濡れ衣を着せられ、パーティーを追放されたおっさん、実は最強スキルの持ち主でした。復讐なんてしません。田舎でのんびりスローライフ。

さら

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第10話 おっさんのスローライフは続く
 朝の光は穏やかで、窓から差し込む陽射しが床に細長い帯を描いていた。鳥の声が遠くで重なり、風が家の外壁を撫でる音が、規則正しく耳に届く。俺はゆっくりと目を開け、しばらく天井の梁を眺めていた。目覚めの瞬間に、次の依頼や討伐の段取りが浮かばない。それだけで、胸の奥が静かになる。
 体を起こし、外套を羽織って外に出る。村はすでに動き始めていて、畑に向かう足音や、家畜の鳴き声が交じる。空気は澄み、森の縁から漂う匂いも穏やかだ。危険を示すざらつきは、どこにもない。
「……いい朝だ」
 独り言は、誰にも聞かれないまま消えた。
 井戸のそばで水を汲んでいると、薬師の女が近づいてきた。
「弓使いの方、今朝は自分で起き上がれました」
「そうか」
「街へ戻ると言っています。……謝りたい、と」
 俺は少し考え、首を振った。
「無理に会わせなくていい。回復したなら、それで十分だ」
 彼女は一瞬だけ迷う表情を見せ、それから頷いた。
「分かりました」
 それで話は終わる。余計な言葉はいらない。
 畑に出て、鍬を手に取る。土は昨日より柔らかく、手に馴染む。畝を整え、種を落とし、軽く土をかぶせる。動作は単純だが、無駄がない。どこに力を入れ、どこを抜くか、考えなくても体が知っている。
 しばらくすると、子どもたちが畑の端に集まってきた。
「おじさん、これ、芽でる?」
 小さな指が、土の盛り上がりを指す。
「出る」
「ほんと?」
「手を出さなければな」
 子どもたちは顔を見合わせ、真剣に頷いた。
 昼前、村の外れに馬の音がした。ギルドでも王都でもない。通りすがりの商人だ。バルトが対応しているのを遠目に確認し、俺は畑を続けた。ここにいる限り、俺が前に出る理由はない。
 昼食は簡単なものだったが、村の女たちが焼いたパンが回ってきた。
「食べて」
 差し出されたそれを受け取り、黙って礼を言う。パンは温かく、噛むたびに香ばしさが広がった。
 午後、家の修繕の続きをする。屋根の隙間を塞ぎ、壁板を補強する。工具の音が、家に新しい時間を刻んでいく。作業の合間、森の方を見ると、獣の影が遠くを横切った。だが、近づく気配はない。互いに距離を保つ、それでいい。
 夕方、焚き火の準備をしていると、バルトが近づいてきた。
「街へ戻る冒険者がいた」
「……ああ」
「お前さんのこと、聞かれたが……」
 俺は手を止め、首を振った。
「畑をやってるって言っとけ」
 バルトは笑った。
「それで通じるのが、不思議だな」
「通じなくていい」
 焚き火に火を入れ、鍋をかける。炎が立ち上がり、ぱちりと音を立てる。空は赤く染まり、やがて紫に沈む。村の明かりが一つ、また一つと灯った。
 火を眺めながら、ふと思う。かつて、強さは前に出るためのものだった。仲間を守るため、結果を出すため、認められるため。今は違う。強さは、ここに留まるためにある。壊さず、奪わず、ただ、穏やかに保つためのものだ。
「……これでいい」
 誰に言うでもなく、そう呟く。
 夜、家に戻り、寝床に横になる。外では風が森を渡り、村を撫でていく。明日も畑があり、修繕があり、静かな一日が続く。それでいい。
 目を閉じる直前、胸の奥に、確かな安堵が落ちた。復讐もしない。名声も求めない。ただ、この場所で、のんびりと生きる。
 それが、今の俺の選んだ最強の生き方だった。
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