無能扱いで王城を追われた令嬢の私、辺境で開花したチート才能を見出した冷徹公爵様に独占的な溺愛と永遠の寵愛を誓われ今さら土下座されてももう遅い

さら

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第4話 初めての発見

 翌日、夜明けとともに屋敷の鐘が鳴り響いた。澄んだ音が雪原の空気を震わせ、まだ眠っていた鳥たちを驚かせる。私はその音で目を覚まし、厚手の外套を羽織って部屋を出た。
 廊下の窓から外をのぞくと、夜のうちにさらに雪が積もっている。屋根の上では白い粉雪が朝日に照らされて光り、煙突からは薄く白煙が立ちのぼっていた。
 ――辺境の朝は、まるで別の世界のようだ。
 王都のきらびやかな鐘の音よりもずっと静かで、冷たく、けれど不思議と心が安らぐ。

 食堂に入ると、すでにアレクシスが席に着いていた。黒い衣服に身を包み、手には書類を持っている。暖炉の火がその横顔を照らし、灰色の瞳が淡く輝いて見えた。

「おはようございます、アレクシス様」

「おはよう。……よく眠れたか?」

「はい。昨日よりも少しだけ、この地の空気に慣れた気がします」

「ならば上出来だ」

 それだけ言うと、彼は静かにスープを口にした。
 マルタがパンと温かいハーブティーを運んでくる。
 私は向かいに座り、スプーンを手に取った。

「今日は、あの魔具を改良してみようと思います」

「ふむ。どんな仕組みを試す?」

「今の装置は共鳴だけで動いていますが、周囲の空気の流れも取り込めるようにすれば、もっと安定するはずです」

「空気……つまり、環境との同調だな」

「ええ。生き物と同じで、魔具も“呼吸”ができれば長持ちするんです」

 私の言葉に、アレクシスは一瞬だけ笑った。
 それは冷たい微笑ではなく、静かに楽しむようなものだった。

「君の考え方は、王都の学者とはまるで違う。理屈よりも感覚を信じるのか」

「たぶん、そうなんです。理屈を追うと、音が遠ざかってしまうから」

「音……か。君の言う“共鳴”の正体は、私にはまだ掴めん」

「私にも掴めません。でも、感じるんです。生きている世界が、どこかで私を呼んでいるのを」

 そのとき、窓の外で光が弾けた。
 降り続いていた雪が陽に照らされ、一瞬だけ白金に輝く。
 私とアレクシスの視線が、自然とそこに向かう。
 彼が静かに呟いた。

「……君は不思議な女だ、レティシア」

「そうでしょうか?」

「ああ。まるで、氷の中から春を探しているようだ」

 その言葉の意味を咀嚼する間もなく、彼は立ち上がった。
 背の高い影が光を遮り、灰色の瞳が真っ直ぐこちらを見た。

「作業場を見せよう。君の研究には道具が必要だろう」

「ありがとうございます。ぜひ――」

 彼が扉を開くと、冷たい風が一気に流れ込んだ。
 白い息が舞い上がり、屋敷の外の雪原が広がる。



 工房は屋敷の裏手にあった。石造りの建物の中には、古い工具と魔導具が並び、壁には図面や数式が貼られている。
 中央の作業台には、昨日修復した魔具が置かれていた。
 私は袖をまくり、慎重にそれを手に取る。

「この金属の輪、古代式ですね。鉄でも銀でもない……何かの合金?」

「そうらしい。解析班でも特定できなかった」

「でも、反応が柔らかい。まるで音を吸うみたいに」

「音を吸う?」

「はい。普通の魔具は魔力を“流す”のに、これは“響き”を“蓄える”性質があります。だから時間を置くと、また動くんです」

 私は装置に触れ、微かな振動を感じ取った。
 金属の輪の奥から、かすかな拍動が伝わる。
 昨日よりも強い――まるで、目を覚まし始めた心臓のよう。

「動き始めています」

「君が触れてから、だ」

 アレクシスの声が低く響いた。
 私が顔を上げると、彼は真剣な眼差しでこちらを見つめている。
 その瞳の奥に、探究心と……わずかな感情の揺らぎ。

「……君には、古代魔具を呼び覚ます資質があるのかもしれん」

「そんな、大げさな」

「否定するな。辺境は過酷だが、君のような者がいれば変わる」

 彼の言葉が胸に刺さる。
 王都で「無能」と呼ばれた私に、誰かが“この地を変える力がある”と言ってくれる――それはあまりに重く、眩しい言葉だった。

「私にできるでしょうか……」

「できる。少なくとも、私はそう見る」

 灰色の瞳が、まっすぐに私を見据えていた。
 その視線に、体の奥が熱くなる。
 息を飲み、ただ小さく頷いた。

「……はい」

 その瞬間、金属の輪が強く光を放った。
 青銀の光が弾け、部屋中に反射する。
 アレクシスが咄嗟に手を伸ばし、私の肩を引き寄せた。

 光の衝撃が過ぎると、装置は静かに回転していた。
 氷の結晶が溶けるような音がして、空気が柔らかくなる。
 魔具は完全に蘇り、温かな熱を放っていた。

「……成功、です」

 私の声は震えていた。
 アレクシスがそっと手を離す。だが、肩に残る感触が消えない。

「やはり、君の力は本物だ」

「……ありがとうございます」

「礼は要らん。これは始まりにすぎない」

 その言葉のあと、静寂が訪れた。
 雪の外光が差し込み、二人の影を長く伸ばす。
 共鳴の音はまだ部屋の奥で鳴り続けていた。

 それは私の心臓の鼓動と重なり、まるでこの世界そのものが、アレクシスと私を祝福しているように感じられた。




 翌朝、私はまだ薄暗い時間に目を覚ました。窓の外は一晩でさらに雪が積もり、屋根の端から垂れた氷柱が朝の光を淡く反射していた。外気は凍りつくほど冷たいのに、胸の奥では昨日の共鳴音がまだ残っていて、心だけが妙に熱い。
 机の上の魔具は静かに輝きを保ち、金属の輪の内側で光が緩やかに巡っている。動いている。今も――私の“音”に応えて。

 扉を叩く音がして、マルタの声がした。
「お嬢さん、朝食ですよ。雪がひどいですから、あったかくしてお出でなさい」
 私は慌てて外套を羽織り、階段を下りた。廊下ではノアが桶を運んでおり、彼は私を見ると目を丸くして笑った。
「おはようございます、レティシア様! 昨日の魔具の話、聞きましたよ! 公爵様、珍しく嬉しそうでした!」
「う、嬉しそう……?」
「ええ、いつも眉間に皺寄せて難しい顔してるのに、昨日はそれが少し緩んでたんです。使用人の間じゃ話題ですよ」
 ノアは子犬のように無邪気な笑顔を見せた。
 その言葉に、胸が妙にくすぐったくなる。彼が笑った、たったそれだけのことなのに。

 食堂に入ると、アレクシスが窓辺に立っていた。黒衣の肩には雪の名残が光り、朝の光が灰色の瞳を透かしている。
「おはようございます」
 私がそう言うと、彼は短く頷いた。
「おはよう。――装置の調子は?」
「問題ありません。夜通し安定して稼働していました」
「ほう」
 興味を引かれたように近づき、腕を組む。その姿勢には威圧感があるのに、不思議と心は落ち着いた。

「報告は後で聞こう。今日は領民たちに暖炉を供給する魔具の修復を頼みたい」
「領民の……」
「この地では燃料が限られている。君の共鳴式が役立つはずだ」
 私はその言葉に力強く頷いた。王都では誰にも求められなかった力が、ここでは“必要”とされている。
 その事実だけで、身体が軽くなるような気がした。

 外に出ると、雪が頬に当たって冷たい。だがその冷たささえ心地よかった。
 村へ向かう馬車の中、アレクシスはほとんど口を開かず、窓の外を見ていた。
 沈黙が長く続く。けれど、嫌な沈黙ではない。
 車輪の音、馬の息、風の音。全てが溶け合い、まるで世界が一つの旋律を奏でているようだった。

 村に着くと、白い息を吐きながら人々が私たちを出迎えた。粗末な家々の煙突からはかすかな煙が上がり、子どもたちが手を振っている。
「公爵様! 暖炉が、もう三日も火を吹かねぇんです!」
 老人の声に、アレクシスは頷いた。
「心配するな。この者が直す」
 そう言って、彼は私を指し示した。
 一斉に向けられる期待の視線。私は息を吸い込み、壊れた暖炉の前にしゃがんだ。

 金属の部品は黒く焦げ、内部の魔石はひび割れていた。
 けれど――生きている。まだ、かすかな音がある。
「大丈夫。少し時間をください」
 私は両手を伸ばし、石の表面に触れた。
 雪明かりの中で光が生まれる。指先から伝わる共鳴の波。
 ――カァン。
 透明な音が広がり、空気がふるえた。
 周囲の人々が息を呑む。子どもたちが目を丸くして見つめる。
 次の瞬間、暖炉の奥で火が弾けた。赤い炎が立ち上がり、部屋いっぱいに温もりが広がる。

「……ついた」
 老女が両手を合わせ、誰かが歓声を上げた。
 その光景を見て、胸の奥が熱くなる。
 王都では笑われ、追われた私の手が、いま、誰かの笑顔を生んでいる。

 アレクシスが一歩近づいた。
「見事だ、レティシア。領民がこれで凍えずに済む」
「……私、できました。ちゃんと」
「君の力はこの地に必要だ。自覚しておけ」
 低く静かな声。その響きが、炎の音と混じり、心に染み込んでいく。

 村の子どもが私に駆け寄り、笑顔でリンゴを差し出した。
「これ、おねえちゃんに!」
 思わず笑みがこぼれる。
「ありがとう。とても嬉しいわ」

 空を見上げると、雪がやみ、雲の切れ間から青い光が差していた。
 アレクシスがその空を見上げ、小さく呟く。
「……まるで春の兆しだな」

 彼の横顔を見た瞬間、胸が跳ねた。
 冷たく整ったその輪郭に、初めて微かな微笑みが宿っている。
 雪解けの音が遠くで鳴った気がした。
 その日、私は初めて“自分がここに生きている”と実感した。
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