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第5話 王都からのざわめき
〇
村の朝は、鳥の声で始まる。藁屋根に降りた露が陽を受けて光り、遠くで牛の鳴き声がのんびり響く。私は畑にしゃがみ、芽吹いたハーブの間に藁を敷き込んでいた。手のひらに伝わる土の温もりが心地よくて、時間を忘れてしまう。
「リリアナお姉ちゃん、また畑にいる!」
子どもたちが駆け寄ってきて、私の背中に飛びつく。笑いながら受け止めると、胸の奥まで満たされていく。王都の宮廷では得られなかった幸福が、ここにはあるのだ。
だがその平穏を破るように、村の広場から大きな声が上がった。
「王都からのお触れだぞ! 全員集まれ!」
農夫たちが鍬を置き、女たちが子を抱いて集まっていく。私も子どもたちと一緒に広場へ足を運んだ。
王都の使者が高らかに宣言した。
「アルベルト殿下より、全王国に告ぐ! 殿下の婚約者はカトリーヌ・フォン・グラッセ嬢と定められた。盛大な婚約披露宴を行うゆえ、諸侯ならびに民は祝意を示せとのこと!」
人々がどよめいた。私は心の中で「ああ、やっと正式になったのね」とつぶやいた。けれど村人たちの視線が一斉に私に注がれる。
「リリアナさん……大丈夫なのか?」
「前の婚約者だったんだろう?」
心配する声があちこちから聞こえる。私は慌てて笑顔を作った。
「皆さん、どうかお気遣いなく。本当に、私はもう自由なのですから」
けれど、その場にいたセドリックだけは、眉間に皺を寄せて私を見ていた。その眼差しはやはり、「無理して笑っている」と言いたげだった。
△
数日後。村の酒場では、王都の噂が飛び交っていた。
「殿下とカトリーヌ様は、日夜舞踏会のような祝宴を開いてるらしいぞ」
「宝石や贈り物をこれでもかと与えているってさ」
村人たちはため息をつきながらも、どこか遠い出来事のように語る。私は静かに笑いながら話を聞いていた。
「リリアナ、君は本当に気にならないのか」
隣で盃を傾けていたセドリックが低く問う。
「ええ。だって、殿下は最初から私に寵愛などくださらなかったのです。だから失うものもありません」
「……そう言いながら、胸を痛めているのだろう」
「違います!」
思わず強く言い返してしまった。酒場が一瞬静まり返り、私は顔を赤らめて俯いた。
「私は本当に、畑と村人たちに囲まれている今が幸せなんです」
セドリックは何か言いかけて、結局盃を空けるだけだった。
その夜、家に戻るとマリアが笑いながら待っていた。
「団長さん、また勘違いしてたろ?」
「……どうしてわかるんです?」
「顔に書いてあるよ。ま、悪い男じゃないんだろうけどね」
私は枕に顔を埋め、深いため息をついた。なぜ誤解ばかりされるのだろう。私は強がりなんかじゃなく、本当に自由を喜んでいるのに。
◇
王都では、眩いシャンデリアの下で婚約披露宴が開かれていた。豪奢なドレスに身を包んだカトリーヌは、殿下の隣で勝ち誇った笑みを浮かべている。けれどその華やかな光景を見つめながら、アルベルトの胸には妙な空洞が広がっていた。
「殿下、微笑んでくださいませ」
カトリーヌが囁く。アルベルトは無理に口角を上げた。
――なぜだ。なぜ、あの女は来なかった。
捨てられたのなら泣き叫ぶはずだ。嫉妬して縋ってくるはずだ。なのに、リリアナはただ静かに背を向けた。あの時の笑顔が忘れられない。
「……リリアナ」
思わず漏れたその名に、カトリーヌの瞳が鋭く光った。
一方、村の夜空には無数の星が瞬いていた。私は畑の端に腰を下ろし、芽吹いた草にそっと触れる。小さな命が確かにここに根を張っている。それだけで十分幸せだと、心から思えた。
けれど、遠い王都では確かに波乱の火種が燃え始めていた。
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村の朝は、鳥の声で始まる。藁屋根に降りた露が陽を受けて光り、遠くで牛の鳴き声がのんびり響く。私は畑にしゃがみ、芽吹いたハーブの間に藁を敷き込んでいた。手のひらに伝わる土の温もりが心地よくて、時間を忘れてしまう。
「リリアナお姉ちゃん、また畑にいる!」
子どもたちが駆け寄ってきて、私の背中に飛びつく。笑いながら受け止めると、胸の奥まで満たされていく。王都の宮廷では得られなかった幸福が、ここにはあるのだ。
だがその平穏を破るように、村の広場から大きな声が上がった。
「王都からのお触れだぞ! 全員集まれ!」
農夫たちが鍬を置き、女たちが子を抱いて集まっていく。私も子どもたちと一緒に広場へ足を運んだ。
王都の使者が高らかに宣言した。
「アルベルト殿下より、全王国に告ぐ! 殿下の婚約者はカトリーヌ・フォン・グラッセ嬢と定められた。盛大な婚約披露宴を行うゆえ、諸侯ならびに民は祝意を示せとのこと!」
人々がどよめいた。私は心の中で「ああ、やっと正式になったのね」とつぶやいた。けれど村人たちの視線が一斉に私に注がれる。
「リリアナさん……大丈夫なのか?」
「前の婚約者だったんだろう?」
心配する声があちこちから聞こえる。私は慌てて笑顔を作った。
「皆さん、どうかお気遣いなく。本当に、私はもう自由なのですから」
けれど、その場にいたセドリックだけは、眉間に皺を寄せて私を見ていた。その眼差しはやはり、「無理して笑っている」と言いたげだった。
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数日後。村の酒場では、王都の噂が飛び交っていた。
「殿下とカトリーヌ様は、日夜舞踏会のような祝宴を開いてるらしいぞ」
「宝石や贈り物をこれでもかと与えているってさ」
村人たちはため息をつきながらも、どこか遠い出来事のように語る。私は静かに笑いながら話を聞いていた。
「リリアナ、君は本当に気にならないのか」
隣で盃を傾けていたセドリックが低く問う。
「ええ。だって、殿下は最初から私に寵愛などくださらなかったのです。だから失うものもありません」
「……そう言いながら、胸を痛めているのだろう」
「違います!」
思わず強く言い返してしまった。酒場が一瞬静まり返り、私は顔を赤らめて俯いた。
「私は本当に、畑と村人たちに囲まれている今が幸せなんです」
セドリックは何か言いかけて、結局盃を空けるだけだった。
その夜、家に戻るとマリアが笑いながら待っていた。
「団長さん、また勘違いしてたろ?」
「……どうしてわかるんです?」
「顔に書いてあるよ。ま、悪い男じゃないんだろうけどね」
私は枕に顔を埋め、深いため息をついた。なぜ誤解ばかりされるのだろう。私は強がりなんかじゃなく、本当に自由を喜んでいるのに。
◇
王都では、眩いシャンデリアの下で婚約披露宴が開かれていた。豪奢なドレスに身を包んだカトリーヌは、殿下の隣で勝ち誇った笑みを浮かべている。けれどその華やかな光景を見つめながら、アルベルトの胸には妙な空洞が広がっていた。
「殿下、微笑んでくださいませ」
カトリーヌが囁く。アルベルトは無理に口角を上げた。
――なぜだ。なぜ、あの女は来なかった。
捨てられたのなら泣き叫ぶはずだ。嫉妬して縋ってくるはずだ。なのに、リリアナはただ静かに背を向けた。あの時の笑顔が忘れられない。
「……リリアナ」
思わず漏れたその名に、カトリーヌの瞳が鋭く光った。
一方、村の夜空には無数の星が瞬いていた。私は畑の端に腰を下ろし、芽吹いた草にそっと触れる。小さな命が確かにここに根を張っている。それだけで十分幸せだと、心から思えた。
けれど、遠い王都では確かに波乱の火種が燃え始めていた。
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