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第9話 王城の日常と役立ちたい心
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王都に迎えられてから数日。晩餐の緊張から少しずつ心も落ち着き、私は城の中の生活に慣れ始めていた。
朝は鐘の音で目を覚まし、侍女と共に身支度を整える。広い石造りの廊下を歩くたびに、窓から差し込む光が床に模様を描き、私の影を伸ばしていく。
最初は周囲の視線が怖かった。追放された聖女と噂される私を、誰もが好意的に受け入れているわけではない。けれど侍女たちの中には、柔らかな笑顔を向けてくれる者もいた。
「セリーナ様、もしよろしければ刺繍の手ほどきをいたします」
栗色の髪をした若い侍女が、糸と布を差し出してくれた。私は驚きながらも受け取り、ぎこちなく針を動かした。糸は思うように進まないが、彼女が根気よく教えてくれるうちに、形になっていく。
「……少し楽しいかもしれません」
思わず口にすると、侍女は嬉しそうに微笑んだ。追放の烙印を押されて以来、誰かに「できる」と言ってもらう機会がほとんどなかった。小さな針仕事ですら、心を温めてくれる。
◇
午後は庭園でマリアンヌと過ごした。王女は本を抱え、芝生に座って私に声をかける。
「セリーナ、本を読むのは好き?」
「ええ。祈りの書ばかりでしたけど……」
「なら、これを。恋物語よ。とても甘くて、きっとあなたも好きになるわ」
彼女が差し出した本を受け取ると、装丁は繊細で、金の装飾が光っていた。王族の妹らしい趣味に微笑ましくなる。
マリアンヌは花を摘みながら、いたずらっぽく言った。
「お兄様のこと、どう思ってる?」
心臓が大きく跳ね、言葉が出ない。王女は私の沈黙を楽しむように微笑み、摘んだ花を私の髪に挿した。
「顔を見れば十分にわかるわ。大丈夫、私は応援する側だから」
その言葉に頬が熱を帯びた。城の中で味方になってくれる存在がいることが、どれほど心強いことか。
◇
日が傾き始めた頃、私は厨房を訪れた。そこでは料理人たちが大きな鍋をかき混ぜ、パンを焼き、慌ただしく動いていた。
「すみません、何かお手伝いできることはありますか?」
問いかけると、一瞬の沈黙。次いで料理長らしき年配の男が眉をひそめた。
「聖女様に雑事をさせるわけには……」
「いいえ、聖女ではありません。今の私はただの客人です。何か小さなことでも」
その真剣な声に、彼はしばらく考え込み、やがて野菜の籠を差し出した。
「では、これを洗っていただけますか」
私は袖をまくり、井戸水で野菜を一つひとつ丁寧に洗った。水の冷たさが指に沁みる。それでも、不思議な充実感が胸を満たした。何かを誰かのためにできる――それは祈りに似た喜びだった。
やがて夕餉に並んだスープを口にした侍女たちが「野菜が瑞々しい」と口々に言うのを耳にしたとき、胸に小さな灯がともった。
◇
夜、回廊を歩いていると、アレクが迎えに来ていた。書類を抱えていたが、私を見るとすぐに歩調を緩める。
「今日はどう過ごした?」
「……少しですが、厨房を手伝いました」
彼の目が驚きに見開かれ、すぐに柔らかな笑みに変わる。
「君は本当に、放っておけない人だな。誰もがやらないことをやろうとする」
「迷惑でしたか?」
「いいや。誇らしい」
その一言が心を震わせる。自分の小さな行いが、誰かの役に立ち、彼に誇らしいと思ってもらえる。それが何よりも嬉しかった。
◇
部屋に戻ると、窓の外に月が昇っていた。青白い光が床を照らし、影が長く伸びる。私はベッドに腰を下ろし、胸に手を当てた。
――守られるだけではなく、自分にできることを探そう。
それがどれほど小さなことでも、私にしかできない役割を見つけたい。
心に芽生えたその思いは、月光のように静かだが確かな光となって、胸の奥で揺らめき続けた。
朝は鐘の音で目を覚まし、侍女と共に身支度を整える。広い石造りの廊下を歩くたびに、窓から差し込む光が床に模様を描き、私の影を伸ばしていく。
最初は周囲の視線が怖かった。追放された聖女と噂される私を、誰もが好意的に受け入れているわけではない。けれど侍女たちの中には、柔らかな笑顔を向けてくれる者もいた。
「セリーナ様、もしよろしければ刺繍の手ほどきをいたします」
栗色の髪をした若い侍女が、糸と布を差し出してくれた。私は驚きながらも受け取り、ぎこちなく針を動かした。糸は思うように進まないが、彼女が根気よく教えてくれるうちに、形になっていく。
「……少し楽しいかもしれません」
思わず口にすると、侍女は嬉しそうに微笑んだ。追放の烙印を押されて以来、誰かに「できる」と言ってもらう機会がほとんどなかった。小さな針仕事ですら、心を温めてくれる。
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午後は庭園でマリアンヌと過ごした。王女は本を抱え、芝生に座って私に声をかける。
「セリーナ、本を読むのは好き?」
「ええ。祈りの書ばかりでしたけど……」
「なら、これを。恋物語よ。とても甘くて、きっとあなたも好きになるわ」
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マリアンヌは花を摘みながら、いたずらっぽく言った。
「お兄様のこと、どう思ってる?」
心臓が大きく跳ね、言葉が出ない。王女は私の沈黙を楽しむように微笑み、摘んだ花を私の髪に挿した。
「顔を見れば十分にわかるわ。大丈夫、私は応援する側だから」
その言葉に頬が熱を帯びた。城の中で味方になってくれる存在がいることが、どれほど心強いことか。
◇
日が傾き始めた頃、私は厨房を訪れた。そこでは料理人たちが大きな鍋をかき混ぜ、パンを焼き、慌ただしく動いていた。
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「聖女様に雑事をさせるわけには……」
「いいえ、聖女ではありません。今の私はただの客人です。何か小さなことでも」
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「では、これを洗っていただけますか」
私は袖をまくり、井戸水で野菜を一つひとつ丁寧に洗った。水の冷たさが指に沁みる。それでも、不思議な充実感が胸を満たした。何かを誰かのためにできる――それは祈りに似た喜びだった。
やがて夕餉に並んだスープを口にした侍女たちが「野菜が瑞々しい」と口々に言うのを耳にしたとき、胸に小さな灯がともった。
◇
夜、回廊を歩いていると、アレクが迎えに来ていた。書類を抱えていたが、私を見るとすぐに歩調を緩める。
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「……少しですが、厨房を手伝いました」
彼の目が驚きに見開かれ、すぐに柔らかな笑みに変わる。
「君は本当に、放っておけない人だな。誰もがやらないことをやろうとする」
「迷惑でしたか?」
「いいや。誇らしい」
その一言が心を震わせる。自分の小さな行いが、誰かの役に立ち、彼に誇らしいと思ってもらえる。それが何よりも嬉しかった。
◇
部屋に戻ると、窓の外に月が昇っていた。青白い光が床を照らし、影が長く伸びる。私はベッドに腰を下ろし、胸に手を当てた。
――守られるだけではなく、自分にできることを探そう。
それがどれほど小さなことでも、私にしかできない役割を見つけたい。
心に芽生えたその思いは、月光のように静かだが確かな光となって、胸の奥で揺らめき続けた。
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