殿下に寵愛されてませんが別にかまいません!!!!!

さら

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第6話 宴と不穏な影


 朝、村の広場では年に一度の収穫祭の準備が始まっていた。子どもたちが色とりどりの布を飾り付け、大人たちは大鍋を火にかけている。私は畑から摘んできたハーブを束にし、花輪に編み込んでいた。カモミールとミントの香りが風に溶け、心を穏やかにする。

 「リリアナお姉ちゃん、その花輪きれい!」
 子どもたちが目を輝かせて覗き込み、私は笑って輪を頭に乗せてやった。
 「祭りの日はみんな主役よ」
 小さな笑い声が弾け、胸が温かく満たされる。

 そこへ、鋭い足音が近づいてきた。セドリックだった。鎧を脱ぎ、簡素なチュニック姿だが、その佇まいはどこまでも凛としている。
 「準備が賑やかだな」
 「はい。皆さんとても楽しみにしているんです」
 彼は頷き、少し間を置いて私を見つめた。
 「君も、楽しんでいるようで安心した」
 まただ。私は苦笑をこぼす。
 「本当に楽しいんです。安心する必要なんて……」
 「いや、俺はどうしても心配になる」
 彼の灰色の瞳は真剣で、言葉を遮る勇気が出なかった。

 祭りの太鼓が鳴り始め、私は子どもたちと踊りの輪に加わった。笑い声が広場に響く中、セドリックの視線がずっと私を追っているのを感じた。


 祭りは夕方になるほど賑わいを増し、村中が笑顔に包まれていた。パンや肉の香ばしい匂いが漂い、酒の樽が次々に空いていく。私はマリアと並んで薬草茶の屋台を開き、訪れる人々に温かい飲み物を振る舞った。

 「リリアナ、君の茶は評判だな」
 セドリックが立ち寄り、カップを手にした。彼は一口飲んで、目を細める。
 「香りが優しい……まるで君のようだ」
 「な、なにを仰って……」
 不意の言葉に耳まで赤くなる。周りの村人たちが面白そうに目配せを交わし、私は慌てて茶葉をかき混ぜた。

 その時だった。酒場から酔っ払った男たちが出てきて、大声を上げた。
 「おい、元婚約者様じゃねえか! 殿下に捨てられたんだろ?」
 空気が凍りつく。私が返答に困っていると、セドリックが一歩前に出た。
 「言葉を慎め。彼女はこの村を救った恩人だ」
 低い声に、男たちは一瞬たじろぐ。しかし酔いに任せて口を尖らせた。
 「殿下に見捨てられた女が、恩人だと? 笑わせるな」
 次の瞬間、セドリックは男の胸倉を掴み上げていた。灰色の瞳が鋭く光り、周囲の空気が張り詰める。

 「もう一度言ってみろ」
 怒気を含んだ声に、男は青ざめて口を閉ざした。私は慌てて彼の腕に触れる。
 「セドリックさん、やめてください!」
 彼はしばらく男を睨みつけていたが、やがて手を離し、深く息を吐いた。
 「……すまない。君を侮辱されるのが、我慢ならなかった」
 「私は気にしていません」
 必死に笑顔を作ったが、彼は納得しないように拳を握りしめていた。


 祭りが終わり、夜空には満天の星が広がっていた。人々は家に戻り、広場には篝火の残り火だけが赤く揺れている。私は畑の端に腰を下ろし、静かに深呼吸した。

 「……さっきは本当にすまなかった」
 背後から声がして振り向くと、セドリックが影の中に立っていた。彼の横顔は火の明かりに照らされ、硬い決意が刻まれているようだった。
 「私は大丈夫です。本当に。あんな言葉で揺らぐほど、弱くはありません」
 「それでも……俺は怒りを抑えられなかった。君を守りたいと思った」
 「守られるほどのことではありません」
 「違う。君は、自分で思う以上に大切な存在なんだ」

 その言葉に胸が熱くなり、思わず視線を逸らす。けれど彼の瞳は真っ直ぐで、逃げ場がなかった。
 「……どうしてそんなに私を気にかけるのですか」
 「理由はひとつだ。君が、健気に微笑んでいるからだ」
 やはりそうだ。誤解のまま、彼は私を守ろうとしている。でも、心のどこかでその誤解を否定できない自分がいる。

 風が吹き、畑のハーブがささやくように揺れた。私は両手を胸に当て、心臓の鼓動を押さえる。寵愛はいらない。そう思っていたはずなのに、彼の視線がこんなにも胸を揺らすのはなぜだろう。

 遠い王都では、殿下アルベルトが報告を受けていた。
 「リリアナは村で祭りを楽しみ、騎士団長と親しくしていると……?」
 碧眼が怒りに燃える。
 「愚かな女め。だが、俺のものを誰にも渡すつもりはない」

 王都と村。二つの場所で、それぞれの想いが静かに膨らんでいた。
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