3 / 41
第3話 目覚めと村への同行
しおりを挟む
微かな光が瞼を透かして差し込む。雨音はもうなく、森のざわめきが代わりに耳に届いていた。目を開けると、炉の火は小さく赤を残し、木の隙間から差し込む朝日が埃の粒を金色に照らしていた。
体を起こすと、肩に掛けられていた毛布がさらりと落ちる。昨夜、あのまま眠ってしまったのだ。夢の記憶は曖昧で、ただ温かな声だけが心に残っている。
「……おはよう、セリーナ」
低く穏やかな声が扉の方から聞こえた。振り返ると、アレクが小屋に入ってきた。外套の裾は朝露で濡れているが、その表情は夜明けと同じ清らかさを帯びていた。
「アレクさん……。ずっと見張っていたのですか?」
問いかけると、彼は軽く頷いた。
「何事もなかったよ。安心して眠っていた顔を見て、俺も不思議と休まった」
からかわれているのではない。彼はただ事実を言っている。それが余計に胸を熱くさせ、私は慌てて毛布を畳んだ。
◇
簡単な朝食を取る。干した果物を分け合い、泉の水で喉を潤す。夜の疲れが和らぎ、足首の腫れも少し引いている。アレクが巻いてくれた布がまだひんやりと心地よい。
「今日こそは村まで行こう。ここから半日の道だ。足に無理をさせないように、馬に乗せる」
「……馬に?」
思わず戸惑いが声に出る。騎乗の経験などほとんどない。だがアレクは微笑み、当然のように続けた。
「心配するな。俺の前に座れば落ちることはない。君の体重など羽のようなものだ」
口調は軽いが、言葉の底に真剣さが滲んでいた。断る理由もなく、私は頷いた。
◇
森を抜けると、露に濡れた道が朝日を反射して輝いていた。二頭の馬が待っていて、アレクは迷いなく黒馬に跨がった。そして私を軽々と抱き上げ、自分の前に座らせる。
背中に彼の胸板が触れ、腕が自然と私を囲む。馬が歩き出すと、その腕がさらに強くなる。
「怖くないか?」
耳元に落ちる声が近すぎて、思わず頬が熱くなる。
「……大丈夫です。むしろ、安心します」
正直な言葉が口から漏れて、私はすぐに俯いた。けれどアレクは笑みを含ませて答える。
「それならよかった。俺も安心した」
風が頬を撫で、森の匂いが遠のいていく。馬の歩調に合わせて身体が揺れ、そのたびに彼の腕の中で支えられる。――追放された孤独が、いまはもう遠い出来事のように思えた。
◇
昼過ぎ、森を抜けると小さな村が姿を現した。赤茶色の屋根、煙を上げる暖炉、子どもたちの笑い声。
村人がアレクの姿を見ると、驚いたように立ち止まり、すぐに深く頭を下げた。
「お帰りなさいませ、殿下」
殿下――。その言葉が耳に届いた瞬間、胸が跳ねる。
振り返ると、アレクは穏やかに頷いていた。
「ただいま。皆、変わりはないか」
村人たちが次々と近づき、彼に挨拶を重ねる。私はその場に取り残されるように呆然とした。彼はただの旅人ではなく、――隣国リュミエールの王子だったのだ。
アレクはそんな私に視線を向け、柔らかく微笑んだ。
「驚かせてしまったな。改めて名乗ろう。俺はアレクシス・リュミエール。この国の第一王子だ」
その言葉は、晴れ渡る空よりも眩しくて、私は息を呑んだ。
体を起こすと、肩に掛けられていた毛布がさらりと落ちる。昨夜、あのまま眠ってしまったのだ。夢の記憶は曖昧で、ただ温かな声だけが心に残っている。
「……おはよう、セリーナ」
低く穏やかな声が扉の方から聞こえた。振り返ると、アレクが小屋に入ってきた。外套の裾は朝露で濡れているが、その表情は夜明けと同じ清らかさを帯びていた。
「アレクさん……。ずっと見張っていたのですか?」
問いかけると、彼は軽く頷いた。
「何事もなかったよ。安心して眠っていた顔を見て、俺も不思議と休まった」
からかわれているのではない。彼はただ事実を言っている。それが余計に胸を熱くさせ、私は慌てて毛布を畳んだ。
◇
簡単な朝食を取る。干した果物を分け合い、泉の水で喉を潤す。夜の疲れが和らぎ、足首の腫れも少し引いている。アレクが巻いてくれた布がまだひんやりと心地よい。
「今日こそは村まで行こう。ここから半日の道だ。足に無理をさせないように、馬に乗せる」
「……馬に?」
思わず戸惑いが声に出る。騎乗の経験などほとんどない。だがアレクは微笑み、当然のように続けた。
「心配するな。俺の前に座れば落ちることはない。君の体重など羽のようなものだ」
口調は軽いが、言葉の底に真剣さが滲んでいた。断る理由もなく、私は頷いた。
◇
森を抜けると、露に濡れた道が朝日を反射して輝いていた。二頭の馬が待っていて、アレクは迷いなく黒馬に跨がった。そして私を軽々と抱き上げ、自分の前に座らせる。
背中に彼の胸板が触れ、腕が自然と私を囲む。馬が歩き出すと、その腕がさらに強くなる。
「怖くないか?」
耳元に落ちる声が近すぎて、思わず頬が熱くなる。
「……大丈夫です。むしろ、安心します」
正直な言葉が口から漏れて、私はすぐに俯いた。けれどアレクは笑みを含ませて答える。
「それならよかった。俺も安心した」
風が頬を撫で、森の匂いが遠のいていく。馬の歩調に合わせて身体が揺れ、そのたびに彼の腕の中で支えられる。――追放された孤独が、いまはもう遠い出来事のように思えた。
◇
昼過ぎ、森を抜けると小さな村が姿を現した。赤茶色の屋根、煙を上げる暖炉、子どもたちの笑い声。
村人がアレクの姿を見ると、驚いたように立ち止まり、すぐに深く頭を下げた。
「お帰りなさいませ、殿下」
殿下――。その言葉が耳に届いた瞬間、胸が跳ねる。
振り返ると、アレクは穏やかに頷いていた。
「ただいま。皆、変わりはないか」
村人たちが次々と近づき、彼に挨拶を重ねる。私はその場に取り残されるように呆然とした。彼はただの旅人ではなく、――隣国リュミエールの王子だったのだ。
アレクはそんな私に視線を向け、柔らかく微笑んだ。
「驚かせてしまったな。改めて名乗ろう。俺はアレクシス・リュミエール。この国の第一王子だ」
その言葉は、晴れ渡る空よりも眩しくて、私は息を呑んだ。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】魔力ゼロと捨てられた私を、王子がなぜか離してくれません ――無自覚聖女の王宮生活――
ムラサメ
恋愛
伯爵家で使用人同然に扱われてきた少女、エリナ。
魔力も才能もないとされ、義妹アリシアの影で静かに生きていた。
ある日、王国第一王子カイルの視察で運命が動き出す。
誰も気づかなかった“違和感”に、彼だけが目を留めて――。
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
「わざわざ始まるまでまたないで、今のうちに手を打ったってよくない?」
イチイ アキラ
恋愛
アスター公爵令嬢エステルは、夢をみる。それは先を映す夢。
ある日、夢をみた。
この国の未来を。
それをアルフレッド王太子に相談する。彼女を愛して止まない婚約者に。
彼は言う。
愛する君とぼくの国のためなら、未来を変えるのも仕方なくない?
【完結】悪役令嬢ですが、元官僚スキルで断罪も陰謀も処理します。
かおり
ファンタジー
異世界で悪役令嬢に転生した元官僚。婚約破棄? 断罪? 全部ルールと書類で処理します。
謝罪してないのに謝ったことになる“限定謝罪”で、婚約者も貴族も黙らせる――バリキャリ令嬢の逆転劇!
※読んでいただき、ありがとうございます。ささやかな物語ですが、どこか少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎
王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。
……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。
追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。
無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」
騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!
身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜
しょくぱん
恋愛
「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」
魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。
鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。
(な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?)
実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。
レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。
「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」
冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。
一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。
「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」
これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。
自称ヒロインに「あなたはモブよ!」と言われましたが、私はモブで構いません!!
ゆずこしょう
恋愛
ティアナ・ノヴァ(15)には1人の変わった友人がいる。
ニーナ・ルルー同じ年で小さい頃からわたしの後ろばかり追ってくる、少しめんどくさい赤毛の少女だ。
そしていつも去り際に一言。
「私はヒロインなの!あなたはモブよ!」
ティアナは思う。
別に物語じゃないのだし、モブでいいのではないだろうか…
そんな一言を言われるのにも飽きてきたので私は学院生活の3年間ニーナから隠れ切ることに決めた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる