秘密の切り札

宵の月

文字の大きさ
2 / 5

中編 1

しおりを挟む

(………いつもより、人が少ない……)

 いつもなら護衛の騎士や、侍女がいるはずの廊下は人気がなかった。部屋に出ると瞬く間に見つかり部屋に連れ戻されていたアデーレにとっては都合がいいが、籠絡しようにもその相手がいないのは困る。

 (騎士様がいてくれたら……)

 キョロキョロと辺りを見回しながら歩いていると、先の角から話し声が聞こえてきた。ぱっと顔を輝かせ、アデーレは足を早めた。
 わざとぶつかって部屋に運んでもらい、そこで誘惑して籠絡。こんな作戦しか思いつかないが、成功したら使えると証明できる。
 美貌と身体。簡単にはいかないかもしれないが、他ならぬフェリオルが武器になると言っていた。やってみせる。アデーレは目の前に迫った角に思い切って踏み出した。

 「…………への襲撃は、4日後の………」
 
 ドンッと伝わってきた衝撃に、小さく悲鳴を上げて大げさに倒れ込む。高まった緊張に騒がしい鼓動を抑え込みながら、アデーレは伏せた顔を渾身の力でそっと上げた。
 上げた視界にぶつかった文官姿の青年。驚いたように小さく声を上げた騎士。そして目を見開いたフェリオル。

 「………アデーレ!」
 「……っ!!フェリオル様!!」

 しまった。そう思った瞬間に、フェリオルの目が剣呑に細められた。

 「………アデーレ、ここで何をしている!」
 「フェリオル様、あの………きゃあっ!」

 不穏な声音にアデーレは縮こまり、必死に取りなそうとする頭からばさりと上着を被せられた。そのままフェリオルに抱え上げられる。

 「あ、あの……違うんです……!!」
 「黙れ。言い訳は部屋で聞いてやる!」
 「えっ……あの!!助けて……!!」

 バタバタと暴れるアデーレをものともせずに、のしのしとフェリオルが元来た道をアデーレを抱えたまま進んでいく。
 その声に滲む怒気に、アデーレは一緒にいた文官と騎士に瞳を縋らせた。二人ははっきりと視線をそらしていた。見て見ぬふりをされた。アデーレが愕然としている間に、部屋にたどり着き乱暴に寝台に放り込まれる。

 「部屋から出るなと言ったはずだな?」
 「あ、あの……フェリオル様……」
 「言ったはずだな?」
 「………はい……ですが……!」
 「言い訳するな!お前の姿を見られただろう!」
 「…………あっ………考え、たらずでした………申し訳、ありません……」
 
 言い訳しようと必死になっていたアデーレは、事の重大さに気付いて瞳を伏せて俯いた。

 「………アデーレ?」
 「申し訳ありません……顔を知られていないことも私の価値であったのに……浅はかでした。ちゃんとお役に立てると証明したいばかりに……」
 
 味方にさえアデーレの姿を隠す。フェリオルはそれほど慎重に事を運んでいたのだ。来たるべき時のために。部屋から出さないのもそのためで……。ようやくそれに思い至って、自分の行動の浅慮にアデーレは唇を噛み締めた。

 「………………なぜあそこにいた?」
 「……証明したかったのです。間諜としてお役に立てると。誰かを誘惑し、籠絡できたなら父と弟のために使えると分かっていただけると……」
 「…………なんだと?」
 「このまま時が過ぎることに焦っておりました。父達は今このときも、苦しんでいるかもしれない……。ですが私は未だ翻弄されるまま、なんの成果も出せておりません。顔を知られていないことが価値であることに思い至らぬほどの焦りに、成果を出して認めていただこうと……。申し訳ありません……」
 「………それで誰かを誘惑して籠絡するために部屋を抜け出した、と?」
 「………はい……フェリオル様以外の方ならば、成果を出せるのではと思ったのです……」
 「……………ふざけた事を!!」

 悄然と俯いたアデーレの頭上に、フェリオルの怒声と奥歯を軋らせる音が届いた。それでもアデーレは懸命に声を押し出した。

 「………ですが一刻も早く父と弟を………っ!!こうしている間にも、どんなにひどい目に合わされているか………!!」

 絞り出すようなアデーレの涙に揺れる声に、フェリオルは沈黙し深くため息をついた。
 そっと顔を上げたアデーレの涙を拭いながら、フェリオルはなんとも言えない表情を浮かべていた。小首を傾げたアデーレに、ギシリとフェリオルが寝台に腰を落とす。額を覆ってしばらく黙り込んでいたがゆっくりとアデーレを振り返った。

 「……あ、あの………」
 「お前の父と弟は無事だ。」
 「本当に……?」

 家族の安否に顔色を明るくしたアデーレに、フェリオルは頷き現状を話し出す。

 「……お前の父と弟を捕らえさせる証拠を捏造したのはデフクリト男爵だ。3日前に拘束されている。」
 「拘束されている?では……?」
 「だが、デフクリトに指示した者はまだ捕らえられていない。フェルーディオ侯爵の後釜として、現宰相位にいるのはジリバルド公爵だ。」

 アデーレが息を詰め、静かにわなわな唇を震わせる。その唇を指でなぞりフェリオルは瞳の奥を不穏に煌めかせた。

 「ジリバルド公爵は現王弟派閥の筆頭家門だ。」
 「……えっ……まさか………?」
 「王弟の放蕩の噂は知っているか?」

 青褪めた顔色のままアデーレが頷く。

 「父と弟から聞いたことがあります。年若い貴族子息と共に、いかがわしいお店に出入りしては問題を起こしている、と。今の年頃の貴族子息できちんとした身持ちの方を探すのは難しいとも言っていました。」

 フェリオルは呆れたようにため息をつく。まるで歳の釣り合う貴族令息全てが、王弟の取り巻きとでも言わんばかりの物言いだ。

 「…………ゼディフィスもそう言っていたのか?」
 「はい。あの……弟を知っているのですか?」

 成人前の弟は第二王子の側近候補として出仕している。その弟も父同様に、遊ぶことしか考えない奴らばかりだと嘆いていた。
 迷いなく頷くアデーレに、フェリオルは眉を顰めた。なんとも言えない表情に、アデーレは首を傾げる。

 「ゼディフィスは第二王子の側近だろう?」
 「はい。」
 「第一王子と第二王子の話は?」
 「多少は。第二王子は優秀だけれど未だ未熟。第一王子は面倒くさがりの怠惰な怠け者と……。」

 フェリオルは苦虫をすり潰して、口いっぱいに頬ばったような顔をした。

 「…………………そうか………」
 「あの…………?」
 「お前の父と弟はお前と歳の釣り合う男は、全員節操なしの能なしか、昼行灯のぼんくらにしておきたいらしい。」
 「……なぜそんなことを?」

 小首を傾げるアデーレを、フェリオルはじっと見つめたあとしばし沈黙した。

 「………いや、いい。」
 
 一体、どれだけ嫁に出したくないのか。貴族令息で王弟の取り巻きになるおかしなのは、ごく一部で大半はまとも。王弟は確かにとんでもないアホだが、他の王子は宰相もゼディフィスとも気安い仲だ。

 「………第一王子はお前の父が師となって教育し、第二王子はお前の弟と共に教育を受けている親友だ。」
 
 第一王子は確かに皇太子を拒否してる。膨大な執務をこなしていても、面倒くさがりの怠け者。優秀な第一王子の補佐を希望している第二王子は未成人。あと半年で成人する親友は、未成人だから未熟者呼ばわり。親ばかとシスコンをこじらせている。

 「……そう、なのですね……?」

 曖昧に頷いたアデーレに、フェリオルはにっこりと微笑みかけた。

 「………父と弟の言が正確なのかはいずれ分かる。」
 「はい。」

 その笑みに不穏さを感じてアデーレはそっと身を引いた。フェリオルは不機嫌そうに顔をしかめ、アデーレの腕を掴んだ。

 「今回の一件は陛下が倒れたのを機に、王弟が画策した謀略だ。お前の父は親バカなのはともかく優秀だ。宰相であるうちは王弟にいたずらに国政の舵取りは任せない。今回の件は……。いや、助け出した後で父親に確認するといい。」
 「では王弟殿下が私の……」

 ぐっと瞳を強くしたアデーレをじっと見つめ、フェリオルはゆっくりと獰猛に目を細めた。

 「………人の口の端にのぼるほど、放蕩に耽る王弟だぞ?今のお前で籠絡できるのか?誰かを誘惑して籠絡するつもりだったんだろ?どうやるつもりだったんだ?実演して見せろ。」
 
 獰猛な肉食獣のようにニヤリと嗤うフェリオルに、アデーレは怖れと期待が湧き上がる。
 澄み渡る空色の瞳に射竦められ、アデーレは促されるまま衣服を肌に滑らせた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

【完結】番としか子供が産まれない世界で

さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。 何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。 そんなニーナが番に出会うまで 4話完結 出会えたところで話は終わってます。

女の子がほとんど産まれない国に転生しました。

さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。 100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳 そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。 当面は2日に1話更新予定!

婚約者の様子がおかしいので尾行したら、隠し妻と子供がいました

Kouei
恋愛
婚約者の様子がおかしい… ご両親が事故で亡くなったばかりだと分かっているけれど…何かがおかしいわ。 忌明けを過ぎて…もう2か月近く会っていないし。 だから私は婚約者を尾行した。 するとそこで目にしたのは、婚約者そっくりの小さな男の子と美しい女性と一緒にいる彼の姿だった。 まさかっ 隠し妻と子供がいたなんて!!! ※誤字脱字報告ありがとうございます。 ※この作品は、他サイトにも投稿しています。

世間知らずな山ごもり薬師は、××な騎士団長の性癖淫愛から逃げ出せない

二位関りをん
恋愛
平民薬師・クララは国境沿いの深い山奥で暮らしながら、魔法薬の研究に没頭している。招集が下れば山を下りて麓にある病院や娼館で診察補助をしたりしているが、世間知らずなのに変わりはない。 ある日、山の中で倒れている男性を発見。彼はなんと騎士団長・レイルドで女嫌いの噂を持つ人物だった。 当然女嫌いの噂なんて知らないクララは良心に従い彼を助け、治療を施す。 だが、レイルドには隠している秘密……性癖があった。 ――君の××××、触らせてもらえないだろうか?

婚約解消されたら隣にいた男に攫われて、強請るまで抱かれたんですけど?〜暴君の暴君が暴君過ぎた話〜

紬あおい
恋愛
婚約解消された瞬間「俺が貰う」と連れ去られ、もっとしてと強請るまで抱き潰されたお話。 連れ去った強引な男は、実は一途で高貴な人だった。

過去の名君は仮初の王に暴かれる

沖果南
恋愛
とある騎士の長い長い片思いのお話です。しょっぱなからせっせしてるので注意してください。

処理中です...