無能扱いで王城を追われた令嬢の私、辺境で開花したチート才能を見出した冷徹公爵様に独占的な溺愛と永遠の寵愛を誓われ今さら土下座されてももう遅い

さら

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第8話 公爵の秘密

 翌朝。山から吹き下ろす風が一段と冷たくなり、屋敷の窓はうっすらと氷の花で覆われていた。朝靄の向こう、遠くの森は白く沈黙し、まだ眠っている。私は厚手のマントを肩に掛け、研究室へ向かった。夜のうちに調整した共鳴石の回路を、アレクシスに見せる約束をしていたのだ。
 廊下を抜け、扉を開けると、すでに彼はそこにいた。黒い外套のまま、窓辺で黙って外を見ている。薄い光が灰色の瞳に差し込み、彼の表情を静かに照らした。

「おはようございます、アレクシス様」

「おはよう、レティシア。今朝は早いな」

「興奮して眠れなくて……昨日の装置、安定稼働を確認しました。温度制御も正常です」

 私がそう言うと、アレクシスはわずかに目を細めた。
「本当に、君の共鳴式は常識を覆すな。王都の学者なら三日かかる修理を、一晩で終わらせるとは」

「いえ……ただ、音を聞くだけです」

 彼は小さく笑った。
「音、か。君にとっては、それがすべてなんだな」

 その声はいつもより柔らかく、胸の奥に温かく残った。



 装置の調整を終えたあと、アレクシスは「少し付き合え」と言って屋敷の外に出た。
 雪の積もる庭を抜け、裏山の小道を登っていく。冷たい空気が肺に染み、足跡が二人分、並んで続く。

「この先に、私が見せたいものがある」

「見せたいもの……?」

 やがて木々の間から石造りの建物が現れた。
 小さな礼拝堂のような佇まい。だが壁の隙間からは古びた機械の部品が覗き、屋根には魔力導管が走っている。

「これは……」

「昔、私の父が作った“共鳴装置”だ」

 アレクシスの声は低く、静かに雪を踏む音と混じった。

「父は、この地の寒冷を制御する装置を研究していた。だが、実験の最中に暴走が起き、父は……ここで命を落とした」

「――そんな……」

「その日から、私は人を信じるのをやめた。どれだけ知識を積もうと、人の心の軽率さひとつで、全ては壊れる。王都の研究者たちは事故の責任を私に押し付け、父の名も笑った」

 灰銀の瞳が一瞬、曇る。
 彼が冷徹と呼ばれるようになった理由を、私はようやく理解した。
 失ったのは地位でも名誉でもない――信頼だったのだ。

「……アレクシス様」

「君の共鳴式を見たとき、思った。父が追い続けた“世界を繋ぐ音”が、まだどこかで生きているのではないかと」

 彼の手が、古い装置の表面に触れる。
 指先がわずかに震えていた。
 私は迷わず、その手に自分の手を重ねた。

「……もう一度、やり直しましょう。お父様が夢見たものを、今度はあなたと一緒に」

 アレクシスは静かに目を閉じた。
 その瞳の奥で、何かがほどけていくのが見えた。

「……君は不思議だな。私は長い間、雪のように冷たいままで生きてきたのに」

「雪も、太陽を待っています」

 彼の唇がわずかに弧を描いた。
 その笑みはほんの一瞬のものだったが、氷が解ける音が確かに聞こえた気がした。



 礼拝堂を出るころ、雪はやみ、薄日が差していた。
 道の途中でアレクシスが立ち止まり、私の肩に外套をかける。

「冷える。手が赤い」

「大丈夫です。……それより、あなたが笑うなんて、珍しいですね」

「笑っていたか?」

「ええ、少しだけ。でもとても、いい顔でした」

 彼はわずかに息を吐き、呟く。

「なら、たまには悪くないな」

 そう言って歩き出す彼の背中を見ながら、私は思った。
 この人の中に閉ざされた“冬”を、私は少しずつ溶かしていけるのかもしれない。

 雪解けの音が、二人の足音と混じりながら、遠くへと続いていく。
 世界はまだ白いままだが、私の心の中には確かな春の色が灯っていた。
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