現人神の花嫁

静木

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救いの手

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「……もう寝ましょう」



 自分以外の声を聞くこともなく心細さが募っていく。
 朝にならなければ動くことは出来ない。茣蓙ござに寝転がり、余った部分を身体にかけてみた。それでもただただ寒さが身に堪える。
 秋ともなれば、夜は急激に冷え込むのだ。
 疲れも相まってうつらうつらしていると外が嵐の様相を呈してきた。ガタガタと戸を叩く風の音が次第に強まっていく。



「寒い……寒い……」



 すっかりと気温は下がり、体温は奪われていく。畳の上に一枚敷いただけの茣蓙ではどうすることも出来ない。
 どうにかくるまってみても隙間風が入り込む。うまく暖は取れず、手はかじかんで動かせなくなっていく。



 ――やっぱり、ダメかもしれない。



 次第に意識が遠退き、段々と生への執着が薄れていく。



 ――最初から何も分からなかったんだ。もう頑張る必要もない。



 震える手は既に自分の意思では動かすことは出来なかった。



 ――ガタンッ



 寒さに耐え、どれくらいの時間が経っただろうか。入り口から物音がしたような気がした。ぼんやりとした意識のまま何が来てもどうでもいいとアヤは諦めた。野生動物が入り込もうとしていても対抗する術もない。それでも熊に喰われるのだけはごめんだと思いながら目を強く瞑った。



「……おや、困ったな。先客がいたのかい」



 戸口から困惑した男の声がする。この家の主だろうか。それともただの幻聴か。



「――どうして、君がこんなところに」



 状況を把握したくとも寒さで震えが止まらない。
 どうやらアヤの状態に気づいたのか。慌てた男の声が近くなった。



「いや、疑問は後にしよう。大丈夫か」



 身体を揺さぶられ、薄らいでいた意識が段々と戻って来る。男が手にしてきたのだろう提灯が部屋の中を照らしていた。
 いつの間にか嵐は去っていたのだ。男の着物は濡れていなかった。



「部屋を暖める。今はそれでも着ていろ」



 男は羽織を脱ぎそっとアヤの身体にかけた。
 しかし、すっかり冷えてしまったアヤの身体はがたがたと震えるばかり。



「仕方ない。自力ではもう動けないのだろう。火を移すまでどうにか待っていてくれ」



 男は慣れた手つきで細かい薪を割り、提灯のロウソクから火を移す。しばらくすると火が大きく燃え上がり、部屋が温まってきた。ようやくわずかに開くようになった瞼を持ち上げ、アヤは様子を伺う。薪をくべている男からは敵意は感じ取れない。
 囲炉裏の火に照らされて、横顔が見えた。想像していたよりも若く、柔和な雰囲気を纏っている。緩く結った長い髪が印象的だっだ。
 こんな夜更けに山奥の小屋へ来るような人間には見えない。この小屋の持ち主だとしても疑問は残る。
 何か事情があるのかもしれない。そう思ったが声を発する気力も失っていた。



「朝になったら屋敷へ連れていく。それまで何とか耐えてくれ」



 不意に男が近づいてきた。
 腕に力を入れようとしてもまだ動くことは出来ない。



「上着はそれだけでね。失礼するよ」
「……っ!?」



 そう言って男は軽々とアヤを抱え上げた。見た目によらず並みの力があるようだ。上着に包まれたまま囲炉裏の前に座らされた。



「もっと火の近くに来てあたるといい。動けないなら私が支えるから」



 ほら、とアヤの身体を起こし、後ろから抱きしめた。抵抗しようにも何をすることも出来ない。ただ、この人は自分を助けたくてやっているのだと理解出来た。
 腕を男に支えられながら火に手をかざす。じんわりと手に伝わる熱に安心感が増す。背に感じる温かさには慣れなかったが、悪いものではなかった。



「怖がらなくていい。人の体温が一番というだけだ。本当は……いや、何でもない」



 冷え切った耳に吐息が触れる。ほとんど感覚がないが、わずかにくすぐったさを感じた。



「眠いかい。これくらい部屋が暖まれば凍えることもないだろう。私が火を見ているから大丈夫だ。安心して眠るといい」



 先程まで寝ていた畳の冷たさと打って変わり、人肌の温かさに不安がほどけていく。
 ああ、そうだ。私は助かったのだと安堵してアヤは意識を手放した。
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