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しおりを挟む「さ、飲んじゃいましょ、アッサム。ストレートで。私も好きです、アッサムをストレートで飲むの。『ミルクティー向き』とか、知ったこっちゃないって話ですよ、ね!」
店員の女の子……つい先ほど「リノちゃん」という名前だと知った……の口ぶりが、完全にアルコール度数高めの酒を勧めているときのそれで、紗矢はぷぷっと笑ってしまう。
目の前に運ばれてきたのは、英国バーレイ社のリーガルピーコックにていねいに注がれた温かい紅茶だというのに。
不覚にも初対面の人たちの前で泣いてしまった気まずさから、涙がひいたあとの紗矢は必要以上に明るく饒舌になっていた。
そして、気づけばカウンター席に移動し、リノに身の上話をしながら、店長が紅茶を淹れてくれるのを待っていたのだった。
目の前で、沸かしたてのお湯でていねいに淹れられた紅茶を飲める幸せ。
「いただきます」
孔雀の柄のティーカップを大切に持って口元に近づける。
「ん、おいしい……」
ひとくち飲んで、思わず声が出る。
これは美味しい。
たぶん、すごく良い紅茶だ、と紗矢は思う。
アッサムは、紗矢の一番好きな飲み物だ。
紅茶と洋菓子が大好きな祖母の影響で、高校生の頃にはいっぱしの紅茶通になっていた紗矢が、一番好きな紅茶の種類がアッサム。
「アッサム」というのはインドの北東部にある「アッサム地方」で取れる紅茶のことで、その特徴は重厚でコクがある味わい。
一般的にはミルクティー向きの紅茶とされているが、紗矢はこのアッサムをストレートで飲むのが好きだ。
もちろんミルクティーにしても美味しいけれど、美味しいアッサムティーをストレートで飲むと、のど越しが良くて、「紅茶を飲んでいる!!!」という満足感がある。
そんな大好きなアッサムティーをストレートで飲むのはひさしぶりだった。
店長さんのいう通り、結婚式のために通っていた歯のホワイトニングをしてくれる歯医者さんで、紅茶をストレートで飲むことを禁止されていたから。
「おいしいです、すごく」
現実を忘れたくて、紗矢は紅茶の味に集中しようと試みる。
「紅茶、お好きなんですね」
店長がにっこり微笑む。
「はい、祖母の影響で」
そう答えて、大好きなおばあちゃんの顔を思い浮かべて、「あぁ、今日はもうムリだ」と思う。なにをしていても、あのことを思い出してしまう。別のことを考えられない。
「おばあちゃんも楽しみにしてたんですけどね、結婚式」
「そう……でしょうね」
あぁ、今気づいたけれど、この店長さん、少し下がり眉なんだな、と紗矢は思う。
いわゆる困り顔ってやつ。
それで、一見クールに見えそうな整った顔立ちなのに、どこか親近感と安心感がある。
「出会ったのは、1年前だったかな。会社の先輩の紹介だったんです。先輩っていっても、向こうは正社員で、私は派遣社員で。でも出身の中学・高校がいっしょだってわかって、すごく親しくさせてもらうようになって」
温かいティーカップを両手で包み込むように持って眺めながら、紗矢の口からポロポロと言葉がこぼれる。
今日会ったばかりの人たち、しかもたまたま訪れた店の店員さんにこんな話をするなんて、なんて迷惑でおかしな客だろう、と思う。
それでも言葉があふれだして止まらない。
困り顔の店主と、元気いっぱいの店員が、カウンターの向こうでうんうんと聞いてくれる。
ずっと、だれかにこんなふうに聞いてほしかったのだ。
窓の外の雨は、強くも弱くもならず、ただしとしとと降り続けていた。
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