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第10話 舞踏会の準備
〇
伯爵家にとって秋の舞踏会は一大行事だという。屋敷中の使用人が慌ただしく駆け回り、廊下には磨き込まれた燭台や新しく運ばれた花瓶が並び始めていた。私は朝からミリアム様に付き添い、長いリストを片手に部屋を一つ一つ点検して回った。
「カーテンの裾にほつれがあるわ。今すぐ繕いなさい」
「はい」
針と糸を手に取り、ひたすら縫い進める。孤児院時代に破れた服を繕った経験が、ここで役に立つとは思わなかった。布に針を通すたびに、胸の奥が少しだけ誇らしくなる。
昼には台所に呼ばれ、料理長ハロルド様から命じられた。
「数十人分の皿を磨け。指紋一つでも残すな」
山のように積まれた皿を前に、思わず目を丸くする。だが手を止めている暇はない。布で磨き続け、光を取り戻した皿が次々に積み上がっていく。その反射に、まるで自分の努力が映し出されているようで胸が熱くなった。
△
夕方、舞踏会用の装飾が運び込まれた。大広間の天井から吊るされたシャンデリアは、数え切れないほどのクリスタルが光を散らしている。私は脚立に登り、花飾りを壁に留めながら息を呑んだ。これほど華やかな光景を間近で見るのは初めてだ。
「エリナ、足元に気をつけろ」
下から声が響いた。見下ろすと、アレクシス様がこちらを見上げていた。思わず胸が高鳴る。
「大丈夫です!」
答えた途端、花びらが一枚はらりと舞い落ち、彼の肩にとまった。アレクシス様はそれを摘み取り、わずかに口元を緩める。
「似合っているな、この屋敷に」
それが花のことなのか、私のことなのか分からず、頬が赤くなる。急いで作業に戻り、胸の鼓動を抑え込んだ。
準備の合間、リズが近づいてきた。目を細め、囁くように言う。
「舞踏会の夜、裏方に徹していればいいのよ。絶対に表には出ないこと。いいわね?」
その言葉には棘があった。けれど、私は小さく頷いた。今は反論するより、やるべきことに集中しよう。
◇
夜が訪れるころ、大広間は完成していた。輝くシャンデリア、赤い絨毯、壁一面に飾られた花々。準備を終えた使用人たちが一斉に息を吐き、成し遂げた達成感が漂う。
「よくやったな」
アレクシス様が全員を見渡し、静かに告げた。その灰色の瞳が一瞬だけ私に留まり、温かな光を宿す。胸が高鳴り、思わず視線を逸らす。
「舞踏会は明日だ。今日の働きに感謝する」
皆が頭を下げる中、私は心の奥で静かに誓った。明日、どんなに華やかな夜になろうとも、裏方として全力を尽くす――それが今の自分にできる最大の務めだと。
けれど同時に、胸の奥では小さな予感が芽生えていた。舞踏会という大きな舞台が、私と伯爵様の距離をまた変えてしまうのではないか、と。
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伯爵家にとって秋の舞踏会は一大行事だという。屋敷中の使用人が慌ただしく駆け回り、廊下には磨き込まれた燭台や新しく運ばれた花瓶が並び始めていた。私は朝からミリアム様に付き添い、長いリストを片手に部屋を一つ一つ点検して回った。
「カーテンの裾にほつれがあるわ。今すぐ繕いなさい」
「はい」
針と糸を手に取り、ひたすら縫い進める。孤児院時代に破れた服を繕った経験が、ここで役に立つとは思わなかった。布に針を通すたびに、胸の奥が少しだけ誇らしくなる。
昼には台所に呼ばれ、料理長ハロルド様から命じられた。
「数十人分の皿を磨け。指紋一つでも残すな」
山のように積まれた皿を前に、思わず目を丸くする。だが手を止めている暇はない。布で磨き続け、光を取り戻した皿が次々に積み上がっていく。その反射に、まるで自分の努力が映し出されているようで胸が熱くなった。
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夕方、舞踏会用の装飾が運び込まれた。大広間の天井から吊るされたシャンデリアは、数え切れないほどのクリスタルが光を散らしている。私は脚立に登り、花飾りを壁に留めながら息を呑んだ。これほど華やかな光景を間近で見るのは初めてだ。
「エリナ、足元に気をつけろ」
下から声が響いた。見下ろすと、アレクシス様がこちらを見上げていた。思わず胸が高鳴る。
「大丈夫です!」
答えた途端、花びらが一枚はらりと舞い落ち、彼の肩にとまった。アレクシス様はそれを摘み取り、わずかに口元を緩める。
「似合っているな、この屋敷に」
それが花のことなのか、私のことなのか分からず、頬が赤くなる。急いで作業に戻り、胸の鼓動を抑え込んだ。
準備の合間、リズが近づいてきた。目を細め、囁くように言う。
「舞踏会の夜、裏方に徹していればいいのよ。絶対に表には出ないこと。いいわね?」
その言葉には棘があった。けれど、私は小さく頷いた。今は反論するより、やるべきことに集中しよう。
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夜が訪れるころ、大広間は完成していた。輝くシャンデリア、赤い絨毯、壁一面に飾られた花々。準備を終えた使用人たちが一斉に息を吐き、成し遂げた達成感が漂う。
「よくやったな」
アレクシス様が全員を見渡し、静かに告げた。その灰色の瞳が一瞬だけ私に留まり、温かな光を宿す。胸が高鳴り、思わず視線を逸らす。
「舞踏会は明日だ。今日の働きに感謝する」
皆が頭を下げる中、私は心の奥で静かに誓った。明日、どんなに華やかな夜になろうとも、裏方として全力を尽くす――それが今の自分にできる最大の務めだと。
けれど同時に、胸の奥では小さな予感が芽生えていた。舞踏会という大きな舞台が、私と伯爵様の距離をまた変えてしまうのではないか、と。
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