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1章

12話

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「はぁ……。カヴァリエの主よ。お主には話そう。この【狂精の墓場】が何故できたのか、過去に何があったかをな……」

 老人はポツポツと語り出す。

「そもそもこの精霊界はな、元々は精霊王という精霊の中の王が治めておったんじゃよ」
「……精霊王が……精霊界を……」

 知らない単語の連続に僕は頭にハテナを浮かべる。

「そうじゃ、精霊王が治めておった精霊界は魔力と自然に溢れ、差別もないそれは素晴らしい精霊にとっての楽園と言うに相応しい場所じゃった……」

 老人はその時の光景を思い浮かべ、天を仰ぐ。

「しかし、ある時精霊界に溢れる魔力の量が減り始めた。魔力を食べて生きるワシら精霊にとって自然に溢れる魔力の量はそれすなわち命に等しいものじゃ。その事実を知った精霊達の一部は騒ぎ始めた」

 話が進むごとにカヴァリエの眉間の皺が深くなる。

「中でも精霊王に苦言を呈していたのは今の精霊界を牛耳っている【五帝議会】の連中じゃ……!」
「五帝議会が……!」

 五帝議会というのは精霊界のあらゆる物事を取り決めている5人の帝級精霊からなる精霊界のトップである。

「奴らはその根回しの良さで精霊界の中級以上の精霊をまとめ、精霊界の魔力量が減ったのは人間と未契約の精霊達が増えたのが原因という考え方を精霊達にばら撒いた」
「未契約の精霊って言うことは……」
「そう、下級精霊達のことじゃ。奴らは瞬く間に精霊達の思想を染め上げた」

 その光景を想像し、僕はごくりと唾を飲む。

「表面上は精霊王が取りなすことによって落ち着いていたが、いつ不満が爆発してもおかしくなかった。そんなある時、奴らは魔力量の減少の原因を突き止めたと我々に報告した。わしらはもちろんすぐさまその原因の場所へと向かった」
「くっ……!」

 カヴァリエが悔しそうに歯噛みする。

「……それが罠じゃった。奴らは龍脈のある洞窟、今で言う【狂精の墓場】に精霊王を引き込み、精霊王を膨大な魔力で封印した……」

 龍脈というのは大量の魔力が溢れる魔力の源泉のようなものだ。

「魔力量の減少の原因は奴らじゃったんじゃ!奴らは魔封石という石で龍脈から魔力をたらふく吸い、精霊王を封印したのじゃ……」

 老人は目を伏せ、ため息を吐く。

「精霊王を封印してからの奴らの動きは早かった。自分達に従うもの以外は【狂精の墓場】に閉じ込め、帝級精霊を頂点とする今の精霊界を作り上げてしまった」

 老人の目からついに一筋の涙が流れ落ちる。

「つまり、この【狂精の墓場】という場所は精霊王様と彼に従った者達を幽閉する場所だということじゃ……」

 老人が話を終えると、場には静寂が流れる。

(……いきなりこんなことを言われても正直飲み込みきれない。僕に何ができるわけでもないし……)

 僕は頭の中でぐるぐると思考を巡らす。

「カヴァリエの主よ……。お主に何かをしてもらおうとは思わぬ。お主に何が起こっておったかわしは知っとる」
「知ってるって、本当ですか!?」

 老人の言葉に驚き、思わず老人の肩を掴む。

「うむ、お主がここから出られずに他の出口を探っとったことももう一人茶色の髪の少年を狂精霊から戻したこともおそらくお主自身が知らぬこともな……」

 老人の言葉に驚いて、僕は立ち尽くす。すると、カヴァリエが突然口を挟む。

「なに!? 私以外にも従者がおったのか! 私は聞いとらんぞ!」

 カヴァリエがなぜか急にぷりぷりと怒り出す。

「ハハハ……説明する暇が無くてね……」

 カヴァリエの勢いにタジタジになる。僕が迫るカヴァリエに困っていると、老人がチョップをカヴァリエの頭に振り下ろす。

「っーーーー!」

 カヴァリエは老人を非難がましく見る。

「グレイ殿と話ができぬであろう。お主は部屋の隅でじっとしておれ!」
「うぅ……!」

 非難がましい目を向けながらもカヴァリエは素直に従い、部屋の隅の方へ歩く。

 老人は場を仕切り直す。

「グレイ殿よ。お主、出口を探しているようじゃが、それは無駄じゃ。お主は地上に戻ることはできんよ」
「どっ、どういうことですか!?」

 老人の言葉に僕は慌てる。

「まぁまぁ、説明するから落ち着きなされ……。よいか、今のお主は精霊であって精霊でなくなっておるのじゃ」

 精霊であって精霊じゃない? どういうことだ。

「端的にいって今のお主は精霊と狂精霊が混じった半狂精霊といった存在になっておるのじゃ!」
「……半……狂精霊……!」

 老人から告げられた言葉は衝撃的であった。

「【狂精の墓場】の結界は狂精霊だけを弾く結界。半分狂精霊のお主が通れぬのは自明の理じゃ」
「そっ、そんな……」

 いつのまにか変質していた自分の身体にショックを受け、膝から崩れ落ちる。

(老人の言葉通りだと……一生洞窟暮らしか……)

「じゃが、洞窟から出られんわけじゃあない」

 老人の言葉に僕は顔を上げる。

「精霊界には戻れんが、人間界になら行ける。お主の体は複数の精霊が混じり合うことによって本来精霊にはない肉体ができておる。とどのつまり……受肉しておる」
「僕が……受肉……」

 老人は目を合わせ、語りかける。

「わしがお主を人間界に送り届けてやる!」

 僕は老人の言葉に体を起こし、頭を下げる。

「お願いします!」
「うむ!」
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