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第21話 初めての収穫と、国王の眼差し
〇
季節が巡り、荒れ地の畑はついに緑に覆われていた。硬かった土は豊かに息づき、揺れる葉の間から赤や黄の実が顔を覗かせる。クラリスは畝を歩きながら、指先で実をそっと撫でた。かつて死んだ土地と呼ばれた場所に、今は命が溢れている。
「……できたのね」
呟きは風に溶け、レオニールの胸に届いた。彼は汗で濡れた髪を掻き上げ、笑顔を向ける。
「君が信じ続けたからだ」
その声に胸が熱くなる。クラリスは籠を抱え、最初の収穫を丁寧に摘み取った。土の香りと瑞々しい匂いが一緒に立ち上り、涙が視界を滲ませる。
その瞬間、王都からの馬車が土煙を上げて現れた。中から降り立ったのは国王だった。鋭い瞳が畑を見渡し、静かに息を吐く。
△
村人たちは緊張して道の端に集まり、誰も声を上げられなかった。クラリスは胸を張り、国王の前に進み出る。籠を差し出し、深く頭を下げる。
「陛下。これは、荒れ地で育った最初の実りです。どうか、ご覧ください」
国王は無言で実を手に取り、ゆっくりと噛んだ。周囲が息を呑む。長い沈黙の後、国王は低く呟いた。
「……悪くない」
その一言に村人たちがざわめき、クラリスの胸は高鳴った。
「父上!」
レオニールが一歩進む。
「この土地は、彼女と共に耕したからこそ蘇りました。クラリスは王妃に相応しい女性です」
国王の瞳が息子を鋭く射抜く。だが、そこには初めて揺らぎがあった。
◇
その夜、王城の客間にクラリスは招かれた。豪奢な調度品に囲まれ、緊張で背筋が硬くなる。そこへ国王が現れ、静かに告げた。
「お前の努力は見た。だが、王妃となるにはまだ試練が残る」
「試練……」
「この国の未来を支えるとは、民を愛するだけでは足りぬ。王族としての務めを果たせるか、見極めねばならん」
クラリスは膝を折り、真剣に答えた。
「はい。私は逃げません」
国王はしばし黙し、それから小さく頷いた。
「……よかろう。次の祭典で、その覚悟を示してみせよ」
部屋を去る国王の背を見送りながら、クラリスは胸の奥で強く誓った。
(もう一度、この国の人々に私の想いを伝える。どんなに怖くても)
夜空の窓辺に星が瞬き、遠く畑の緑を照らしていた。
第22話 祭典の幕開けと、群衆の試練
〇
王都は祭りの装いに包まれていた。石畳の通りには色鮮やかな布が張られ、花々が飾られ、屋台からは香ばしい匂いが漂ってくる。年に一度の「建国祭」。民と王族が一体となって国の繁栄を祝う大祭であり、今年は特に注目が集まっていた。理由はただ一つ――第三王子が伴ってきた「田舎娘」が、公の場に立つからだ。
クラリスは藍色のシンプルなドレスに身を包み、胸に深呼吸を刻む。袖口には畑で採れた草花が小さな飾りとして縫い込まれており、彼女自身の意志が込められていた。大広場には既に数千もの人々が集まり、ざわめきが渦を巻いている。
「……怖い。でも、逃げない」
小さく呟いた声に、隣のレオニールが優しく囁いた。
「僕がいる。君は君のままでいい」
その言葉に背中を押され、クラリスは壇上へと歩み出た。
△
壇上から見下ろす群衆は波のようで、無数の視線が一斉に突き刺さる。王妃は扇を口元に当て、鋭い目でじっと見守っている。国王は沈黙を保ち、重々しい空気が広場を支配していた。
司会の大臣が声を張り上げる。
「ここに、第三王子レオニール殿下が選んだ女性、クラリス・フォン・エルドールを紹介する!」
ざわめきが一層大きくなる。嘲笑混じりの声もあれば、期待に満ちた囁きもある。クラリスは喉が渇き、言葉が出ない。だが視線を落とした瞬間、籠の中にある野菜たちが目に入った。畑で育てた実り。どんなに不格好でも、誠実に育てた証。
震える声を押し殺し、彼女は口を開いた。
「私は……王都の煌びやかさを持っていません。ただ、土と共に生き、汗を流すことしかできません」
一瞬の沈黙。だが、続く言葉に自らを込める。
「けれど、その土は人を養い、国を支えます。私が殿下と共に歩むなら、必ずや民の力となると信じています!」
広場に静寂が落ちた。
◇
すると一人の貴族が声を上げた。
「口先だけでなく、証を見せろ!」
クラリスは躊躇わず、籠から一つのラディッシュを取り出した。半分に切ると、赤と白の断面が太陽に照らされ、鮮やかに輝いた。
「これが私の証です。荒れ地で芽吹いた実り。殿下と、村人たちと共に育てました」
人々の視線が一点に集まる。子どもが小さな声で「食べたい」と呟くと、クラリスは笑みを浮かべて差し出した。少年がかじりつき、瞳を輝かせる。
「甘い!」
その瞬間、広場にざわめきが走り、拍手が次第に大きく広がった。嘲笑は消え、感嘆と歓喜が響き渡る。壇上のレオニールは誇らしげにクラリスの手を取り、高らかに宣言した。
「これこそが、僕の選んだ女性だ!」
群衆の声が波となり、空へと響く。王妃の瞳がわずかに揺れ、国王の口元にかすかな笑みが浮かんだ。
クラリスの胸には、初めて「受け入れられた」という実感が芽生えていた。
第23話 王妃の微笑と、国王の沈黙
〇
建国祭の壇上から降りたクラリスは、ようやく深く息を吐いた。拍手と歓声の余韻がまだ広場に残り、彼女の胸を震わせている。レオニールの手が温かく包み込み、視線を合わせれば、彼の灰色の瞳が優しく輝いていた。
「やりましたね」
「いえ……皆が支えてくれただけです」
「その謙虚さこそ、君の力です」
その言葉に胸が熱くなる。
だが、まだ試練は終わっていなかった。王族専用の回廊を歩いていると、王妃が扇を閉じて立ちはだかった。冷たい瞳――のはずだったが、その奥にこれまでと違う色が宿っている。
「……民はお前を認め始めているようね」
「恐れ入ります」
「一度は愚かと思ったけれど、どうやら見誤っていたのかもしれない」
王妃がわずかに微笑んだ。その一瞬の柔らかさに、クラリスの心臓が跳ねる。
△
夜、王城の大広間で祝宴が開かれた。煌めくシャンデリア、豪華な料理、華やかな衣装の貴族たち――すべてがクラリスには眩しかった。彼女は緊張を隠しきれず、杯を持つ手が震える。
「堂々としていればいい」
隣に立つレオニールが囁き、さりげなく支えてくれる。だが、周囲から注がれる視線は鋭く、心が削られるようだった。
そこへ第一王子ユリウスが歩み寄る。
「クラリス嬢。今日の言葉、悪くなかった」
「……ありがとうございます」
「だが、父上はまだ沈黙を守っている。真に認められるには、もう一押し必要だろう」
厳しい声に胸が締め付けられる。しかし彼の瞳には、ほんのわずかに温かさが滲んでいた。
続いて第二王子エドガーが軽やかに笑いながら近づく。
「よくやったな! あの広場の空気を変えられるなんて、並大抵じゃない」
「……恐縮です」
「ただ、まだ気を抜くなよ。貴族の中にはお前を疎む者も多い。俺たち兄弟も支えるが、最後に決めるのは父上だ」
◇
祝宴の終盤、国王が立ち上がった。重々しい空気が流れ、広間のざわめきが止む。クラリスの胸が早鐘のように鳴り響く。
「――クラリス・フォン・エルドール」
「……はい」
「お前の努力は見た。民もまた、お前を受け入れつつある」
国王の声は低く、響き渡る。クラリスは唇を噛み、ただ真っ直ぐに見上げた。
「だが、王妃としての道は容易ではない。次に示すのは、お前の“忍耐”だ」
「忍耐……」
「時を経てなお揺らがぬ心を、我に見せてみせよ」
その言葉は試練の続きであると同時に、わずかな期待の響きを帯びていた。
国王が杯を掲げ、再び座すと、広間にざわめきが戻る。クラリスは深く息を吐き、胸の奥で誓った。
(どんなに長い時間がかかっても、私は諦めない。殿下と共に未来を歩むために)
その瞳は静かに輝き、レオニールの灰色の瞳と重なった。
第24話 陰謀の影と、変わらぬ支え
〇
王都での祝宴が終わって数日後、クラリスは城内の一角に用意された客間で過ごしていた。絹のカーテンに包まれた部屋は豪奢だが、畑の素朴さに慣れた彼女にとっては落ち着かない場所だった。窓から見える庭園の噴水を眺めながら、クラリスは胸の奥のざわめきを消そうと深呼吸する。
「忍耐を見せよ……陛下はそう仰った」
その言葉が何を意味するのか、答えはまだ見えなかった。ただひとつ分かるのは、簡単には受け入れられないということ。クラリスは拳を握り、視線を落とした。
そこへマリーが駆け込んでくる。村から王都に呼ばれ、クラリスの身の回りを手伝っている彼女の顔は険しかった。
「クラリス様、大変です! 一部の貴族たちが、殿下とあなたを引き裂こうとしているそうです」
「……やはり」
予感はしていたが、現実として聞かされると胸が重く沈む。
△
廊下を歩いていると、意図的に聞こえるように囁かれる声があった。
「田舎娘が王妃などあり得ん」
「第三王子も惑わされているだけだ」
耳を塞ぎたい思いに駆られるが、クラリスは背筋を伸ばして歩き続けた。
その夜、レオニールが訪れる。彼の顔にも疲れが滲んでいた。
「父上に訴えても、なかなか道は開けません。貴族たちの反発も強い」
「殿下……」
彼の肩に触れると、わずかに震えているのが伝わった。クラリスは自分の不安を押し込み、強く告げる。
「大丈夫です。どんな言葉を向けられても、私は揺らぎません」
「君がそう言ってくれると……救われます」
彼の笑みに、クラリスの胸は熱くなった。
◇
翌日、王城の庭園で散歩していると、一人の貴族令嬢が近づいてきた。金糸のドレスを纏い、扇を打ち鳴らしながら皮肉な笑みを浮かべる。
「まぁ、あなたが噂のクラリス様? 泥臭い手で殿下の心を奪ったとか」
背後には取り巻きの令嬢たちが並び、嘲笑が広がる。
クラリスは心臓が縮む思いをしながらも、目を逸らさず答えた。
「私は泥にまみれた手を恥じません。その手で畑を守り、人を養ってきましたから」
令嬢たちが息を呑む。嘲笑は一瞬にして止まり、代わりにざわめきが走った。
その場に現れたレオニールが堂々とクラリスの隣に立つ。
「僕が選んだのは、この誠実な人です。陰口で揺らぐことはありません」
彼の灰色の瞳が強く輝き、令嬢たちは言葉を失って退いた。
庭園の花々が風に揺れ、二人を包み込む。陰謀の影は消えていない。だが、互いを支え合う想いは、何者にも折れない強さを帯びていた。
第25話 忍耐の証と、揺らぐ王都
〇
王都に滞在する日々は、クラリスにとってまさに忍耐そのものだった。朝の廊下を歩けば、侍女や従者がひそひそと声を交わし、耳に痛い言葉が届く。
「まだ居座っているのか」
「殿下も困っておられるだろう」
彼女は足を止めず、ただ正面を見据えて歩いた。背筋を伸ばし、指先に小さな震えを押し込めながら。
食堂では豪奢な料理が並ぶが、クラリスは馴染めず、少量を口にするだけだった。心のどこかで、畑のスープや焼きたてのパンを恋しく思う。だが、そんな思いを口にすることはなかった。王都にいる間、自分に課せられたのは「耐えること」だと知っていたからだ。
夜になると、ひとり小窓の外に広がる街の灯りを見つめた。土に触れられない寂しさが胸を締め付ける。それでも彼女は呟く。
「殿下のために。……必ず耐えてみせる」
△
ある日、王都の市場を訪れる機会が与えられた。護衛の騎士に囲まれながら歩くと、通りの人々がざわめき、さまざまな視線が注がれる。
「あの娘か」
「殿下が選んだという」
「田舎者に見えるが……」
好奇と軽蔑と期待が入り混じる眼差し。それを真正面から受け止め、クラリスは籠に並んだ野菜を一つひとつ見て回った。
彼女は農家の老夫婦の店先に立ち止まり、手に取った人参を褒めた。
「形は不揃いでも、とても力強いですね」
「お、お嬢さんにそう言ってもらえるとは……」
老夫婦の瞳が潤み、周囲の人々が静かに見守る。その光景に、クラリスは改めて思う。
「民の中に立つのは、王妃の務めでもある」
◇
夜、王城に戻ると、国王が待っていた。広間に集まった重臣たちの前で、彼は静かに言葉を発する。
「クラリス・フォン・エルドール。今日の市での振る舞いは耳に届いている。民と自然に語らう姿を、多くの者が見ていた」
クラリスは深く頭を下げ、震える声で答えた。
「私はただ、土と人を繋げたいと願っただけです」
国王の瞳がじっと彼女を見据える。
「……悪くない。だが、まだ十分ではない」
低い声が広間に響き、重臣たちがざわめく。
「忍耐は示した。だが次は“選択”だ。王子の隣に立つに相応しい者かどうか、近く示すことになろう」
国王の言葉は冷たくも、わずかに含みを持っていた。クラリスは拳を握り、胸の奥で誓った。
(次が最後の試練……私は絶対に逃げない。殿下と共に歩むと決めたのだから)
その瞳は静かに燃え、王都の灯火よりも強く輝いていた。
第26話 最後の試練と、揺るがぬ選択
〇
秋も深まり、王都の空気は冷たさを帯びていた。王城の広間には重苦しい沈黙が満ち、国王が玉座に座している。その前にクラリスとレオニールが並び立ち、周囲を取り巻くのは兄王子たちと重臣たち。王妃は扇を閉じ、静かに成り行きを見守っていた。
「クラリス・フォン・エルドール」
国王の声が響く。
「忍耐は見せた。民の声も聞いた。だが――最後にお前の覚悟を示すがよい」
玉座の前に二つの椅子が置かれ、一方には王家の紋章を刻んだ書状、もう一方には王都から離れた土地の権利証が置かれていた。
「ひとつは王家に入り、妃として国を支える道。もうひとつは王族の庇護を受け、静かに農地を営む道。どちらを選ぶかはお前次第だ」
広間がざわめく。クラリスの胸に重い問いが突き刺さる。
△
レオニールが強く口を開いた。
「父上! そんな選択を迫る必要はありません。僕はすでに答えを決めている!」
しかし国王は手を上げて制した。
「これは彼女自身の答えだ。王子の言葉ではなく、彼女の意志を見たい」
クラリスは深く息を吐き、二つの椅子を見つめた。王家に入れば、貴族の中傷も権力の重圧も背負う。土地を選べば、レオニールと離れ、静かに暮らすことになる。どちらも簡単ではない。
広間の視線が一斉に注がれる中、クラリスはゆっくりと歩を進めた。
(私は……何を望んでいるの?)
心の奥に浮かぶのは、畑で笑う村人たちの姿。そして土を撫でるレオニールの手。
「……私の答えは」
震える声で言いながら、クラリスは王家の書状を手に取った。
◇
「私は殿下と共に歩みます。王妃として、国と民と土を繋げる存在になります」
その言葉に広間が静まり返る。次の瞬間、レオニールが力強く頷き、彼女の手を取った。
「ありがとう……クラリス。君が隣にいてくれるなら、僕はどんな困難も越えられる」
第一王子ユリウスは沈黙の後に深く頷き、第二王子エドガーはにっこりと笑って肩を叩いた。王妃は目を閉じ、扇で口元を隠しながら小さく笑みを漏らす。
国王は玉座から立ち上がり、堂々と歩み寄る。
「覚悟は見た。……よかろう。これより、クラリスを第三王子の許嫁と認める」
広間にどよめきと歓声が広がる。クラリスの瞳に涙が溢れ、レオニールと重なり合う視線の中で、確かな未来を感じていた。
長き試練は終わりを迎え、二人の愛は王都全体に示されたのだった。
第27話 正式な許嫁と、城下の祝福
〇
国王の宣言が広間に響いた瞬間、張り詰めていた空気が大きく揺らぎ、どよめきと拍手が重なり合った。重臣の中には渋い顔をする者もいたが、民を代表する使者たちは嬉しげに頷き合い、王子の兄たちもその場で祝意を示した。
クラリスは胸に込み上げる熱を抑えきれず、深く頭を下げた。視界が涙で滲む。レオニールは堂々と彼女の隣に立ち、その手を固く握る。
「これでようやく……君を隠さず誇れる」
灰色の瞳に浮かぶ光は、誇りと愛情で満ちていた。
王妃が扇を閉じて言葉を添える。
「身分も立場も越えて選んだ覚悟……愚かに見えて、最も強いのかもしれませんね」
その声音は柔らかく、初めてクラリスに真正面から微笑みかけるものだった。
△
数日後、王都の街は祝祭のような賑わいを見せていた。城下に広がる市場には「殿下の許嫁お披露目」と書かれた旗が掲げられ、商人たちが色とりどりの野菜を並べて祝った。
クラリスはレオニールと並んで城下を歩く。人々の視線が集まるたび、頬が熱くなるが、畑で培った忍耐が彼女を支えた。すると群衆の中から声が飛ぶ。
「クラリス様! 殿下をよろしくお願いします!」
「野菜を作る王妃なんて、最高だ!」
笑いと歓声が広がり、子どもたちが手に花を持って駆け寄ってくる。クラリスは膝をつき、その小さな手から花を受け取った。
「ありがとう。……私も皆さんと一緒に、この国を育てます」
涙が零れそうになりながら微笑むと、群衆の拍手が大きな波となって広場を包んだ。
◇
その夜、城の高台から街の灯りを見下ろしていたクラリスは、隣に立つレオニールに小さく囁いた。
「夢みたいです……あの畑から始まった日々が、こんな未来につながるなんて」
「夢ではありません。君と出会ったときから、僕の願いはただひとつだった」
レオニールは彼女の手を取り、静かに唇を寄せた。
「クラリス、僕の妻になってください」
「……はい」
短い答えに、二人の間の全てが込められていた。
夜空に花火が打ち上がり、城下の人々の歓声が響く。その音は祝福の鐘のように二人を包み込み、クラリスの胸に「未来は共にある」という確信を刻んだ。
第28話 婚約の宣言と、宮廷のざわめき
〇
王城の大広間は、王族と貴族、そして国外からの使節団まで集まる華やかな場となっていた。金の燭台に灯がともり、絢爛なシャンデリアが天井で輝く。空気は緊張と期待に満ち、クラリスは胸の鼓動を抑えながら壇上に立っていた。
国王が重々しく席を立ち、声を響かせる。
「ここに宣言する。クラリス・フォン・エルドールを、第三王子レオニールの正式な婚約者とする」
瞬間、会場がざわめきに包まれる。祝福の拍手が沸き起こる一方、冷たい視線や押し殺した不満の声も混じる。クラリスは俯きそうになるが、レオニールが力強く手を握り、灰色の瞳で言葉を添えた。
「彼女は僕の選んだ人だ。誰の反対があろうと、この決意は揺るがない」
堂々としたその声に、会場の空気が変わる。次第に拍手が広がり、クラリスの胸に熱いものがこみ上げた。
△
宣言の後、舞踏会が開かれた。音楽が鳴り響き、ドレスの裾が床を滑る。クラリスは優雅な舞踏を知らず、不安で足を止めそうになる。だが、レオニールが微笑み、耳元で囁いた。
「大丈夫、僕に合わせて。畑で土を踏むように、一歩ずつ」
彼に導かれ、ゆっくりと足を運ぶ。緊張で硬くなっていた体が、音楽に合わせて解けていく。気づけば、周囲の視線も気にならなかった。彼と目を合わせるだけで、世界が二人きりになったように感じられた。
踊りの合間、エドガーが茶目っ気たっぷりに声をかける。
「クラリス嬢、なかなか様になってるじゃないか!」
「……恥ずかしいです」
「その素直さがいいんだよ」
笑い合うと、緊張が少し和らいだ。遠くではユリウスが静かに頷き、酒杯を傾けている。彼なりの承認の合図だと感じ、クラリスの胸は温かくなった。
◇
夜も更け、バルコニーに出ると冷たい風が頬を撫でた。城下の灯りが宝石のように瞬き、遠くに畑の匂いを思わせる風が漂ってくる。クラリスは胸に手を当て、静かに呟いた。
「……私、本当に殿下の隣に立っていいのでしょうか」
その不安に、レオニールは即座に答える。
「いいのではない。君でなければ駄目なんです」
灰色の瞳が真っ直ぐに射抜き、クラリスの胸に勇気が満ちていく。
二人の影が寄り添い、夜空の星々が静かに見守っていた。婚約の宣言は確かに終わった。だが、この先には新しい道が待っている。その道を共に歩むと、クラリスは強く誓った。
第29話 結婚式の誓いと、村からの贈り物
〇
冬の訪れを告げる冷たい風が吹く朝、王城は白い花々で彩られていた。長い回廊には織物が掛けられ、礼拝堂の扉の前には人々が列を成す。今日は、クラリスとレオニールの結婚式の日。王国中の注目が集まっていた。
クラリスは控室で深呼吸を繰り返す。純白のドレスは豪奢な刺繍に包まれているが、胸元には彼女の願いで畑の野花がひとつ飾られていた。土に触れ、育んできた日々を忘れないために。
「大丈夫ですよ、クラリス様」
マリーが涙ぐみながら背を支える。クラリスは小さく笑い、頷いた。
「ええ、怖くない。だって、殿下が隣にいるから」
扉が開かれ、礼拝堂に光が差し込む。人々の視線を浴びながらクラリスは歩を進めた。レオニールが祭壇の前で待っている。彼の灰色の瞳が優しく輝き、胸が熱くなる。
△
誓いの言葉を交わすとき、広間は静まり返った。司祭の問いかけに、レオニールははっきりと答える。
「はい。私はこの人を、永遠に妻として愛し、守ります」
その言葉に、クラリスの瞳から涙が溢れる。声は震えていたが、確かに響いた。
「はい。私は殿下を、共に生きる伴侶として支え続けます」
人々が歓声を上げ、鐘の音が高らかに鳴り響く。花びらが舞い落ち、二人の姿を祝福するように光の中で揺れた。
その後の宴では、村から届いた贈り物が披露された。籠に溢れる野菜や、干した果物、焼きたてのパン。村人たちの想いが詰まった品々に、クラリスは涙を拭えなかった。
「みんな……ありがとう」
◇
夜、城の高台から街を見下ろす二人。花火が夜空を彩り、城下からは歌声が響いてくる。クラリスはレオニールに寄り添い、胸の奥から静かに言葉を紡いだ。
「畑の土の匂いが、今もここにある気がします。……殿下と出会わなければ、私はただの農家の娘で終わっていたでしょう」
「君だからこそ、僕は本当の自由を得られた。ありがとう、クラリス」
二人の手が重なり、唇が触れ合う。星々と花火の光が祝福を重ね、王都の夜を彩った。
その瞬間、クラリスは確信した。土に根を張った愛は、どんな風にも揺らがない。二人の物語は、新しい未来へと続いていくのだと。
第30話 畑に帰る日と、永遠の誓い
〇
結婚式から数日後、城下の祝宴の余韻がまだ残る頃。クラリスとレオニールは静かに馬車に揺られていた。向かう先は――あの村、そして畑。王都の人々は二人を祝福の声で送り出し、城門を出る馬車には花々が飾られていた。
窓の外に広がる田園風景を見つめながら、クラリスは胸が熱くなる。
「……戻ってきたんですね」
「そうです。君と出会った場所に」
レオニールの言葉に、クラリスは涙を堪えて笑みを返した。
やがて馬車が村に着くと、村人たちが一斉に集まり歓声を上げる。マリーもエミルも老人オズワルドも、笑顔で二人を迎えた。
「クラリス様! 殿下! お帰りなさい!」
籠に詰めた野菜や果物が差し出され、子どもたちが花を撒く。クラリスの胸は感謝でいっぱいになった。
△
畑に降り立つと、懐かしい土の匂いが広がる。クラリスは膝をつき、指先で土を掬った。しっとりとした感触が心に染み渡り、頬に涙が伝う。
「この土が、私を守ってくれました……」
レオニールも隣に膝をつき、共に土を撫でる。
「この土が僕らを結んだんです。だから、ここから始めましょう」
畑の真ん中で二人は向き合い、手を取り合った。村人たちが見守る中、レオニールが声を張り上げる。
「ここに誓う! 僕はクラリスと共に、国を、民を、そしてこの畑を守り続ける!」
クラリスも涙の中で応える。
「私も殿下と共に、愛を、土を、命を育み続けます!」
◇
拍手と歓声が村に響き渡る。鐘の音のように高らかな笑い声が広がり、風が畑を駆け抜けた。青空には雲ひとつなく、陽光が二人を優しく包み込む。
その日から、クラリスは王妃でありながら農家でもあった。王都に務めを果たしつつ、季節ごとに畑へ戻り、民と共に汗を流す。レオニールもまた王子としての務めを果たしながら、必ず彼女の隣に立ち続けた。
土に根を張った愛は、どんな困難にも揺らがない。芽吹いた希望はやがて大きな実を結び、国と民を養う力となった。
そして物語は、畑に吹く優しい風のように続いていく。
終わり
〇
季節が巡り、荒れ地の畑はついに緑に覆われていた。硬かった土は豊かに息づき、揺れる葉の間から赤や黄の実が顔を覗かせる。クラリスは畝を歩きながら、指先で実をそっと撫でた。かつて死んだ土地と呼ばれた場所に、今は命が溢れている。
「……できたのね」
呟きは風に溶け、レオニールの胸に届いた。彼は汗で濡れた髪を掻き上げ、笑顔を向ける。
「君が信じ続けたからだ」
その声に胸が熱くなる。クラリスは籠を抱え、最初の収穫を丁寧に摘み取った。土の香りと瑞々しい匂いが一緒に立ち上り、涙が視界を滲ませる。
その瞬間、王都からの馬車が土煙を上げて現れた。中から降り立ったのは国王だった。鋭い瞳が畑を見渡し、静かに息を吐く。
△
村人たちは緊張して道の端に集まり、誰も声を上げられなかった。クラリスは胸を張り、国王の前に進み出る。籠を差し出し、深く頭を下げる。
「陛下。これは、荒れ地で育った最初の実りです。どうか、ご覧ください」
国王は無言で実を手に取り、ゆっくりと噛んだ。周囲が息を呑む。長い沈黙の後、国王は低く呟いた。
「……悪くない」
その一言に村人たちがざわめき、クラリスの胸は高鳴った。
「父上!」
レオニールが一歩進む。
「この土地は、彼女と共に耕したからこそ蘇りました。クラリスは王妃に相応しい女性です」
国王の瞳が息子を鋭く射抜く。だが、そこには初めて揺らぎがあった。
◇
その夜、王城の客間にクラリスは招かれた。豪奢な調度品に囲まれ、緊張で背筋が硬くなる。そこへ国王が現れ、静かに告げた。
「お前の努力は見た。だが、王妃となるにはまだ試練が残る」
「試練……」
「この国の未来を支えるとは、民を愛するだけでは足りぬ。王族としての務めを果たせるか、見極めねばならん」
クラリスは膝を折り、真剣に答えた。
「はい。私は逃げません」
国王はしばし黙し、それから小さく頷いた。
「……よかろう。次の祭典で、その覚悟を示してみせよ」
部屋を去る国王の背を見送りながら、クラリスは胸の奥で強く誓った。
(もう一度、この国の人々に私の想いを伝える。どんなに怖くても)
夜空の窓辺に星が瞬き、遠く畑の緑を照らしていた。
第22話 祭典の幕開けと、群衆の試練
〇
王都は祭りの装いに包まれていた。石畳の通りには色鮮やかな布が張られ、花々が飾られ、屋台からは香ばしい匂いが漂ってくる。年に一度の「建国祭」。民と王族が一体となって国の繁栄を祝う大祭であり、今年は特に注目が集まっていた。理由はただ一つ――第三王子が伴ってきた「田舎娘」が、公の場に立つからだ。
クラリスは藍色のシンプルなドレスに身を包み、胸に深呼吸を刻む。袖口には畑で採れた草花が小さな飾りとして縫い込まれており、彼女自身の意志が込められていた。大広場には既に数千もの人々が集まり、ざわめきが渦を巻いている。
「……怖い。でも、逃げない」
小さく呟いた声に、隣のレオニールが優しく囁いた。
「僕がいる。君は君のままでいい」
その言葉に背中を押され、クラリスは壇上へと歩み出た。
△
壇上から見下ろす群衆は波のようで、無数の視線が一斉に突き刺さる。王妃は扇を口元に当て、鋭い目でじっと見守っている。国王は沈黙を保ち、重々しい空気が広場を支配していた。
司会の大臣が声を張り上げる。
「ここに、第三王子レオニール殿下が選んだ女性、クラリス・フォン・エルドールを紹介する!」
ざわめきが一層大きくなる。嘲笑混じりの声もあれば、期待に満ちた囁きもある。クラリスは喉が渇き、言葉が出ない。だが視線を落とした瞬間、籠の中にある野菜たちが目に入った。畑で育てた実り。どんなに不格好でも、誠実に育てた証。
震える声を押し殺し、彼女は口を開いた。
「私は……王都の煌びやかさを持っていません。ただ、土と共に生き、汗を流すことしかできません」
一瞬の沈黙。だが、続く言葉に自らを込める。
「けれど、その土は人を養い、国を支えます。私が殿下と共に歩むなら、必ずや民の力となると信じています!」
広場に静寂が落ちた。
◇
すると一人の貴族が声を上げた。
「口先だけでなく、証を見せろ!」
クラリスは躊躇わず、籠から一つのラディッシュを取り出した。半分に切ると、赤と白の断面が太陽に照らされ、鮮やかに輝いた。
「これが私の証です。荒れ地で芽吹いた実り。殿下と、村人たちと共に育てました」
人々の視線が一点に集まる。子どもが小さな声で「食べたい」と呟くと、クラリスは笑みを浮かべて差し出した。少年がかじりつき、瞳を輝かせる。
「甘い!」
その瞬間、広場にざわめきが走り、拍手が次第に大きく広がった。嘲笑は消え、感嘆と歓喜が響き渡る。壇上のレオニールは誇らしげにクラリスの手を取り、高らかに宣言した。
「これこそが、僕の選んだ女性だ!」
群衆の声が波となり、空へと響く。王妃の瞳がわずかに揺れ、国王の口元にかすかな笑みが浮かんだ。
クラリスの胸には、初めて「受け入れられた」という実感が芽生えていた。
第23話 王妃の微笑と、国王の沈黙
〇
建国祭の壇上から降りたクラリスは、ようやく深く息を吐いた。拍手と歓声の余韻がまだ広場に残り、彼女の胸を震わせている。レオニールの手が温かく包み込み、視線を合わせれば、彼の灰色の瞳が優しく輝いていた。
「やりましたね」
「いえ……皆が支えてくれただけです」
「その謙虚さこそ、君の力です」
その言葉に胸が熱くなる。
だが、まだ試練は終わっていなかった。王族専用の回廊を歩いていると、王妃が扇を閉じて立ちはだかった。冷たい瞳――のはずだったが、その奥にこれまでと違う色が宿っている。
「……民はお前を認め始めているようね」
「恐れ入ります」
「一度は愚かと思ったけれど、どうやら見誤っていたのかもしれない」
王妃がわずかに微笑んだ。その一瞬の柔らかさに、クラリスの心臓が跳ねる。
△
夜、王城の大広間で祝宴が開かれた。煌めくシャンデリア、豪華な料理、華やかな衣装の貴族たち――すべてがクラリスには眩しかった。彼女は緊張を隠しきれず、杯を持つ手が震える。
「堂々としていればいい」
隣に立つレオニールが囁き、さりげなく支えてくれる。だが、周囲から注がれる視線は鋭く、心が削られるようだった。
そこへ第一王子ユリウスが歩み寄る。
「クラリス嬢。今日の言葉、悪くなかった」
「……ありがとうございます」
「だが、父上はまだ沈黙を守っている。真に認められるには、もう一押し必要だろう」
厳しい声に胸が締め付けられる。しかし彼の瞳には、ほんのわずかに温かさが滲んでいた。
続いて第二王子エドガーが軽やかに笑いながら近づく。
「よくやったな! あの広場の空気を変えられるなんて、並大抵じゃない」
「……恐縮です」
「ただ、まだ気を抜くなよ。貴族の中にはお前を疎む者も多い。俺たち兄弟も支えるが、最後に決めるのは父上だ」
◇
祝宴の終盤、国王が立ち上がった。重々しい空気が流れ、広間のざわめきが止む。クラリスの胸が早鐘のように鳴り響く。
「――クラリス・フォン・エルドール」
「……はい」
「お前の努力は見た。民もまた、お前を受け入れつつある」
国王の声は低く、響き渡る。クラリスは唇を噛み、ただ真っ直ぐに見上げた。
「だが、王妃としての道は容易ではない。次に示すのは、お前の“忍耐”だ」
「忍耐……」
「時を経てなお揺らがぬ心を、我に見せてみせよ」
その言葉は試練の続きであると同時に、わずかな期待の響きを帯びていた。
国王が杯を掲げ、再び座すと、広間にざわめきが戻る。クラリスは深く息を吐き、胸の奥で誓った。
(どんなに長い時間がかかっても、私は諦めない。殿下と共に未来を歩むために)
その瞳は静かに輝き、レオニールの灰色の瞳と重なった。
第24話 陰謀の影と、変わらぬ支え
〇
王都での祝宴が終わって数日後、クラリスは城内の一角に用意された客間で過ごしていた。絹のカーテンに包まれた部屋は豪奢だが、畑の素朴さに慣れた彼女にとっては落ち着かない場所だった。窓から見える庭園の噴水を眺めながら、クラリスは胸の奥のざわめきを消そうと深呼吸する。
「忍耐を見せよ……陛下はそう仰った」
その言葉が何を意味するのか、答えはまだ見えなかった。ただひとつ分かるのは、簡単には受け入れられないということ。クラリスは拳を握り、視線を落とした。
そこへマリーが駆け込んでくる。村から王都に呼ばれ、クラリスの身の回りを手伝っている彼女の顔は険しかった。
「クラリス様、大変です! 一部の貴族たちが、殿下とあなたを引き裂こうとしているそうです」
「……やはり」
予感はしていたが、現実として聞かされると胸が重く沈む。
△
廊下を歩いていると、意図的に聞こえるように囁かれる声があった。
「田舎娘が王妃などあり得ん」
「第三王子も惑わされているだけだ」
耳を塞ぎたい思いに駆られるが、クラリスは背筋を伸ばして歩き続けた。
その夜、レオニールが訪れる。彼の顔にも疲れが滲んでいた。
「父上に訴えても、なかなか道は開けません。貴族たちの反発も強い」
「殿下……」
彼の肩に触れると、わずかに震えているのが伝わった。クラリスは自分の不安を押し込み、強く告げる。
「大丈夫です。どんな言葉を向けられても、私は揺らぎません」
「君がそう言ってくれると……救われます」
彼の笑みに、クラリスの胸は熱くなった。
◇
翌日、王城の庭園で散歩していると、一人の貴族令嬢が近づいてきた。金糸のドレスを纏い、扇を打ち鳴らしながら皮肉な笑みを浮かべる。
「まぁ、あなたが噂のクラリス様? 泥臭い手で殿下の心を奪ったとか」
背後には取り巻きの令嬢たちが並び、嘲笑が広がる。
クラリスは心臓が縮む思いをしながらも、目を逸らさず答えた。
「私は泥にまみれた手を恥じません。その手で畑を守り、人を養ってきましたから」
令嬢たちが息を呑む。嘲笑は一瞬にして止まり、代わりにざわめきが走った。
その場に現れたレオニールが堂々とクラリスの隣に立つ。
「僕が選んだのは、この誠実な人です。陰口で揺らぐことはありません」
彼の灰色の瞳が強く輝き、令嬢たちは言葉を失って退いた。
庭園の花々が風に揺れ、二人を包み込む。陰謀の影は消えていない。だが、互いを支え合う想いは、何者にも折れない強さを帯びていた。
第25話 忍耐の証と、揺らぐ王都
〇
王都に滞在する日々は、クラリスにとってまさに忍耐そのものだった。朝の廊下を歩けば、侍女や従者がひそひそと声を交わし、耳に痛い言葉が届く。
「まだ居座っているのか」
「殿下も困っておられるだろう」
彼女は足を止めず、ただ正面を見据えて歩いた。背筋を伸ばし、指先に小さな震えを押し込めながら。
食堂では豪奢な料理が並ぶが、クラリスは馴染めず、少量を口にするだけだった。心のどこかで、畑のスープや焼きたてのパンを恋しく思う。だが、そんな思いを口にすることはなかった。王都にいる間、自分に課せられたのは「耐えること」だと知っていたからだ。
夜になると、ひとり小窓の外に広がる街の灯りを見つめた。土に触れられない寂しさが胸を締め付ける。それでも彼女は呟く。
「殿下のために。……必ず耐えてみせる」
△
ある日、王都の市場を訪れる機会が与えられた。護衛の騎士に囲まれながら歩くと、通りの人々がざわめき、さまざまな視線が注がれる。
「あの娘か」
「殿下が選んだという」
「田舎者に見えるが……」
好奇と軽蔑と期待が入り混じる眼差し。それを真正面から受け止め、クラリスは籠に並んだ野菜を一つひとつ見て回った。
彼女は農家の老夫婦の店先に立ち止まり、手に取った人参を褒めた。
「形は不揃いでも、とても力強いですね」
「お、お嬢さんにそう言ってもらえるとは……」
老夫婦の瞳が潤み、周囲の人々が静かに見守る。その光景に、クラリスは改めて思う。
「民の中に立つのは、王妃の務めでもある」
◇
夜、王城に戻ると、国王が待っていた。広間に集まった重臣たちの前で、彼は静かに言葉を発する。
「クラリス・フォン・エルドール。今日の市での振る舞いは耳に届いている。民と自然に語らう姿を、多くの者が見ていた」
クラリスは深く頭を下げ、震える声で答えた。
「私はただ、土と人を繋げたいと願っただけです」
国王の瞳がじっと彼女を見据える。
「……悪くない。だが、まだ十分ではない」
低い声が広間に響き、重臣たちがざわめく。
「忍耐は示した。だが次は“選択”だ。王子の隣に立つに相応しい者かどうか、近く示すことになろう」
国王の言葉は冷たくも、わずかに含みを持っていた。クラリスは拳を握り、胸の奥で誓った。
(次が最後の試練……私は絶対に逃げない。殿下と共に歩むと決めたのだから)
その瞳は静かに燃え、王都の灯火よりも強く輝いていた。
第26話 最後の試練と、揺るがぬ選択
〇
秋も深まり、王都の空気は冷たさを帯びていた。王城の広間には重苦しい沈黙が満ち、国王が玉座に座している。その前にクラリスとレオニールが並び立ち、周囲を取り巻くのは兄王子たちと重臣たち。王妃は扇を閉じ、静かに成り行きを見守っていた。
「クラリス・フォン・エルドール」
国王の声が響く。
「忍耐は見せた。民の声も聞いた。だが――最後にお前の覚悟を示すがよい」
玉座の前に二つの椅子が置かれ、一方には王家の紋章を刻んだ書状、もう一方には王都から離れた土地の権利証が置かれていた。
「ひとつは王家に入り、妃として国を支える道。もうひとつは王族の庇護を受け、静かに農地を営む道。どちらを選ぶかはお前次第だ」
広間がざわめく。クラリスの胸に重い問いが突き刺さる。
△
レオニールが強く口を開いた。
「父上! そんな選択を迫る必要はありません。僕はすでに答えを決めている!」
しかし国王は手を上げて制した。
「これは彼女自身の答えだ。王子の言葉ではなく、彼女の意志を見たい」
クラリスは深く息を吐き、二つの椅子を見つめた。王家に入れば、貴族の中傷も権力の重圧も背負う。土地を選べば、レオニールと離れ、静かに暮らすことになる。どちらも簡単ではない。
広間の視線が一斉に注がれる中、クラリスはゆっくりと歩を進めた。
(私は……何を望んでいるの?)
心の奥に浮かぶのは、畑で笑う村人たちの姿。そして土を撫でるレオニールの手。
「……私の答えは」
震える声で言いながら、クラリスは王家の書状を手に取った。
◇
「私は殿下と共に歩みます。王妃として、国と民と土を繋げる存在になります」
その言葉に広間が静まり返る。次の瞬間、レオニールが力強く頷き、彼女の手を取った。
「ありがとう……クラリス。君が隣にいてくれるなら、僕はどんな困難も越えられる」
第一王子ユリウスは沈黙の後に深く頷き、第二王子エドガーはにっこりと笑って肩を叩いた。王妃は目を閉じ、扇で口元を隠しながら小さく笑みを漏らす。
国王は玉座から立ち上がり、堂々と歩み寄る。
「覚悟は見た。……よかろう。これより、クラリスを第三王子の許嫁と認める」
広間にどよめきと歓声が広がる。クラリスの瞳に涙が溢れ、レオニールと重なり合う視線の中で、確かな未来を感じていた。
長き試練は終わりを迎え、二人の愛は王都全体に示されたのだった。
第27話 正式な許嫁と、城下の祝福
〇
国王の宣言が広間に響いた瞬間、張り詰めていた空気が大きく揺らぎ、どよめきと拍手が重なり合った。重臣の中には渋い顔をする者もいたが、民を代表する使者たちは嬉しげに頷き合い、王子の兄たちもその場で祝意を示した。
クラリスは胸に込み上げる熱を抑えきれず、深く頭を下げた。視界が涙で滲む。レオニールは堂々と彼女の隣に立ち、その手を固く握る。
「これでようやく……君を隠さず誇れる」
灰色の瞳に浮かぶ光は、誇りと愛情で満ちていた。
王妃が扇を閉じて言葉を添える。
「身分も立場も越えて選んだ覚悟……愚かに見えて、最も強いのかもしれませんね」
その声音は柔らかく、初めてクラリスに真正面から微笑みかけるものだった。
△
数日後、王都の街は祝祭のような賑わいを見せていた。城下に広がる市場には「殿下の許嫁お披露目」と書かれた旗が掲げられ、商人たちが色とりどりの野菜を並べて祝った。
クラリスはレオニールと並んで城下を歩く。人々の視線が集まるたび、頬が熱くなるが、畑で培った忍耐が彼女を支えた。すると群衆の中から声が飛ぶ。
「クラリス様! 殿下をよろしくお願いします!」
「野菜を作る王妃なんて、最高だ!」
笑いと歓声が広がり、子どもたちが手に花を持って駆け寄ってくる。クラリスは膝をつき、その小さな手から花を受け取った。
「ありがとう。……私も皆さんと一緒に、この国を育てます」
涙が零れそうになりながら微笑むと、群衆の拍手が大きな波となって広場を包んだ。
◇
その夜、城の高台から街の灯りを見下ろしていたクラリスは、隣に立つレオニールに小さく囁いた。
「夢みたいです……あの畑から始まった日々が、こんな未来につながるなんて」
「夢ではありません。君と出会ったときから、僕の願いはただひとつだった」
レオニールは彼女の手を取り、静かに唇を寄せた。
「クラリス、僕の妻になってください」
「……はい」
短い答えに、二人の間の全てが込められていた。
夜空に花火が打ち上がり、城下の人々の歓声が響く。その音は祝福の鐘のように二人を包み込み、クラリスの胸に「未来は共にある」という確信を刻んだ。
第28話 婚約の宣言と、宮廷のざわめき
〇
王城の大広間は、王族と貴族、そして国外からの使節団まで集まる華やかな場となっていた。金の燭台に灯がともり、絢爛なシャンデリアが天井で輝く。空気は緊張と期待に満ち、クラリスは胸の鼓動を抑えながら壇上に立っていた。
国王が重々しく席を立ち、声を響かせる。
「ここに宣言する。クラリス・フォン・エルドールを、第三王子レオニールの正式な婚約者とする」
瞬間、会場がざわめきに包まれる。祝福の拍手が沸き起こる一方、冷たい視線や押し殺した不満の声も混じる。クラリスは俯きそうになるが、レオニールが力強く手を握り、灰色の瞳で言葉を添えた。
「彼女は僕の選んだ人だ。誰の反対があろうと、この決意は揺るがない」
堂々としたその声に、会場の空気が変わる。次第に拍手が広がり、クラリスの胸に熱いものがこみ上げた。
△
宣言の後、舞踏会が開かれた。音楽が鳴り響き、ドレスの裾が床を滑る。クラリスは優雅な舞踏を知らず、不安で足を止めそうになる。だが、レオニールが微笑み、耳元で囁いた。
「大丈夫、僕に合わせて。畑で土を踏むように、一歩ずつ」
彼に導かれ、ゆっくりと足を運ぶ。緊張で硬くなっていた体が、音楽に合わせて解けていく。気づけば、周囲の視線も気にならなかった。彼と目を合わせるだけで、世界が二人きりになったように感じられた。
踊りの合間、エドガーが茶目っ気たっぷりに声をかける。
「クラリス嬢、なかなか様になってるじゃないか!」
「……恥ずかしいです」
「その素直さがいいんだよ」
笑い合うと、緊張が少し和らいだ。遠くではユリウスが静かに頷き、酒杯を傾けている。彼なりの承認の合図だと感じ、クラリスの胸は温かくなった。
◇
夜も更け、バルコニーに出ると冷たい風が頬を撫でた。城下の灯りが宝石のように瞬き、遠くに畑の匂いを思わせる風が漂ってくる。クラリスは胸に手を当て、静かに呟いた。
「……私、本当に殿下の隣に立っていいのでしょうか」
その不安に、レオニールは即座に答える。
「いいのではない。君でなければ駄目なんです」
灰色の瞳が真っ直ぐに射抜き、クラリスの胸に勇気が満ちていく。
二人の影が寄り添い、夜空の星々が静かに見守っていた。婚約の宣言は確かに終わった。だが、この先には新しい道が待っている。その道を共に歩むと、クラリスは強く誓った。
第29話 結婚式の誓いと、村からの贈り物
〇
冬の訪れを告げる冷たい風が吹く朝、王城は白い花々で彩られていた。長い回廊には織物が掛けられ、礼拝堂の扉の前には人々が列を成す。今日は、クラリスとレオニールの結婚式の日。王国中の注目が集まっていた。
クラリスは控室で深呼吸を繰り返す。純白のドレスは豪奢な刺繍に包まれているが、胸元には彼女の願いで畑の野花がひとつ飾られていた。土に触れ、育んできた日々を忘れないために。
「大丈夫ですよ、クラリス様」
マリーが涙ぐみながら背を支える。クラリスは小さく笑い、頷いた。
「ええ、怖くない。だって、殿下が隣にいるから」
扉が開かれ、礼拝堂に光が差し込む。人々の視線を浴びながらクラリスは歩を進めた。レオニールが祭壇の前で待っている。彼の灰色の瞳が優しく輝き、胸が熱くなる。
△
誓いの言葉を交わすとき、広間は静まり返った。司祭の問いかけに、レオニールははっきりと答える。
「はい。私はこの人を、永遠に妻として愛し、守ります」
その言葉に、クラリスの瞳から涙が溢れる。声は震えていたが、確かに響いた。
「はい。私は殿下を、共に生きる伴侶として支え続けます」
人々が歓声を上げ、鐘の音が高らかに鳴り響く。花びらが舞い落ち、二人の姿を祝福するように光の中で揺れた。
その後の宴では、村から届いた贈り物が披露された。籠に溢れる野菜や、干した果物、焼きたてのパン。村人たちの想いが詰まった品々に、クラリスは涙を拭えなかった。
「みんな……ありがとう」
◇
夜、城の高台から街を見下ろす二人。花火が夜空を彩り、城下からは歌声が響いてくる。クラリスはレオニールに寄り添い、胸の奥から静かに言葉を紡いだ。
「畑の土の匂いが、今もここにある気がします。……殿下と出会わなければ、私はただの農家の娘で終わっていたでしょう」
「君だからこそ、僕は本当の自由を得られた。ありがとう、クラリス」
二人の手が重なり、唇が触れ合う。星々と花火の光が祝福を重ね、王都の夜を彩った。
その瞬間、クラリスは確信した。土に根を張った愛は、どんな風にも揺らがない。二人の物語は、新しい未来へと続いていくのだと。
第30話 畑に帰る日と、永遠の誓い
〇
結婚式から数日後、城下の祝宴の余韻がまだ残る頃。クラリスとレオニールは静かに馬車に揺られていた。向かう先は――あの村、そして畑。王都の人々は二人を祝福の声で送り出し、城門を出る馬車には花々が飾られていた。
窓の外に広がる田園風景を見つめながら、クラリスは胸が熱くなる。
「……戻ってきたんですね」
「そうです。君と出会った場所に」
レオニールの言葉に、クラリスは涙を堪えて笑みを返した。
やがて馬車が村に着くと、村人たちが一斉に集まり歓声を上げる。マリーもエミルも老人オズワルドも、笑顔で二人を迎えた。
「クラリス様! 殿下! お帰りなさい!」
籠に詰めた野菜や果物が差し出され、子どもたちが花を撒く。クラリスの胸は感謝でいっぱいになった。
△
畑に降り立つと、懐かしい土の匂いが広がる。クラリスは膝をつき、指先で土を掬った。しっとりとした感触が心に染み渡り、頬に涙が伝う。
「この土が、私を守ってくれました……」
レオニールも隣に膝をつき、共に土を撫でる。
「この土が僕らを結んだんです。だから、ここから始めましょう」
畑の真ん中で二人は向き合い、手を取り合った。村人たちが見守る中、レオニールが声を張り上げる。
「ここに誓う! 僕はクラリスと共に、国を、民を、そしてこの畑を守り続ける!」
クラリスも涙の中で応える。
「私も殿下と共に、愛を、土を、命を育み続けます!」
◇
拍手と歓声が村に響き渡る。鐘の音のように高らかな笑い声が広がり、風が畑を駆け抜けた。青空には雲ひとつなく、陽光が二人を優しく包み込む。
その日から、クラリスは王妃でありながら農家でもあった。王都に務めを果たしつつ、季節ごとに畑へ戻り、民と共に汗を流す。レオニールもまた王子としての務めを果たしながら、必ず彼女の隣に立ち続けた。
土に根を張った愛は、どんな困難にも揺らがない。芽吹いた希望はやがて大きな実を結び、国と民を養う力となった。
そして物語は、畑に吹く優しい風のように続いていく。
終わり
69
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