悪役令嬢ですが、ヒロインより先に幸せを掴みます

さら

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第十四話 政略の影

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 夜会から数日。社交界に流れる噂はもはや囁きではなく、確信めいた評判となっていた。
 ――クラリッサ嬢は王太子妃の座を拒んだ。
 ――第二王子殿下が彼女を庇い、共に立つと宣言した。
 ――王家の内で兄弟が対立している。

 その影響は公爵家へも及んでいた。父の執務室からは連日声が漏れ、使者の往来が絶えない。母の表情は張りつめ、屋敷全体が緊張に覆われていた。

 「お嬢様……」
 廊下で出会った執事が、言い淀むように口を開いた。
 「公爵閣下は……殿下からの圧力に対応しておられます。ご家族のために、どうか……」

 わたしは静かに頷いた。そうだ、これはわたしひとりの問題ではない。家の名誉、未来すら巻き込む。檻を拒んだ代償は決して軽くなかった。

 ◇

 その日の午後、父に呼ばれて執務室へ赴いた。重厚な机に山積みの文書、父の額には深い皺。
 「クラリッサ」
 「はい、お父様」
 「お前の選択がどれほど大きな影を落としたか、わかっているな」
 「……はい」
 「王太子殿下は激怒しておられる。だが同時に、第二王子殿下が公然と名を出したことで、簡単に婚約破棄とも言えなくなった。政略上、兄弟の不和は国を揺るがす」

 父の声は重く響いた。
 「……クラリッサ。お前は家を守るために犠牲となる覚悟があるか」

 犠牲。悪役令嬢の役割を最後まで演じろということか。だがわたしは顔を上げた。
 「いいえ。わたしは犠牲になりません。檻には戻らないと決めました」
 父の目が驚きに見開かれる。けれど、その奥にわずかな安堵も見えた気がした。

 ◇

 夕刻、庭園を歩いていると、レオンハルトが現れた。冬の風に外套を翻し、わたしを見つめる瞳は真剣そのものだった。
 「クラリッサ。兄上は政略を盾に、君を再び縛ろうとしている」
 「……やはり」
 「公爵家の力を削ぎ、君を孤立させれば、檻に戻せると考えているのだ」

 わたしは拳を握りしめた。父と母の苦悩が胸を刺す。
 「でも、家族を巻き込みたくない……」
 「巻き込むのではなく、共に立つのです」

 彼は歩み寄り、わたしの手を取った。その手は温かく、力強い。
 「政略という鎖に抗うには、選択の声を大きくしなければならない。……クラリッサ、あなた自身が“わたしを選ぶ”と示すのです」
 「わたしが……」

 息を呑む。噂に流されるのではなく、自分で選び、口にする。恐ろしいことだ。だが、胸の奥で灯る光は恐怖を凌駕していた。

 「……わたしは、あなたと共に歩みたい」

 言葉が零れた瞬間、彼の瞳が大きく揺れ、やがて穏やかな光に満ちた。
 「ありがとう。……その一言で、わたしは戦える」

 ◇

 夜、寝室の机に地図の写しを広げる。旅人が残した道の印。その横に白いハンカチを置く。檻を拒んだわたしに残された未来は、もはや従来の物語ではない。

 ――悪役令嬢クラリッサは、政略の檻に縛られる娘ではなく。

 ――自らの意思で、幸せを選ぶ娘となる。
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