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第1話 プロローグ 始業式の朝
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付近から聞こえてくる、うるさいながらどこか心地よい騒音は今となっては懐かしい。
隣にいた闇色の髪を持つ少女の影はすでに無く、そこから来る喪失感はどう表現して良いかわからない。
だが彼女の残したモノはたとえどんなに離れていても、俺の心に刻まれてた。
「ああ、確かに残っている」
彼女が残した良いものと悪いものは確かに残り、そしてその時の事は今でも昨日のことのように感じられる。
ーーありがとう。
最期の言葉は感謝だった。
これで良かったんだ。
「俺こそありがとうな」
自分以外、誰もいない自室に木霊する呟き。
これは一人の少女から贈られた、非日常で非現実的。
世界で一つだけの特別な青春の物語。
【ーーその1幕をーー】
◆
「やった!のんちゃん最高!」
ここは八林家の一室。
およそ11畳の八林知樹の自室である。
「知樹、いい加減起きてきなさい。昨日までは休みだったけれど今日から学校だぞ」
知樹がパソコンを開く為に4時位に机の前に張り付いてから早3時間。
下から聞き慣れた父親の声が聴こえてきて、知樹は思考を切り替える。
「学校……かぁ」
長時間同じ格好でいた為、知樹は凝った身体を軽く動かして立ち上がると、閉じられたカーテンを開けた。
降り続ける雨が窓にしきりと伝い、悪天候なのが伺える。
時刻は7時50分をまわりかけている。
急いで家を出なければならない時間だ。
春休みが明け、高校2年生としての第1日目。
そう、今日は始業式なのだ。
記念すべき日に悪天候とは残念だが今はそれどころではない。
いつもより早く家を出なければ遅刻してしまう。
幾ら自分の趣味の為でも、進級早々に遅刻をするわけにはいかないと思い、知樹はクマが出来てそうな両目を擦って、立ち上がっていたままのパソコンをシャットダウンさせる。
その際には中学時代からの恒例行事となっている挨拶も忘れない。
「行ってきまーす、のんちゃん」
だが当然この部屋には知樹1人で挨拶する人間などいない。
そしてまた、この部屋にその事を言及する人間もまた居なかった。
それから知樹は大急ぎで支度を開始した。
具体的には、着替えを30秒で終わらせ、縁の黒い眼鏡を付けて一階のリビングへと降り、本日2度目の挨拶を一つ下、つまり知樹と同じ高校へと入学する愛しき妹、八林響に。
そして毎度の如く、華麗にスルーされた後、ついでと言わんばかりに3度目の挨拶を父親にして、爽やかな主人公を気取り、口に砂糖すらかかっていない味無し食パンを咥える。
時刻は既にギリギリ。
口に咥えたパンを手で触る事を考慮し続けた為、傘はしっかりと片手で持ち、踏み潰された靴の踵をそれでも尚踏み潰す。
こうして高校2年生になった八林知樹の1日目は始まった。
◇
家から出て、咥えた味無し食パンをちびちびとかじりながら知樹は走る。
「はあ、」
口を食パンで塞ぎながらも漏れ出るため息。
知樹は制服のズボンの裾が濡れるのを一瞥し、肩を竦める。
『お父さん、知樹と一緒に登校だけはしたくないから私先行くね』
ニコリと笑顔で父親にそう言って知樹より早く家を出た八林響。
やんわりとした口調とは裏腹に、知樹のみ有効な地雷が埋まったその一言により、既に知樹は轟沈していたのだ。
雨が少し強くなっていた。
日頃より増して手厚い洗礼を受けた知樹の心は落ちるとこまで落ち、引き上げることが困難かと思われた。
だが、遅刻するかしないかの境。
そんな時間に知樹の心を引っ張り上げることのできる存在が現時点でただ1人、知樹は知っている。
「知樹!」
自分を呼ぶ声に知樹はハッと反応する。
その声の主、平川皐月の事を要点だけ掻い摘んで説明しようとすると。
『年齢が、容姿と、噛み合わない、幼馴染』
この様に4文節だけである程度は伝える事ができるなかなか珍しい人物なのだ。
だが忘れてはならない。
ーー今現在、遅刻ギリギリの時間だという事を。
「ごめん!また学校で!」
「え?えぇーー!!」
後ろで素っ頓狂な声が上がるのを知樹は聞いたが、この際仕方がない。
だって。
「育ゲーしすぎて遅刻なんて冗談にもならないよ!!」
知樹が住む学区において、難関と称される公立畑熊高校、新2学年八林知樹。
彼は頭脳明晰、スポーツ万能のメガネ青年。
だが決して優等生という枠に入るわけではない。
現に今は元優等生と呼ばれている。
その訳は。
ーー廃人の域まで足を踏み入れた二次元愛好家だからであった。
隣にいた闇色の髪を持つ少女の影はすでに無く、そこから来る喪失感はどう表現して良いかわからない。
だが彼女の残したモノはたとえどんなに離れていても、俺の心に刻まれてた。
「ああ、確かに残っている」
彼女が残した良いものと悪いものは確かに残り、そしてその時の事は今でも昨日のことのように感じられる。
ーーありがとう。
最期の言葉は感謝だった。
これで良かったんだ。
「俺こそありがとうな」
自分以外、誰もいない自室に木霊する呟き。
これは一人の少女から贈られた、非日常で非現実的。
世界で一つだけの特別な青春の物語。
【ーーその1幕をーー】
◆
「やった!のんちゃん最高!」
ここは八林家の一室。
およそ11畳の八林知樹の自室である。
「知樹、いい加減起きてきなさい。昨日までは休みだったけれど今日から学校だぞ」
知樹がパソコンを開く為に4時位に机の前に張り付いてから早3時間。
下から聞き慣れた父親の声が聴こえてきて、知樹は思考を切り替える。
「学校……かぁ」
長時間同じ格好でいた為、知樹は凝った身体を軽く動かして立ち上がると、閉じられたカーテンを開けた。
降り続ける雨が窓にしきりと伝い、悪天候なのが伺える。
時刻は7時50分をまわりかけている。
急いで家を出なければならない時間だ。
春休みが明け、高校2年生としての第1日目。
そう、今日は始業式なのだ。
記念すべき日に悪天候とは残念だが今はそれどころではない。
いつもより早く家を出なければ遅刻してしまう。
幾ら自分の趣味の為でも、進級早々に遅刻をするわけにはいかないと思い、知樹はクマが出来てそうな両目を擦って、立ち上がっていたままのパソコンをシャットダウンさせる。
その際には中学時代からの恒例行事となっている挨拶も忘れない。
「行ってきまーす、のんちゃん」
だが当然この部屋には知樹1人で挨拶する人間などいない。
そしてまた、この部屋にその事を言及する人間もまた居なかった。
それから知樹は大急ぎで支度を開始した。
具体的には、着替えを30秒で終わらせ、縁の黒い眼鏡を付けて一階のリビングへと降り、本日2度目の挨拶を一つ下、つまり知樹と同じ高校へと入学する愛しき妹、八林響に。
そして毎度の如く、華麗にスルーされた後、ついでと言わんばかりに3度目の挨拶を父親にして、爽やかな主人公を気取り、口に砂糖すらかかっていない味無し食パンを咥える。
時刻は既にギリギリ。
口に咥えたパンを手で触る事を考慮し続けた為、傘はしっかりと片手で持ち、踏み潰された靴の踵をそれでも尚踏み潰す。
こうして高校2年生になった八林知樹の1日目は始まった。
◇
家から出て、咥えた味無し食パンをちびちびとかじりながら知樹は走る。
「はあ、」
口を食パンで塞ぎながらも漏れ出るため息。
知樹は制服のズボンの裾が濡れるのを一瞥し、肩を竦める。
『お父さん、知樹と一緒に登校だけはしたくないから私先行くね』
ニコリと笑顔で父親にそう言って知樹より早く家を出た八林響。
やんわりとした口調とは裏腹に、知樹のみ有効な地雷が埋まったその一言により、既に知樹は轟沈していたのだ。
雨が少し強くなっていた。
日頃より増して手厚い洗礼を受けた知樹の心は落ちるとこまで落ち、引き上げることが困難かと思われた。
だが、遅刻するかしないかの境。
そんな時間に知樹の心を引っ張り上げることのできる存在が現時点でただ1人、知樹は知っている。
「知樹!」
自分を呼ぶ声に知樹はハッと反応する。
その声の主、平川皐月の事を要点だけ掻い摘んで説明しようとすると。
『年齢が、容姿と、噛み合わない、幼馴染』
この様に4文節だけである程度は伝える事ができるなかなか珍しい人物なのだ。
だが忘れてはならない。
ーー今現在、遅刻ギリギリの時間だという事を。
「ごめん!また学校で!」
「え?えぇーー!!」
後ろで素っ頓狂な声が上がるのを知樹は聞いたが、この際仕方がない。
だって。
「育ゲーしすぎて遅刻なんて冗談にもならないよ!!」
知樹が住む学区において、難関と称される公立畑熊高校、新2学年八林知樹。
彼は頭脳明晰、スポーツ万能のメガネ青年。
だが決して優等生という枠に入るわけではない。
現に今は元優等生と呼ばれている。
その訳は。
ーー廃人の域まで足を踏み入れた二次元愛好家だからであった。
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