悪役令嬢ですが、ヒロインより先に幸せを掴みます

さら

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第五十二話 影

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 新婚の甘やかさと政務の忙しさ。その両方に追われる日々が始まった。
 朝はレオンハルトと共に書類を整理し、昼は重臣たちとの会議に顔を出し、夕方には民の嘆願書に目を通す。夜になれば二人きりで紅茶を飲みながら一日を振り返る――。

 「クラリッサ、君のおかげで議論がまとまることが増えた」
 「まあ。わたしはただ、俯かずに意見を申し上げただけですわ」
 「それが大切なんだ」

 彼が真剣にそう言うたびに、胸が温かくなった。

 ◇

 ある日、公爵家に民が直々に訪れた。粗末な服を纏った老夫婦で、震える手でわたしの前に頭を下げた。
 「クラリッサ様……どうか、この街の税を軽くしてくだされ。王太子派の役人が、いまだに私たちを苦しめております」

 「まあ……」
 老夫婦の声は切実で、わたしは胸が締め付けられた。
 「承知しました。……必ず調べて、然るべき処置をいたします」

 頭を下げた彼らの瞳に涙が光っていた。檻を拒んだわたしの声が、ようやく民の元へ届き始めている――そう実感した瞬間だった。

 ◇

 その日の夜。執務室でレオンハルトが険しい顔をしていた。
 「兄上の残党が、各地で税を盾に民を苦しめている。……断罪の場を失った今、影で暗躍しているのだ」
 「……まだ檻の鎖を手放さないのですね」
 「そうだ。だが、君と共にあれば打ち破れる」

 彼はそう言ってわたしの手を強く握った。温もりが広がり、不安が消えていく。

 ◇

 しかし、その影は確かに迫っていた。
 ある夜。屋敷の門前に怪しい人影が現れ、兵士たちに取り押さえられた。
 「王太子殿下に忠誠を誓う者だ! 裏切り者の令嬢を討つ!」

 怒号が響き、門前にざわめきが走る。わたしは窓辺からその光景を見下ろし、胸に白いハンカチを押し当てた。

 「……檻の影は、まだ消えていない」

 ◇

 寝室でレオンハルトがわたしを抱き寄せ、低く囁いた。
 「クラリッサ。恐れるな。君は一人ではない」
 「ええ。わたしは檻には戻りません」

 彼の温もりが心を包み込み、未来へと進む力を与えてくれる。

 ◇

 ――悪役令嬢クラリッサは、新婚と政務の狭間で。

 ――なおも迫る王太子派の影に、俯かず立ち向かおうとしていた。
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