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第一章 5月

興味 ②

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 満里が男を殴る直前、広場の方から声が聞こえた。


「ちょと秋良何やってんの?」


 そのおかげか、満里はブレーキをかける。

 ──とは言え、本能で感じたままに動く満里が止まったとなると、何かしらの危険を悟ったと言っても過言じゃなくて、俺は追い付いた満里の首根っこを掴んで数歩下がった。

 満里も大人しく捕まり、引かれるままに後退する。


 一体なにがあったんだ?


「……チッ!」


 男が舌打ちをしたのを聞いて良く見ると、女の子を抱き変えていることに気づく。

 下がった方の手は握られていて、殴り返そうとしていたらしいことが分かった。


「……満里、少し落ち着け」

「……チッ」

「満里ってば問題起こさないでよ! また抗争なんてヤダよー?」

「うっせぇ」


 どうやら完全に毒気を抜かれたように落ち着いてるな。

 殺気と言い、やっぱり只者じゃねぇってことか……。


「あ、リンちゃん!」


 ふとその場にそぐわない女の子の明るい声に、全身から力が抜けた。それは満里も遥輝も同じらしい。

 どこかホッとした表情を浮かべている。


「やっほー! 遅くなってごめんねー」

「呼んでねぇわ。何でココで遊んでるって分かった? 今日のこと伝えてねぇよな?」

「そんなの紀子さんに聞いたからに決まってんじゃん」


 なんだ友達か?


 草むらから出て来たのは黒髪の細身の男と、短髪の満里と同じくらい筋肉質の男だった。

 会話を聞く限り二人が来たのは“兄”に取って予想外のことだったらしい。


「暇だから家に行ったら出掛けてるって聞いてさ、吃驚したわ。つーか、瑠輝を一人にさせんなよ。危ねぇだろ」

「あぁ悪い。咄嗟でな。瑠輝ごめんなぁ一人にさせて」

「ううん!」

「ありがとうな」


 なんだあの顔。

 さっきと全然違うじゃねぇーか!

 つーか、弟もいたのかよ。


 弟に見せるのは柔らかい表情で、愛情が篭っているのが見て取れる。

 弟も兄が好きなのだろう。何故かずぶ濡れになっているが、巨体の腕の上で楽しそうにしていた。

 男三人が話していると俺たちの存在に気づいたらしい黒髪が俺たちを見て、兄に聞いていた。


「それよりこの状況なに。喧嘩?」

「まだ喧嘩にはなってねぇ」

「ふぅん」


 相槌を打ちながら俺と満里、遥輝をじっくり見てからニコリと笑う。


「まぁまぁなイケメンだね! なのに真依は俺を選んでくれたなんて嬉しいなぁ!」


 わざとだろう黒髪の大きい声に隣りの満里と遥輝が唸り声を上げた。


「あの野郎……!」

「アイツの方がイケメンって言いてぇのかよ! あのモヤシが!!」


 重たい溜め息が思わず漏れる。あんな安い挑発にも乗ってしまうとは、チームをまとめ上げる幹部として短気過ぎるのは問題だろう。

 まさかキーケースを拾ってもらっただけで、ここまで大事になるなんて思ってみなかった。


「……なぁ、リン。あいつらどっかで見たことある気がするんだけど」


 なんだ、俺たちのことを知ってるやつがいたか。

 尚更、もう引き上げた方がいいな。


 今日この街に来てから不良を見かけなかったけれど、情報屋の話しでは『天翔』と云う族がこの辺り一体を縄張りにしていると聞いている。

 俺達が来たことが噂になると厄介なことになりかねない。


「なにそれ。ミチの知り合いなんて……あれ?」


 すると黒髪は何かをすり合わせるように俺たちをじっと見つめて来た。

 しばらくして俺だけに視線を注ぐようになり、それから思い出したように声を上げた。


「──あ! こいつ等『黒薔薇ブラックローズ』じゃん!」

「ブラック……?」


 黒髪の単語に金髪の男が首を傾げる。


「そう! 全国No.1の『黒薔薇』! あの真ん中の金髪が総長の『紫王しおう』って男だよ!」

「あぁ! それだ!」

「うわぁ! 生で見られるなんてスゴイ!」

「あのお兄ちゃんたちスゴイ人?」

「そうだよ! 俺たちと同じくらいスゴイ人!」

「ハハッ! 秋良、お前。厄介なやつに目をつけられたな?」

「目をつけてきたのはそっちだろ!」


 三人の会話に聞き捨てならなかったのか、満里が不機嫌そうに叫んだ。


「え、そうなの?」

「知らねぇ」

「知らねーってね! 『天翔』に関わることなんだからしっかりしてよ」


 ──!!

 今、アイツ『天翔』って言ったか?


 黒髪が兄を一言説教してから三人で何かを話したあと、黒髪が俺に聞いてきた。


「あのー! コイツじゃ容量えないんで『紫王』さんが説明してくれませかー?」


 なんで俺がと思っていると、顔に出ていたのか、黒髪が補足してくれる。


「そこの二人じゃ詳しいこと話してもらえそうにないんでー!」


 男の言い分には素直に頷けた。

 実際、さっきから罵倒の嵐を吹かせているだ。


「てめぇ! 総長に向かってどの口聞いてんだ!?」

「ぶっ潰すぞ!」


 あの男の隣りにいる友達の冷静が羨ましい。

 もう少し余裕があればこんな頭の悪そうな真似はしないだろう。

 仕方なく、大げさになるよりは俺が収めた方が良いと思いってことの経緯を話した。


「そこの女の子が俺のキーケースを拾ってくれて届けてくれただけで、危害を加えようとしてない。ただ頭を撫でてただけだ」


 それだけでも十分、その後に何が起こったのか理解出来たのだろう。

 まいを抱えた兄を見て「あぁ、なるほどね」と頷いていた。


「ガンつけてきたのはそっちだからな! 覚悟出来てるだろうな!?」


 遥輝の怒りに黒髪はジェスチャーしながら謝って来た。

 笑っているところを見るとそこまで深く考えていないか、舐められるような行動はしたくないのだろう。


「ごめんねー、早とちりして!」


 そう言ってから隣りの男を指して弁解してくる。


「コイツ、シスコンで。妹のことが大好きでしょうがないんだよね!」


 すると、続けて短髪の男が口を開いた。


「俺たちの謝罪でこの場は収めてくんねぇか?」

「そんなので、許すとでも言うと思ってんのか!?」


 全国No.1と恐れられている俺たちの正体を知っても笑って対応を出来るとは、やっぱり只者ではないのだろう。

 下手に出てるが、度胸があって全く臆してないようだ。

 それに、黒髪が言った『天翔』のことも気になる。

 面白い奴等だなと思っていると、無自覚に口角が上がってたことに自分では気がつかなかった。

 三人の男たちは自分たちのことを離すつもりはないのか、俺たちに喧嘩を売ってくる真似はしてこない。

 それでも気になったら確かめたくもなるだろう、俺は黒髪に聞いていた。


「てめぇ等は何者だ? 俺たちにタメ口が聞ける立場か?」


 そう聞くと、きょとんした顔をしてから黒髪はふと「あぁそっか!」と声を上げる。

 そして──


「俺たちのこと知るわけないよね!」


 と言ったその言葉に、相手が次になんて答えるか予想がついた。


「俺達、『天翔』って云う族を名乗ってるんだけど知らないかなぁ? まぁ小規模だし全国No.1の人たちは知らないか」


 やっと正体を明らかにした三人に、予想してなかったのか、満里と遥輝が『天翔』と聞いて身体を固めた。


「この街の噂とか知ってるかぁ?」


 短髪の男の質問に今度は俺が答える。


「“『天翔』の姫には危害を加えるな”“天翔に関わったら制裁が下される”」

「おッ!なんだ知ってんじゃねぇか! 流石、全国の総長だな! そんで知られてる俺達も流石だわ! イケてる!」

「「みっちゃんカッコイイ!」」

「だろー?」


 気が張ってる俺たちと違って、向こうは呑気に子供たちと楽しそうに話していた。


 『天翔』と聞いてから、満里と遥輝は黙ったまま居心地が悪いのが渋い顔をしている。

 熱が下がったらしい二人の様子と、情報屋からの忠告にこの場は引いた方が良いと確信する。

 無闇に喧嘩を売り買いして抗争するのは俺としても避けたい。

 「おい」と俺が話し掛けると五人が一斉に振り向いた。

 相変わらず妹と弟は楽しそうにしていて、金髪と黒髪と短髪の三人はそれぞれ違った表情を浮かべながらも慈しみに満ち溢れていた。


「ここは穏便に済ませたい。もう帰って構わねぇか?」

「「なッ!紫苑!!」」


 横から非難の声が聞こえたがそれを無視をして意向を知らせる。


「俺は『天翔』を敵に回すつもりはねぇ」


 すると黒髪と短髪の男たちが笑った。


「ありがとう!」

「悪いな」


 二人がお礼を言ったのは多分、ガンをつけられたことを許して貰えたことへの感謝なのだろう。

 話しが一段落すると、納得がいってない二人が目の前に立った。


「ちょっと待ってよ!」

「紫苑! そんなのねぇだろ! ココで引いたら『黒薔薇』の名が泣くぜ!?」

「遥輝。満里。『黒薔薇』の名が泣くとしたら、無闇に抗争を起こして仲間に怪我をさせた時だ」

「「ッ……!!」」


 俺は二人を睨み付けると、浅はかさに気づいた満里と遥輝は大人しく「分かったよ」呟いた。

 しゅんとしている二人に俺は「行くぞ」と言うと、『天翔』の男たちに背を向けて歩き出す。

 何歩か進んだ所で、「おい」と突然後ろから声を掛けられた。

 どうやら声を掛けて来たのは金髪の男らしい。


「……ガンつけて悪かった。それだけは謝っとく」


 まいを抱えた男はそれだけ言って姿を消すと、黒髪と短髪の男たちはニヤニヤとその後ろで笑っていて後を追うように去っていった。


「なっ……なんなんだよ! アイツ!!」

「ムカつく……!」


 本当に面白い奴等だと思う。あの性格はクセになりそうだ。


「天翔、か……」


 もう少し情報屋から聞き出す必要がありそうだな。


 そう愉快な気分になりながら、本来の目的だったファミリーレストランへと足を進めた。



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