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第一章 気になる人
2話
しおりを挟む他部門との合同会議は数時間にも及び、大雑把ではあるものの掲載内容の方針が決まると、各自一度持ち帰って部門や班内での提案をまとめることになった。
次回の会議の日程を決めて解散となると、結希と晴樹は三階へ降りて来て、コスメ部門のフロアへと戻る。
「疲れたぁ」
「おつかれ、ユウ。今日も白石さんと黒木さんにいじられてたな」
「見てたんなら少しくらい庇いなさいよね」
「ヤダね。良いじゃん、気に入られてる証拠だろ?」
「こんな気に入られ方、全然!全く!嬉しくない!」
「ハハッ!」
大きなガラスで仕切られている部屋が見えてくると、廊下近くの女性社員とガラス越しに目が合った。
会議から帰ってきた結希と晴樹を笑顔で迎えてくれる。
『ユウ先輩!ハル先輩!おかえりなさい!』
(癒やされるなぁ。天国みたい)
この部屋はコスメを扱う部署だけあって、女性の比率が多く、見出しなみに力を入れている社員ばなりで華やかな職場になっている。
もちろん雑誌の締め切り日が近くなると美しくさは失われて行くが、企画を進行している内は清潔さが保たれている。
「みんな、ただいま」
「誰かコーヒー入れてぇ」
「あ、私入れます!伊南さんも淹れますよ!紅茶にしますか!?」
「うん!ありがと」
「いえ、とんでもないです!」
新入社員の女性はブンブンと頭を振ると、給湯室へ消えていった。
時計を見ると時刻は11時30分を過ぎており。お昼休憩まであと30分を切っていた。
班長に会議で議論された内容を簡潔に伝えると、夕礼のタイミングで班内でミーティングをすることになり、残りの時刻を使って内容とメモを合わせながら紙にまとめることにした。
パソコンのファイルから会議内容のをまとめるための専用シートを出してくると、残っている仕事のことも考えてお喋りをせずにキーボードを打つ。
「伊南さん、どうぞ」
「ありがとう」
持って来てくれた紅茶を手に取ると、華やかなハーブの香りが鼻腔をくすぐった。
紅茶を飲みながら会議の内容をまとめていると、後ろから声をかけられる。
「ユウさんとハルさんって仲良いのに、好みはまるっきり違いますよね」
話し掛けて来たのは同じ一班で隣りの席の篠塚莉乃と言う女性だ。
彼女は結希と五つくらい年下で。今は主に記事の文書を作成している。
「まぁ、そうね」
この会社に入社して二年目の彼女は、既に結希と晴樹が同じ大学を卒業しているも、どんな人なのかも知っているはずだ。
なのに二人の嗜好の違いを気にするような話題に、結希は少し訝しく思いながらも莉乃の話を聞いていた。
「ユウ先輩はおしゃれなお店が好きで、ハル先輩はおじさんたちが行くようなお店が好きじゃないですか」
莉乃の言い方に結希は吹き出しそうになった口元を手で抑える。
指摘された通り、晴樹はレトロな場所が好きで昭和を感じさせる居酒屋街へ良く上司と飲みに行っている。
それが若い女性からすると、おじさん臭いと思ってしまうのかもしれない。
それでも今どきの小綺麗なお店にだって行くし、同級生や後輩たちとも飲みに向かう姿を何度か見て来ているから単純に昔の街並みが好みと言うだけだ。
かく言う結希は可愛いお店が好きで。比較的清潔さのあるお店を選び勝ちになる。
「好みが違うのに仲良いって、お二人ってどこで知り合ったんですか?」
「別に大学の講義室よ。同じゼミを受けてたから良く顔を合わせてて、共通の友達が出来て仲良くなっただけ」
「……絶対にそれだけじゃない気がします」
不満に言う莉乃に思わず手が止まり振り向いてしまった。
(えぇぇ……?)
なぜか今日はやけに深く知りたがっているようだ。
晴樹とのやり取りで深い関係だと疑われるようなことをしたっけと最近のことを思い返す。
けれど、いくら最近の出来事を思い出しても一緒に飲みに隣りに座って話をしていたくらいで、それが仲が良さそうに見えたとしても、手を繋いだり、見つめ合っていたりと甘い雰囲気を出していた覚えはなかった。
友人関係な分、周りの男性よりも冗談を言い合って肩を叩いたりはするが友人以上の関係を相手に寄せたことなど一度ない。
それは誰にでも誓って言える。
「莉乃ちゃんはいったい何が聞きたいのかな?」
遠回しな言い方でわけが分からず、あたしは思い切って気になったことを聞みると、莉乃は「それは」と言って語尾を濁した。
“?”マークで頭をいっぱいにしてると、向かい合うように座っていた斜め前の年下の女性が話しに割って入って来る。
「先輩、知ってます?」
土屋奏恵はそう言って結希を見てくると、莉乃が食いついて来た理由を教えてくれた。
「社内では二人が付き合ってるのではないかと未だに噂があるんですよ」
「土屋さん……!」
「あぁ、そうなんだ」
なるほどね、と思う。
この手の質問は入社当初から良くされるものだ。
六年経った今では直属の先輩伝いに、関係が気になる人の耳には入るもので、直接聞いて来る人は少なかった。
仕事で忙しくしている結希と晴樹に直接聞くには、遠慮もあって取り付く暇もないだろうから、人づてで聞いても納得出来ない人の中には疑念が残って噂になっていてもし可笑しくはないだろう。
それが4月を終えたこの時期に、新人社員や人事異動なんかの都合で、また噂が表に出て来てしまったのかもしれない。
(──それにしたって。ハルってば、本当に羨ましいくらい人気があるわよね)
結希は肘を付いた手の平に顎を乗せながら、不機嫌そうに溜め息をつく。
結希も大学では少しくらいは女性に人気があったのに、今では大勢の視線を浴びることはない。
「あたしとハルは付き合ってないわよ」
「で、でもっ! ハル先輩ってその手の話し躱そうとするんですよ!?」
「そりゃハルは……。あの顔で色々あっただろうからね」
「その色々ってなんなんですか!」
「そりゃぁ、影での打ち合いよね」
「流血沙汰ですか!?」
「そこまでしないわよ……」
飛躍しすぎな例えに結希は呆れる。そして苦笑いを浮かべると内心の焦りを誤魔化すかのようにキーボードを打ち始めた。
(危なかった。うっかり秘密を漏らすところだったわ)
上手く誤魔化せて良かったと吐きたい溜め息を堪えて飲み込んだ。
冗談で言ったらしい莉乃はクスクスと笑って少しは納得したのが伺える明るい声を通した。
「じゃぁハル先輩って付き合ってる方いないんですね」
「いないわよ」
付き合ってる人はまだいない。
最近、気になっていた人と連絡先を交換したみたいだけど。
それに気になる人がいなかったとしても、きっと晴樹は女性からの告白を断るだろう。
晴樹は女性に──、異性に興味がないのだから。
莉乃には悲しいだろうが、女性と言う性別だけで晴樹の恋愛や恋人の対象に含まれないのだ。
そしてそれは、結希も同じだった。
なので、莉乃の言っていた「それだけじゃない」と言う言葉は、あながち間違ってはいないのだ。
結希と晴樹は“友人”であり、“同志”でもあるのだから。
普通の友人関係ではなく、似た性癖を持った良き理解者であり。恋愛事情を気兼ねなく話せる良き相談相手だったりする。
それが結希と晴樹の間の親密さに繋がっているのだと思う。
作業に集中した莉乃の横顔を見ながら結希は小さく息をついた。
後輩の泣いてる姿は見たくないけど、デリケートな問題である以上、不用意には話せない。
恋愛対象じゃないことくらいは話してあげられたら良いが、深く追求されるのは嫌なので、傷つく前に止められるようなことを結希からは言えなかった。変に止めれば話が拗れるのは目に見えている。
(振られた時は目一杯慰めてあげよう)
内心で自己完結をして手を動かしていると、じっと見つめてくる視線に気がついた。
その視線は奏恵からで向くと目が合う。
なんだろうと疑問に思っていると、向こうから小さな声で聞いてきた。
「先輩も色々あったから恋人をつくらないんですか?」
「…………」
その質問に答えるのに、大きな間が出来てしまった。
「……気になる?」
「……いえ。まぁ、多少は……。でも、話さなくて良いですよ」
そう言ってパソコンに向き合う奏恵はそれ以上聞こうとはしなかった。
(さっきの質問はつい口が滑っちゃってとこかしら)
もともと奏恵は気の利く子だから、何かワケありっぽい話しには触れずにそっとしておくタイプなのだ。
「そう? なら教えない」
「……余計気になる言いまわしはやめて下さい!」
「あはは!」
拗ねた顔で怒る奏恵に結希は揶揄えたことに笑ってしまった。
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