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第4話 王子の真実と村での一夜
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村人たちが頭を下げる光景を前に、私は立ち尽くしていた。彼らが呼んだ「殿下」という言葉が耳の奥で何度も反響する。まさか――。雨の森で差し伸べられた手が、隣国の王子のものだったとは。
アレクは村人一人ひとりに声をかけ、気さくに笑みを交わしている。けれどその背に漂う気配は、昨夜の旅人ではなく、確かに人を率いる者の威厳をまとっていた。
それでも彼は、私に視線を戻すと不思議なほど自然に微笑んだ。
「セリーナ、驚いた顔をしているな」
「……驚くに決まっています。王子殿下だったなんて」
私の声は少し震えていた。敬語を整えようとしたが、彼は軽く首を振る。
「肩書きなど気にする必要はない。君が見た通りの人間が俺だ。昨日の森でも、今の俺も変わらない」
その言葉に胸が揺れる。けれど同時に、恐れが膨らむ。国を追われた聖女と王子――あまりにも釣り合わない。
◇
村の中央にある広場で、私たちは歓迎を受けた。木造の小さな集会所に通され、温かいシチューが振る舞われる。湯気とともに立ち上る香りに、胃が思わず鳴いた。
匙を取る手が震えるほどに空腹だったが、差し出された食事を前に涙が溢れそうになる。見知らぬ村で、こんなにも温かく迎えられるとは思っていなかったから。
アレクは私の様子をちらりと見て、言葉を選ぶように口を開いた。
「セリーナ、君がここにいることは誰にも害を及ぼさない。安心して食べるといい」
「……ありがとうございます」
匙を口に運ぶ。じゃがいもはほくほくで、ハーブの香りが鼻に抜ける。身体の隅々にまで温もりが届き、心まで満たされていく。
◇
食後、村の宿屋に案内された。といっても質素な木造りの家屋で、客室は一つだけだという。アレクは迷わず「彼女を休ませてくれ」と言い、自分は隣の納屋に泊まると告げた。
「殿下が納屋では……!」と村人が慌てると、彼は笑って言った。
「構わない。俺には外でも眠れる自信がある。だが、セリーナは違う。彼女を第一に」
その一言に、胸がまた熱くなる。どうしてここまで私を気遣ってくれるのだろう。出会ったばかりの、追放された女に。
部屋に入ると、小さなベッドと机がひとつ。窓からは夕焼けが差し込み、藁葺き屋根の向こうに赤い光が広がっていた。
「殿下……いえ、アレクさん」
思わず呼び止めると、彼は扉の前で立ち止まった。
「私は、この国では何者でもありません。あなたの隣にいる資格もないはずです。それなのに、どうして……」
言葉が途切れる。喉の奥が熱くなり、視線が揺れる。
アレクは静かに振り返り、真っ直ぐに私を見つめた。
「君は資格で隣にいるのではない。俺が望んで隣にいてほしいんだ」
その瞳は炎のように揺らぎもなく、胸に突き刺さる。言葉を返せずに俯く私の前まで歩み寄り、彼はそっと手を伸ばした。
「今日は疲れただろう。休むんだ。君がここで眠れるよう、俺は外で見張っている」
その掌が髪に触れ、優しく撫でる。熱いものが瞼に溢れそうになる。
「……おやすみなさい」
震える声で告げると、アレクは静かに扉を閉めた。
◇
ベッドに横たわっても、眠りはすぐには訪れなかった。窓の外から虫の音と、遠くで聞こえる馬のいななき。夜の静けさの中で、扉の向こうにいる彼の気配を確かに感じる。
国に裏切られ、居場所を失ったはずの私に、こうして温かな居場所を与えてくれる人がいる。
――この手を、もう二度と離したくない。
そう願ったとき、初めて胸の奥から涙が零れた。孤独ではないと知る涙だった。
アレクは村人一人ひとりに声をかけ、気さくに笑みを交わしている。けれどその背に漂う気配は、昨夜の旅人ではなく、確かに人を率いる者の威厳をまとっていた。
それでも彼は、私に視線を戻すと不思議なほど自然に微笑んだ。
「セリーナ、驚いた顔をしているな」
「……驚くに決まっています。王子殿下だったなんて」
私の声は少し震えていた。敬語を整えようとしたが、彼は軽く首を振る。
「肩書きなど気にする必要はない。君が見た通りの人間が俺だ。昨日の森でも、今の俺も変わらない」
その言葉に胸が揺れる。けれど同時に、恐れが膨らむ。国を追われた聖女と王子――あまりにも釣り合わない。
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匙を取る手が震えるほどに空腹だったが、差し出された食事を前に涙が溢れそうになる。見知らぬ村で、こんなにも温かく迎えられるとは思っていなかったから。
アレクは私の様子をちらりと見て、言葉を選ぶように口を開いた。
「セリーナ、君がここにいることは誰にも害を及ぼさない。安心して食べるといい」
「……ありがとうございます」
匙を口に運ぶ。じゃがいもはほくほくで、ハーブの香りが鼻に抜ける。身体の隅々にまで温もりが届き、心まで満たされていく。
◇
食後、村の宿屋に案内された。といっても質素な木造りの家屋で、客室は一つだけだという。アレクは迷わず「彼女を休ませてくれ」と言い、自分は隣の納屋に泊まると告げた。
「殿下が納屋では……!」と村人が慌てると、彼は笑って言った。
「構わない。俺には外でも眠れる自信がある。だが、セリーナは違う。彼女を第一に」
その一言に、胸がまた熱くなる。どうしてここまで私を気遣ってくれるのだろう。出会ったばかりの、追放された女に。
部屋に入ると、小さなベッドと机がひとつ。窓からは夕焼けが差し込み、藁葺き屋根の向こうに赤い光が広がっていた。
「殿下……いえ、アレクさん」
思わず呼び止めると、彼は扉の前で立ち止まった。
「私は、この国では何者でもありません。あなたの隣にいる資格もないはずです。それなのに、どうして……」
言葉が途切れる。喉の奥が熱くなり、視線が揺れる。
アレクは静かに振り返り、真っ直ぐに私を見つめた。
「君は資格で隣にいるのではない。俺が望んで隣にいてほしいんだ」
その瞳は炎のように揺らぎもなく、胸に突き刺さる。言葉を返せずに俯く私の前まで歩み寄り、彼はそっと手を伸ばした。
「今日は疲れただろう。休むんだ。君がここで眠れるよう、俺は外で見張っている」
その掌が髪に触れ、優しく撫でる。熱いものが瞼に溢れそうになる。
「……おやすみなさい」
震える声で告げると、アレクは静かに扉を閉めた。
◇
ベッドに横たわっても、眠りはすぐには訪れなかった。窓の外から虫の音と、遠くで聞こえる馬のいななき。夜の静けさの中で、扉の向こうにいる彼の気配を確かに感じる。
国に裏切られ、居場所を失ったはずの私に、こうして温かな居場所を与えてくれる人がいる。
――この手を、もう二度と離したくない。
そう願ったとき、初めて胸の奥から涙が零れた。孤独ではないと知る涙だった。
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