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1章

3話

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 僕はレッグホルスターに収めていた予備の短剣を取り出し、狂精霊に短剣を正眼に構える。

(……【防壁《シールド》防壁シールド】!)

 僕は心臓部から血を流す狂精霊と対峙しながら、【防壁】を張り直す。

(……来るなら来い! 何度でもこの短剣を突き立ててやる!)

 短剣と小盾を構え、狂精霊が飛びかかってくるのを待つ。狂精霊はしばらくじっとしていたが、何を思ったのか先程僕が心臓に刺した短剣を拾い上げる。

 訝しげに狂精霊を見ていると…狂精霊は持っていた短剣を僕に向かって投げる。
 ビュン! 狂精霊が投げた短剣は僕の方へ勢いよく向かい、【防壁】に当たってカランッと落ちる。【防壁】がパリンッと音をさせて砕け散ると同時に、狂精霊が僕に向かって疾走する。

(しまった! 【防壁】を破るために短剣を拾って投げたのか……!)

 急いで【防壁】を張り直そうとするが、狂精霊は僕が魔法を完成させる前に僕に肉迫し、その右腕を振るう。怪物の膂力をもって振られた右腕は、盾を持っていた左腕ごと僕を横っ飛びに吹き飛ばす。

「ガハッ……!」

 吹き飛ばされた僕は肺にあった空気を強制的に吐き出さされ、次いで訪れる痛みに顔を苦渋に歪める。そんな僕の様子にもお構いなしに、狂精霊は僕の命を絶とうと歯を剥き出しにしながら迫ってくる。

「ギシャァーーー!」

 僕は左手の小盾を両手で押さえ、盾を体の正面に構え、狂精霊に思い切り突っ込む。接触!
 ドゴッという音を立て、狂精霊と僕は接触点から左右に吹き飛ぶ。重い体を無理矢理起こし、僕と狂精霊は互いに睨み合う。

(……【防壁】!)

 僕は【防壁】を張り直す。
 睨み合っていると、狂精霊は突如背を向け、走る。

(逃げる気か、いや違う! 狂精霊の狙いは……)

 狂精霊は先程投げた短剣を拾う。

(さっきの再現か!)

 狂精霊は短剣を拾うと、確実に当たる距離まで僕との距離を縮め、短剣を投げる。
 パリンッ。【防壁】が音を響かせ、砕け散る。狂精霊は一気に僕に襲いかかり、僕が張った2枚目・・・の【防壁】にぶち当たる。

(間に合った!)

 僕は間髪入れず、尻餅をつき倒れている狂精霊のガラ空きの胸に短剣を袈裟斬りにする。

「うおおぉぉぉーーーーー!」

 短剣の袈裟斬りに苦しみ、狂精霊が耳をつんざくような奇声を上げる。

「ギャー!ギャー!ギャオォーーーー!」

(はぁ、はぁ、勝った! 狂精霊は放っておけば死ぬ。僕の勝ちだ!)

 狂精霊の奇声が止むのをじっと待っていると、奇声が突然止む。

「ギャ、ギャ……」

(どうしたんだ? 僕を見て怯えている? いや違う!)

 僕がバッと後ろを振り返ると、それは洞窟の横穴から姿を表す。
 4メートルはあるだろうか、明らかに僕の倍以上の体長に筋骨隆々の肉体、右手には大剣を持っている。後ろにいる狂精霊とのあまりにもの差に狂精霊ではないのではないかと思うが、その暗い紫色の肌と頭部から出るいくつもの角が目の前の存在を狂精霊だと告げる。

(ひっ……。なんなんだこの怪物は!)

 僕は咄嗟に【ステータス閲覧】を行う。

名前 : 繧ソ繧ヲ繝ォ繧ケ
種族 : 精霊
Lv:???

(レベルが見えない!? どうなっているんだ!?)

 僕が目の前の怪物に混乱していると、バキッという音を聞き、目の前が真っ暗になる。そして気がつくと洞窟の天井を見ていた。

(何が起きたんだ!?)

 僕が体を起こそうとすると、左腕に激痛がはしる。

「~~~~~~~!?」

 僕は声にならない声を出し、激痛に耐える。

(これは……完全に折れてる!あの怪物にやられたのか!?)

 僕は怪物を探し出そうと顔を上げ、当たりを見回すと怪物が視界に入る。先程僕が追い詰めた狂精霊は体を左右に断たれ、その生命活動が絶たれていることを僕に告げる。怪物はのそっ、のそっと僕へと近づいてくる。

「ひぃっ!」

 慌てて立ち上がり、怪物から背を向け一目散に逃げ出そうとする。すると怪物はドンッという音と共に僕との距離を一瞬で詰め、僕の左脚を握る。
 ベキッという音が左脚から鳴ったかと思うと、怪物は人形を投げるように僕を空中に投げる。着地後、体中をぶつけながらズサーッと転がり、壁にぶつかってやっと止まる。

「ぐはっ!」

 僕は口から血を吐き出し、怪物を見る。
 ニィーッ。怪物は口端を吊り上げ、先程と同じようにのそっ、のそっと僕に向かって歩いてくる。

(こいつ……楽しんでいる! 僕を甚振って楽しんでいるんだ!)

 僕はまだ使い物になる右腕と右脚を使い、壁伝いに逃げる。

「はぁっ……はぁっ……!」

 僕は脇目も振らず逃げた。
 怪物は今の状況を楽しんでいるのか、時折先回りすると僕の進行方向を塞ぎ、ゆっくりとした足取りで僕に近づいてくる。僕はその度に進行方向を変え、怪物から出来るだけ離れようと必死で逃げ出した。

 すると、程なくして行き止まりに突き当たる。そこは広く開かれた部屋で辺りには数十に及ぶ狂精霊の死骸が見るも無惨な状態で無造作に転がされている。
 慌てて踵を返そうとするが、進行方向に立つ怪物がそれを許さない。僕は後退り、程なくして背中が壁に当たる。

(ははっ……。初めからこの怪物の手のひらの上だったんだ。僕を追い詰めてその姿を見て楽しんでいたんだ……。)

 絶望し、その場に力無く崩れ落ちる。僕が崩れ落ちるとゆっくりと近づいてきた怪物は僕を死なない程度に撫でるように壁へと吹き飛ばす。

(こいつ……ここまで来ても僕をゆっくり甚振ってから殺すつもりだ)

 怪物は何度も僕を撫で、僕の命が擦り切れるさまを口を喜色に歪め楽しむ。やがて僕が動けなくなると、怪物は僕のはらわたを食い始めた。生きながらにして僕は自分のはらわたを食われる様を見つめ、走馬灯を浮かべる。

(ああ、思えば前世でも今世でもまったく良いことなんて無かったなぁ……。前世では久しぶりに近づいてきた友人に金目のもの全部持っていかれるし、今世でも散々パシられて僕は搾取されてばかりだ……。こんな人生で良かったのかなぁ………………良いわけないだろ!!!)

 途端、僕は火がつく。

(前世も今世も散々何もかも奪われまくってこんな人生で良いわけねぇ!!!)

 僕は目の前で僕に食らいつく怪物を睨みつける。

(テメェも何食ってやがる! 俺から奪ってんじゃねぇぞ!)

 僕は偶然、側に転がっていた短剣を拾い、思い切り怪物の目に振る。怪物は油断していたのか、あっさりと短剣は怪物の左目に突き刺さる。

「ブモォォォォーーーーーー!」

 怪物は左目を両手で押さえ、苦しむ。

「ハッハッハッハッハッハッハ!!!」

 僕は怪物の様子に哄笑をあげる。

(フハハハハ! 奪ってやったぜ! 俺があの怪物から! ざまぁみろってんだ!)

 僕が笑い続けていると、怪物は怒りの形相で僕を睨み、地面に落ちた大剣を拾い上げ、僕に振り下ろした。
 グチャッ!

(もし次の人生があるんなら……今度は何も奪わせはしない!)

 僕は消えゆく命の灯火の中、決断し、やがて完全に意識を消した。



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「…………スキル保持者の死亡を確認。転生者特典【シシャソセイ】が発動しました」


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