濡れ衣を着せられ、パーティーを追放されたおっさん、実は最強スキルの持ち主でした。復讐なんてしません。田舎でのんびりスローライフ。

さら

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第9話 本当の居場所
 夕暮れが村を包み、畑の土は昼の熱をまだ少しだけ残していた。鍬を振るうたび、柔らかくなった土が返り、湿った匂いが立ち上る。空は橙から紫へと静かに色を移し、遠くの森は影の塊になっていく。俺は一定のリズムで腕を動かしながら、呼吸を整えていた。
「ガルド」
 背後から声がして、鍬を止める。薬師の女が、籠を抱えて立っていた。
「今日は、ここまででいいと思います」
「まだ、少し残ってる」
「村の皆が、もう十分だって」
 彼女はそう言って、畑の向こうを示した。そこでは、何人かの村人がこちらを見て、気まずそうに視線を逸らしている。
「……分かった」
 鍬を地面に立て、手の土を払う。作業をやめると、体の奥に心地よい疲れが広がった。
 家に戻る途中、子どもたちが走ってきた。
「おじさん!」
「これ!」
 一人が、歪な形の木彫りを差し出す。動物のつもりなのだろうが、何とも言えない姿だ。
「……もらっていいのか」
「うん!」
 素直に受け取ると、子どもたちは満足そうに頷き、また走り去っていった。
 家の中は、すっかり生活の匂いが染みついていた。修繕した棚には道具と食料が整然と並び、床も以前の荒れた感じはない。俺は木彫りを棚の端に置き、外套を脱いだ。
 その夜、弓使いの容体を見に行く。彼はまだ寝ていたが、顔色は昨日より良い。胸の上下も安定している。
「……助かる命は、助かった」
 薬師が小声で言った。
「ああ」
 それだけで十分だった。
 夜半、村の中央で焚き火が上がった。特別な行事ではない。ただ、人が自然と集まっただけだ。俺も呼ばれ、火のそばに腰を下ろす。
「ガルド」
 バルトが酒瓶を差し出す。
「一口くらい、いいだろ」
 断る理由はなかった。瓶を受け取り、少しだけ口をつける。喉が焼ける感覚が、悪くない。
「王都の連中、また来るかもしれん」
 バルトが低い声で言った。
「分かってる」
「それでも、ここにいるか?」
 焚き火を見つめながら、少し考える。追放された日のこと、森での戦い、弓使いの謝罪。すべてが、もう遠い。
「いる」
 短く答えた。
 バルトは頷き、それ以上は何も言わなかった。
 焚き火の向こうで、誰かが笑う。子どもの声が弾み、年寄りが咳払いをする。静かだが、確かな生活の音だ。
 その夜、家に戻り、寝床に横になる。天井の梁を見上げながら、胸の奥に温かいものが広がるのを感じた。冒険者としての居場所は失ったが、代わりに、別の場所ができた。それでいい。
 目を閉じると、眠りはすぐに訪れた。夢は見なかった。ただ、朝が来ることを疑わない、深い眠りだった。
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