上 下
5 / 12
1章

5話

しおりを挟む

 【狂精の墓場】からの脱出を目論み、部屋から出た僕は絶賛迷子になっていた。

(うーん、怪物に襲われた時に脇目も振らずに逃げたからなぁ……。現在地がまったく掴めないよ)

 こんな状況でも不思議と、僕の心は慌てていなかった。

(新しく現れたスキルのせいか知らないけど、何故かあんまり焦りは感じないなぁ……。怖い目に遭って感覚が麻痺してるのか? けどそんな感じはしないんだよなぁ……)

 布に包んだ短剣で、通った道に目印をつけながら洞窟の中を当てもなく足を進める。



ーーーーーーーーーー



しばらく足を進めていると、狂精霊が遠くにいるのが目に入る。

(【女面鳥王ハーピリアの眼】の効果のおかげか、洞窟内が明るく見えるようになったからあんなに遠くにいても分かる様になってしまった。向こうもまだこっちに気づいてないようだし……。まずはレベルを確認しよう)

 僕は【ステータス閲覧】を行っていた時のように意識して、【女面鳥王の眼】で狂精霊を見る。


名前 : 繝舌?繧オ繧ッ
種族 : 精霊
Lv:5


(レベル5か……。俺はレベル3の狂精霊にも苦戦してたし本来なら逃げるべきなんだろうけど)

 なぜか僕の中で逃げるという選択肢はなかった。

(【隷王れいおうの書】っていうスキルも試してみたいし、気絶を狙ってみるか……)

 僕は背中に巻いた大剣をそーっと抜き、ゆっくりと狂精霊に近づく。

(まずは奇襲できる距離まで近づく……!)

 抜き足差し足で慎重に狂精霊との距離を縮める。

(あと3歩……2歩……1歩……今だ!)

 背を向ける狂精霊に僕は疾駆する。

(えっ……! 速すぎる!)

 僕は自分が想定していた速さをゆうに超えて、一瞬で距離を詰めた。

(とりあえず自分の体の異常は置いといて……まずは目の前の敵を倒す!)

 未だ背を向ける狂精霊の後頭部を大剣の剣身で思い切り叩きつける。ドゴッという音を立て、狂精霊は体を前方に何度も回転させ、何メートルも離れたところでやっと止まる。

(何か想定以上に威力が乗っちゃったけど……生きてるよな?)

 狂精霊に近づき、その生死を確認する。狂精霊は瀕死ではあるようだが、ビクンビクンと体を震わせていることから、生きているようだ。

(生きててよかった……! とりあえず【隷王の書】とやらを試してみよう)

 僕は意識して【隷王の書】を発動する。手に黒い幾何学模様の本が現れる。本が現れた事を確認し、僕は【隷王の書】の一章と思われる僕が唯一読める箇所を読む。

「αετθοαδγξλζψμρυιπσφηκχωνε,αζρσχτδψυφωθγβιηνοξμπκλ……」

 意味は分からないが何故か発音だけは分かる本を読み続ける。

「αζεσχρδψτφωυγβθηνιξμοκπλ,αρστζδυχφθψγιωη,οβξπνκμλε!」

 僕が本を読み終えると、倒れていた狂精霊の下に円形の魔法陣が現れる。魔法陣が現れると共に狂精霊は一際体を震わせる。魔法陣は吸い込まれそうな紫色の光を放ち、やがて一際強い光を放った後、魔法陣はゆっくりと消える。

『精霊を一体、支配下に置きました。個体名【ノール】。名前を変更しますか?』

 魔法陣が消えると、僕の頭に機械音のような声でアナウンスが聞こえ、目の前にウィンドウが現れる。さらに、目の前にいた狂精霊はその姿を変えていた。狂精霊の特徴である頭部の角と暗い紫色の肌は消え、醜かった顔は中世的な顔立ちに変わり、体には茶色のローブを着込み、赤みを帯びた茶髪が肩まで伸びている。どう見ても精霊の男の子にしか見えなかった。

(一体どういうこと!? 狂精霊に新しいスキルを試したらその狂精霊が精霊の男の子に変わって!? いやホントにどういうこと? とりあえず名前は変えないっと……)

「うっ、うーん」

 目の前の状況に困惑していると、倒れていた精霊の少年は目を覚ます。

「あっ、あれ? ここはどこ? 真っ暗で何も見えないし! うわ~ん帰りたいよ~!」

 そう言って泣き喚き始めた精霊の少年に僕の精神力はさらに削られる。

(とりあえず、話しかけてみるか……)

「……こっ、こんにちはー。」

 僕が話しかけると少年はバッと振り返り、座ったまま壁まで後ずさる。

「だっ、誰!? うわ~ん、きっとここは盗賊のアジトなんだ!? 僕はこれから言葉にできないアレやコレをされるんだ~!?」

 少年は僕が話しかけると、堰を切ったように勢いを増して泣き喚く。僕は思わずげんなりする。

「あっ、あの……」
「うわ~ん!」
「ちょっと……」
「うわ~ん!」
「ちょっと口を閉じてくれる!」

 僕は思わず大きな声を上げる。すると少年は口を閉じたまま喚き出す。

「ん~、ん~~~!」

(こっ、これはもしかして……。僕が静かにしろって言ったから話せなくなったのか? これが【隷王の書】の『使役』の力か……。僕が命じればどんな命令でも聞くのか?)

 未だ口を閉じたまま喚く少年に命令する。

「落ち着け! そして静かに僕の話を聞け!」

 すると、喚き声がパタンと止み、少年は落ち着く。

(ほっ、本当に命令通りになった!とっ、とりあえず少年にしっかりと怪しい者じゃないことを話そう )

「やっ、やぁ。僕の名前はグレイ。そして今いるここは【狂精の墓場】って場所だよ。僕は……ちょっとした理由があってここに来ててね。ところで君の名前は?」

 僕が訪ねても眼を潤ませるばかりで少年は口を開かない。

(あっ! もしかして口を閉じろって命令したから話せないのか!)

 僕は慌てて命令を出す。

「口を開いてもいいよ」

 すると、少年はポツポツと話し出す。

「……僕の名前はノールって言います。……土属性の下級精霊です。……何でここにいるかは自分でもわかりません」

(僕的にはどうして狂精霊から精霊になったか気になるんだけど……。どうやら狂精霊だった時の記憶は無さそうだなぁ……)

 目の前の少年のことに一生懸命、考えを巡らすも当然ながら答えは出ない。

「はっ! そういえばここは【狂精の墓場】って言いましたか? うわ~ん、精霊界の中でもとびきり危ないっていわれる場所にいるなんて僕はここで死ぬんだ~!」

 僕はまた喚き出した精霊の少年、ノールに思わずため息を吐き、再度命令する。

「落ち着け! 君のことは僕がココから出してあげるから! 一緒にココから出よう!」

 僕がそう言うと、ノールはコクンと頷く。僕は若干の不安を感じながら、ノールと一緒に【狂精の墓場】の出口を探すべく歩き出した。
しおりを挟む

処理中です...