?」なんの因果か異世界に転生してしまう!転生したのは地味な公爵令嬢レフカ・エミリーだった。目が覚めると私の周りを大人が囲っていた。婚約者の第一王子も男好きヒロインも無視します!今世はうーん小説にでも生きようかな〜と思ったらあれ?あの人は前世の推しでは!?地味令嬢のエミリーが知らず知らずのうちに戦ったり溺愛されたりするお話。 本当に駄文です。そんなものでも読んでお気に入り登録していただけたら嬉しいです!

悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています

かきんとう
恋愛
 王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。  磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。  その中心に、私は立っていた。  ――今日、この瞬間のために。 「エレノア・フォン・リーベルト嬢」  高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。

刺繍妻

拓海のり
恋愛
男爵令嬢メアリーは魔力も無くて、十五歳で寄り親の侯爵家に侍女見習いとして奉公に上がった。二十歳まで務めた後、同じ寄り子の子爵家に嫁に行ったが。九千字ぐらいのお話です。

不貞の子を身籠ったと夫に追い出されました。生まれた子供は『精霊のいとし子』のようです。

桧山 紗綺
恋愛
【完結】嫁いで5年。子供を身籠ったら追い出されました。不貞なんてしていないと言っても聞く耳をもちません。生まれた子は間違いなく夫の子です。夫の子……ですが。 私、離婚された方が良いのではないでしょうか。 戻ってきた実家で子供たちと幸せに暮らしていきます。 『精霊のいとし子』と呼ばれる存在を授かった主人公の、可愛い子供たちとの暮らしと新しい恋とか愛とかのお話です。 ※※番外編も完結しました。番外編は色々な視点で書いてます。 時系列も結構バラバラに本編の間の話や本編後の色々な出来事を書きました。 一通り主人公の周りの視点で書けたかな、と。 番外編の方が本編よりも長いです。 気がついたら10万文字を超えていました。 随分と長くなりましたが、お付き合いくださってありがとうございました!

報われなくても平気ですので、私のことは秘密にしていただけますか?

小桜
恋愛
レフィナード城の片隅で治癒師として働く男爵令嬢のペルラ・アマーブレは、騎士隊長のルイス・クラベルへ密かに思いを寄せていた。 しかし、ルイスは命の恩人である美しい女性に心惹かれ、恋人同士となってしまう。 突然の失恋に、落ち込むペルラ。 そんなある日、謎の騎士アルビレオ・ロメロがペルラの前に現れた。 「俺は、放っておけないから来たのです」 初対面であるはずのアルビレオだが、なぜか彼はペルラこそがルイスの恩人だと確信していて―― ペルラには報われてほしいと願う一途なアルビレオと、絶対に真実は隠し通したいペルラの物語です。

醜い傷ありと蔑まれてきた私の顔に刻まれていたのは、選ばれし者の証である聖痕でした。今更、態度を改められても許せません。

木山楽斗
恋愛
エルーナの顔には、生まれつき大きな痣がある。 その痣のせいで、彼女は醜い傷ありと蔑まれて生きてきた。父親や姉達から嫌われて、婚約者からは婚約破棄されて、彼女は、痣のせいで色々と辛い人生を送っていたのである。 ある時、彼女の痣に関してとある事実が判明した。 彼女の痣は、聖痕と呼ばれる選ばれし者の証だったのだ。 その事実が判明して、彼女の周囲の人々の態度は変わった。父親や姉達からは媚を売られて、元婚約者からは復縁を迫られて、今までの態度とは正反対の態度を取ってきたのだ。 流石に、エルーナもその態度は頭にきた。 今更、態度を改めても許せない。それが彼女の素直な気持ちだったのだ。 ※5話目の投稿で、間違って別の作品の5話を投稿してしまいました。申し訳ありませんでした。既に修正済みです。

つかぬことを伺いますが ~伯爵令嬢には当て馬されてる時間はない~

有沢楓花
恋愛
「フランシス、俺はお前との婚約を解消したい!」  魔法学院の大学・魔法医学部に通う伯爵家の令嬢フランシスは、幼馴染で侯爵家の婚約者・ヘクターの度重なるストーキング行為に悩まされていた。  「真実の愛」を実らせるためとかで、高等部時代から度々「恋のスパイス」として当て馬にされてきたのだ。  静かに学生生活を送りたいのに、待ち伏せに尾行、濡れ衣、目の前でのいちゃいちゃ。  忍耐の限界を迎えたフランシスは、ついに反撃に出る。 「本気で婚約解消してくださらないなら、次は法廷でお会いしましょう!」  そして法学部のモブ系男子・レイモンドに、つきまといの証拠を集めて婚約解消をしたいと相談したのだが。 「高貴な血筋なし、特殊設定なし、成績優秀、理想的ですね。……ということで、結婚していただけませんか?」 「……ちょっと意味が分からないんだけど」  しかし、フランシスが医学の道を選んだのは濡れ衣を晴らしたり証拠を集めるためでもあったように、法学部を選び検事を目指していたレイモンドにもまた、特殊設定でなくとも、人には言えない事情があって……。 ※次作『つかぬことを伺いますが ~絵画の乙女は炎上しました~』(8/3公開予定)はミステリー+恋愛となっております。

【完結】帳簿係の地味令嬢、商会の不正を見抜いて王宮に見出されました。

夏灯みかん
恋愛
王都の商工会議所で働く、地味な帳簿係エミリー。 真面目に記録をつけることだけが取り柄の彼女は、同僚から軽く扱われ、雑用を押しつけられる日々を送っていた。 そんなある日――エミリーは、孤児院への配給物資の記録に、わずかな“ズレ”があることに気づく。 数量は合っている。 だが、なぜか中身の重量だけが減っている。 違和感を覚えたエミリーは、自ら倉庫へ足を運び、現物を確認する。 そこで見つけたのは、帳簿では見えない“静かな不正”だった。 しかしその矢先――不正の責任を押しつけられ、職場から追い出されそうになってしまう。 それでもエミリーは諦めない。ただ一つ、自分が積み上げてきた“記録”を信じて。 「では、正式な監査をお願いいたします」 やがてその記録は、王宮の政務監査官リオンの目に留まり―― 隠されていた不正はすべて暴かれる。 そして、彼女を軽んじていた者たちは、その代償を支払うことになる。 これは、地味で目立たなかった一人の帳簿係が、 “正しく記録した”ことで不正を暴き、王宮に見出されるまでの物語。