10 / 41
第10話 囁かれる声と揺るがぬ手
しおりを挟む
王城での日々が少しずつ形を持ちはじめていた。侍女たちとの会話やマリアンヌとの時間、厨房でのささやかな手伝い――小さな積み重ねが心を和ませる。けれど、その裏側で私に向けられる視線のすべてが温かいわけではなかった。
廊下を歩くと、ふと耳に届く囁き。
「……あれが追放された聖女か」
「殿下に取り入ったのでは?」
「真実は魔女なのだろう」
足を止めるわけにはいかず、そのまま歩き続ける。けれど声の刃は背に突き刺さり、心を冷やした。
◇
午後、庭園で花に水をやっていると、若い侍女が近づいてきた。目を伏せ、言いにくそうにしている。
「セリーナ様……お気を悪くなさらないでください。皆が噂しているのは、ただ殿下を心配してのことです」
「心配……?」
「はい。殿下はお優しすぎる。だからこそ、周囲はあなたを……」
言葉を濁した彼女に礼を言い、微笑んで返すしかなかった。だが心は重く沈む。優しさが彼を縛ってしまうのではないか。私がここにいることで、彼の立場を危うくしてしまうのでは――。
花に落ちた水滴が陽光に光る。それは美しいのに、私の胸には澱のような不安が溜まっていく。
◇
夕刻、城下町に出かける用事があり、アレクが同行を申し出た。石畳の道には人々の声があふれ、露店からは香辛料や焼き菓子の匂いが漂う。子どもたちが駆け回り、笑い声が響く。
けれど、私に気づいた者の中には視線を避ける者もいた。笑みを浮かべる人々の背で、囁きがまた生まれる。
「魔女が殿下と……」
「城に入れるなど、信じられない」
足が止まりそうになる。その瞬間、アレクが私の手を取った。温かく、迷いのない力だった。
「聞くな。彼らの声は真実ではない」
「でも……」
「俺が知っているのは君の姿だけだ。雨の森で立ち上がり、誰よりも自分を責めながら、それでも歩き続けた君だ」
人々のざわめきの中、彼の声だけが真っ直ぐに胸に届く。掴まれた手から熱が広がり、不安を押し流していく。
◇
城へ戻る途中、馬車の窓から外を眺める。夕暮れの光が石畳を黄金色に染め、人々の影が長く伸びていた。彼らの囁きは消えないかもしれない。だが、それ以上に彼の言葉が確かな支えとなって残っている。
――この手を信じたい。
そう思ったとき、心の中で揺れていた不安が少しずつ静まっていく。
「セリーナ」
名を呼ばれ、振り返るとアレクが真剣な瞳で見つめていた。
「君を守ることは俺の義務ではない。俺の望みだ。だから迷わず、俺の隣にいてくれ」
胸が熱くなり、涙がこぼれそうになる。私は強く頷いた。
◇
その夜、部屋に戻ると窓の外には満月が輝いていた。青白い光が床を照らし、影が長く伸びる。
胸に残るのは、彼の温かな手の感触。囁きは消えないだろう。けれど、そのすべてを上書きするように、彼の声が心に刻まれていた。
――私は彼の隣にいる。迷わず、胸を張って。
静かな夜に、そう誓った。
廊下を歩くと、ふと耳に届く囁き。
「……あれが追放された聖女か」
「殿下に取り入ったのでは?」
「真実は魔女なのだろう」
足を止めるわけにはいかず、そのまま歩き続ける。けれど声の刃は背に突き刺さり、心を冷やした。
◇
午後、庭園で花に水をやっていると、若い侍女が近づいてきた。目を伏せ、言いにくそうにしている。
「セリーナ様……お気を悪くなさらないでください。皆が噂しているのは、ただ殿下を心配してのことです」
「心配……?」
「はい。殿下はお優しすぎる。だからこそ、周囲はあなたを……」
言葉を濁した彼女に礼を言い、微笑んで返すしかなかった。だが心は重く沈む。優しさが彼を縛ってしまうのではないか。私がここにいることで、彼の立場を危うくしてしまうのでは――。
花に落ちた水滴が陽光に光る。それは美しいのに、私の胸には澱のような不安が溜まっていく。
◇
夕刻、城下町に出かける用事があり、アレクが同行を申し出た。石畳の道には人々の声があふれ、露店からは香辛料や焼き菓子の匂いが漂う。子どもたちが駆け回り、笑い声が響く。
けれど、私に気づいた者の中には視線を避ける者もいた。笑みを浮かべる人々の背で、囁きがまた生まれる。
「魔女が殿下と……」
「城に入れるなど、信じられない」
足が止まりそうになる。その瞬間、アレクが私の手を取った。温かく、迷いのない力だった。
「聞くな。彼らの声は真実ではない」
「でも……」
「俺が知っているのは君の姿だけだ。雨の森で立ち上がり、誰よりも自分を責めながら、それでも歩き続けた君だ」
人々のざわめきの中、彼の声だけが真っ直ぐに胸に届く。掴まれた手から熱が広がり、不安を押し流していく。
◇
城へ戻る途中、馬車の窓から外を眺める。夕暮れの光が石畳を黄金色に染め、人々の影が長く伸びていた。彼らの囁きは消えないかもしれない。だが、それ以上に彼の言葉が確かな支えとなって残っている。
――この手を信じたい。
そう思ったとき、心の中で揺れていた不安が少しずつ静まっていく。
「セリーナ」
名を呼ばれ、振り返るとアレクが真剣な瞳で見つめていた。
「君を守ることは俺の義務ではない。俺の望みだ。だから迷わず、俺の隣にいてくれ」
胸が熱くなり、涙がこぼれそうになる。私は強く頷いた。
◇
その夜、部屋に戻ると窓の外には満月が輝いていた。青白い光が床を照らし、影が長く伸びる。
胸に残るのは、彼の温かな手の感触。囁きは消えないだろう。けれど、そのすべてを上書きするように、彼の声が心に刻まれていた。
――私は彼の隣にいる。迷わず、胸を張って。
静かな夜に、そう誓った。
0
あなたにおすすめの小説
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
ギルド受付嬢は今日も見送る~平凡な私がのんびりと暮らす街にやってきた、少し不思議な魔術師との日常~
弥生紗和
ファンタジー
【完結】私はギルド受付嬢のエルナ。魔物を倒す「討伐者」に依頼を紹介し、彼らを見送る毎日だ。最近ギルドにやってきたアレイスさんという魔術師は、綺麗な顔をした素敵な男性でとても優しい。平凡で代わり映えのしない毎日が、彼のおかげでとても楽しい。でもアレイスさんには何か秘密がありそうだ。
一方のアレイスは、真っすぐで優しいエルナに次第に重い感情を抱き始める――
恋愛はゆっくりと進展しつつ、アレイスの激重愛がチラチラと。大きな事件やバトルは起こりません。こんな街で暮らしたい、と思えるような素敵な街「ミルデン」の日常と、小さな事件を描きます。
大人女性向けの異世界スローライフをお楽しみください。
西洋風異世界ですが、実際のヨーロッパとは異なります。魔法が当たり前にある世界です。食べ物とかファッションとか、かなり自由に書いてます。あくまで「こんな世界があったらいいな」ということで、ご容赦ください。
※サブタイトルで「魔術師アレイス~」となっているエピソードは、アレイス側から見たお話となります。
この作品は小説家になろう、カクヨムでも公開しています。
虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました
たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。
『嫌われ令嬢ですが、最終的に溺愛される予定です』
由香
恋愛
貴族令嬢エマは、自分が周囲から嫌われていると信じて疑わなかった。
婚約者である侯爵令息レオンからも距離を取られ、冷たい視線を向けられている――そう思っていたのに。
ある日、思いがけず聞いてしまった彼の本音。
「君を嫌ったことなど、一度もない」
それは誤解とすれ違いが重なっただけの、両片思いだった。
勘違いから始まる、甘くて優しい溺愛恋物語。
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
田舎暮らしの貧乏令嬢、幽閉王子のお世話係になりました〜七年後の殿下が甘すぎるのですが!〜
侑子
恋愛
「リーシャ。僕がどれだけ君に会いたかったかわかる? 一人前と認められるまで魔塔から出られないのは知っていたけど、まさか七年もかかるなんて思っていなくて、リーシャに会いたくて死ぬかと思ったよ」
十五歳の時、父が作った借金のために、いつ魔力暴走を起こすかわからない危険な第二王子のお世話係をしていたリーシャ。
弟と同じ四つ年下の彼は、とても賢くて優しく、可愛らしい王子様だった。
お世話をする内に仲良くなれたと思っていたのに、彼はある日突然、世界最高の魔法使いたちが集うという魔塔へと旅立ってしまう。
七年後、二十二歳になったリーシャの前に現れたのは、成長し、十八歳になって成人した彼だった!
以前とは全く違う姿に戸惑うリーシャ。
その上、七年も音沙汰がなかったのに、彼は昔のことを忘れていないどころか、とんでもなく甘々な態度で接してくる。
一方、自分の息子ではない第二王子を疎んで幽閉状態に追い込んでいた王妃は、戻ってきた彼のことが気に入らないようで……。
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
『人間嫌いの狐王に、契約妻として嫁いだら溺愛が止まりません』
由香
ファンタジー
人間嫌いで知られる狐族の王・玄耀に、“契約上の妻”として嫁いだ少女・紗夜。
「感情は不要。契約が終われば離縁だ」
そう告げられたはずなのに、共に暮らすうち、冷酷な王は彼女だけに甘さを隠さなくなっていく。
やがて結ばれる“番”の契約、そして王妃宣言――。
契約結婚から始まる、人外王の溺愛が止まらない和風あやかし恋愛譚。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる