無能扱いされ、教会から追放された聖女候補生、実はチートスキル持ちでした。戻ってきてくれ、と言ってももう遅い。王子様とゆったりスローライフ。

さくら

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第38話「最後の輝き」

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 夜空を覆う闇の化身は、森そのものを揺るがす巨躯となっていた。
 翼は大地を覆い、振り下ろされるたびに暴風が砦を襲う。赤い瞳は燃える火のように輝き、吐き出される黒炎は土も石も焼き尽くす。砦の兵たちは必死に剣を構えたが、その圧力に立つだけで精一杯だった。

「まるで……大地が敵になったみたいだ……!」
「だが退けない! ここで守らなければ……!」

 兵士たちが声を張り上げる。恐怖に震えながらも、剣を手放さなかった。



 アレンは光を纏った剣を握り締め、化身の爪を受け止めた。
「ぐ……っ!」
 轟音と共に大地が裂け、衝撃波が砦全体を揺らす。兵士たちが悲鳴を上げるが、アレンは一歩も退かない。
「ここで……終わらせる!」

 その背に、兵たちが次々と並び立った。彼らの剣はリディアの光に呼応し、白銀に輝いていた。



 砦の上で、リディアは両手を広げて光を解き放つ。
「皆の命を……繋いで……!」

 淡い光が戦場全体を包み、倒れた兵を立ち上がらせ、折れた剣を再び輝かせた。兵たちは歓声をあげ、再び巨影へと突撃した。

「まだ戦える!」
「聖女様が……見ていてくださる!」

 その声は夜を照らす鐘の音のように響いた。



 だが、闇の化身はなおも圧倒的だった。翼を羽ばたかせるたびに黒雲が渦を巻き、獣の影が次々と生み出される。砦の壁を登る獣の群れに、兵士たちは再び追い詰められた。

「数が……止まらない!」
「司祭が紋章と完全に同化している……これでは!」

 絶望の声が広がる中、リディアの胸の光が大きく脈動した。



「まだ……まだ終わらせない!」

 彼女は震える体で立ち上がり、砦の中央で両手を組んだ。臨界に迫る痛みが全身を苛むが、それでも彼女は笑んだ。
「私はもう……一人で燃え尽きたりしない。皆と共に生きる光を……!」

 その瞬間、胸の奥から溢れ出した光が砦全体を覆い、兵士たちの身体を包み込んだ。

「力が……湧いてくる!」
「これなら……化身をも斬れる!」

 剣の輝きが一斉に強まり、兵士たちは雄叫びをあげて再び立ち上がった。



 アレンは剣を振り抜き、巨影の腕を斬り裂いた。
「ぐおおおおっ!」
 化身が咆哮し、闇の血が噴き出す。大地が揺れ、森の木々が吹き飛ぶ。

 それでも倒れない巨影に、兵たちが一斉に叫んだ。
「押せ! 今度こそ!」
「ここで終わらせるんだ!」

 戦場は光と闇が入り乱れ、まるで世界そのものが裂けるかのように揺れていた。



 リディアは胸に手を当て、静かに目を閉じた。
「どうか……この光が皆を導きますように」

 祈りの声は風に乗り、戦場全体を包み込んだ。兵士たちはその響きに背を押され、剣を高く掲げた。

 辺境の命運を賭けた最後の輝きが、今、放たれようとしていた。
 砦全体を包んだリディアの光は兵士たちの胸に流れ込み、折れかけた心を繋ぎ合わせる。荒れ果てた戦場に響くのは、もはや恐怖ではなく、光を信じる声だった。

「立て! 聖女様が見ておられる!」
「俺たちはまだ生きている!」
「この剣で……闇を断つ!」

 その声の連鎖が闇を震わせ、巨影の翼をわずかに揺らがせた。



 アレンは光を纏った剣を握り直し、兵たちに叫ぶ。
「恐れるな! 闇を斬れるのは俺たちだけだ! 今こそ、一斉に突撃する!」

 兵士たちが雄叫びをあげ、光の奔流となって巨影へと突き進んだ。剣が闇を裂き、黒雲が弾け飛ぶ。巨影の咆哮が夜空を震わせた。

「ぐおおおおっ!」

 その叫びは大地を割り、砦を揺るがす。だが兵士たちは怯まず、さらに刃を突き立てた。



 リディアは胸の痛みに耐えながら祈りを続けていた。
「どうか……皆を導いて……」

 光は絶え間なく流れ、兵士たちの剣を白銀に染めていく。だが彼女の顔色は次第に蒼白となり、唇も震えていた。命を削る痛みが再び迫っていたのだ。

「リディア様!」
 マリアが必死に支え、涙をこぼした。
「もうこれ以上は……!」
「大丈夫……。今度は……皆が繋いでくれるから……」

 彼女の声は掠れていたが、その笑みは確かだった。



 巨影が再び翼を広げ、黒炎を吐き出した。燃える闇が砦を覆い尽くす。
「防げ!」
 アレンが叫び、剣を振り上げる。兵士たちも剣を掲げ、光の盾を形作った。

 闇と光が激突し、轟音が砦を揺らす。炎が弾け、光が裂け、大地が震えた。

「押し返せ!」
「負けるな!」

 兵士たちの叫びが重なり、光の盾が闇の炎を押し返した。



 アレンは剣を振り抜き、巨影の胸を裂いた。
「うおおおっ!」
 眩い閃光が夜を貫き、闇が悲鳴をあげる。

 しかし巨影は倒れない。裂けた胸から溢れた黒雲が再び身体を覆い、より巨大な姿へと変貌していく。

「……化け物め……!」
 アレンが歯を食いしばる。



 その時、リディアの胸の光が限界を超えるほど脈動した。
「これ以上……闇を広げさせない……!」

 彼女の両手から放たれた光が兵士たちを包み、剣に宿った輝きはさらに強さを増す。兵士たちは雄叫びをあげ、再び巨影に挑んだ。



 戦場は光と闇の奔流に呑まれ、空も大地も震え続ける。
 誰もが息を呑み、次の瞬間に何が起こるか分からない。

 それでもリディアは微笑んだ。
「私はもう……一人じゃない。皆と共に、生きるために……!」

 その祈りと共に、最後の輝きが夜を照らした。
 砦の上に立つ兵士たちの剣が一斉に白銀に染まり、まるで星々が降り立ったかのような光景となった。闇に覆われた大地が押し返され、巨影の輪郭が揺らぐ。

「押してる……!」
「聖女様の光が……闇を裂いてる!」

 兵士たちが叫び、恐怖は希望へと変わっていった。



 巨影は翼を大きく広げ、黒炎を吐き出した。だが光を宿した剣の群れが一斉に突き出され、炎は砦に届く前に弾き返された。

「ぐおおおおっ!」

 闇の化身が咆哮し、空気そのものが震えた。砦の石壁が崩れ落ち、地面に亀裂が走る。それでも兵士たちは後退せず、前へと進み続けた。



 アレンが前線で剣を振り下ろし、巨影の脚を切り裂いた。
「今だ! 全員で叩け!」

 兵士たちが雄叫びをあげ、光を纏った刃を一斉に突き立てる。
「うおおおおっ!」

 巨影が悲鳴を上げ、身体が大きく傾いた。



 その瞬間、リディアは砦の中央で胸に手を当て、最後の力を解き放った。
「これが……皆の光……!」

 眩い閃光が砦全体を覆い、森にまで広がった。影の獣は一斉に悲鳴を上げ、赤い瞳を潰して靄となり、空気に溶けて消えていった。

「消えていく……!」
「闇が……祓われている!」

 兵士たちの声が歓声に変わった。



 だが、巨影はなおも立っていた。紋章と融合した司祭の執念が、それを縛りつけていた。
「聖女……貴様が光を繋ぐ限り、我は何度でも蘇る……!」

 その声にリディアは瞳を潤ませ、震える唇で答えた。
「違う……貴方は、ただ過去に縋っているだけ。未来を生きる力は、もう失っている!」

 彼女の言葉と共に、胸の光が最高潮に達した。



 アレンが剣を構え、振り返らずに叫ぶ。
「リディア! 最後の力を俺に!」
「ええ……全てを託す!」

 彼の剣に光が集まり、夜空を切り裂くほどの輝きとなった。

「これで……終わらせる!」

 アレンが剣を振り下ろし、巨影の胸を深々と切り裂いた。眩い光が体内に流れ込み、司祭の叫びが森全体を震わせる。
「ぐあああああああっ!」

 黒い靄が四散し、巨影は崩れ落ちた。



 紋章が砕ける音が響き、闇の気配が一気に消えていった。
 兵士たちは剣を掲げ、歓声を上げる。
「勝った……!」
「闇が消えた!」
「聖女様の光が……辺境を救った!」

 その声は涙と共に夜空へと広がった。



 リディアは膝をつき、荒い息を吐いた。胸の光はまだ小さく灯っているが、限界まで燃やし尽くしたせいで体は震えていた。
「終わった……本当に……」

 マリアが駆け寄り、彼女を抱きしめる。
「リディア様……ご無事で……!」

 リディアは微笑み、力なく頷いた。



 砦の上に、夜明けの光が差し込む。
 闇は去り、辺境に新しい朝が訪れていた。
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