静かな女2人

まっさん

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アップルパイの味

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「甘い」
 一言呟いた君は、顔を顰める。しかし、それっきり黙って咀嚼を再開する。
 君は出掛け先で突然アップルパイが食べたいと言って、私の家に着く頃には既にそこそこ高そうな紙袋を提げていたわけだが…どうやら君には甘すぎたらしい。何の手違いか、それとも気紛れか、君が買ったのはカスタードの入ったアップルパイ。見るからに甘ったるそうなそれを、君は無言で食べ進める。
「一口ちょうだいよ」
「…アップルパイ苦手だったんじゃないの」
 私の強請りに対して、君は正論を突っ返す。そう、私は幼少期からアップルパイが苦手だ。本当にちゃんとしたものを食べれば美味しいとは言うが、生憎とちゃんとしたものを食べたことがない。ならば、今がその機会ではないか、と思っての発言だった。
「まあまあ、今食べたら美味しいかもしれないし」
「まあまあ、じゃないよ…」
 君はそう言いつつ、残りの半分ほどをフォークで崩し、そっと私の口元に寄越した。
それがいけなかったのだ。
 君が口を付けたフォークで食べていいのか、と私は罪を告白するかのように視線で問うが、君は「食べないなら私が食べるよ」とフォークを引っ込めようとする。慌てた私は、君の白くて細い右手首を掴み、さっきの位置まで引っ張っていった。
 口にするその時、脳裏に過ぎるのは、君が同じフォークでアップルパイを食む姿。私は目を細めながら、フォークをゆっくりと舌に乗せた。まず尖った先が薄らと触れ、まだほんのりと温かい鉄の味がした後、砂糖とシナモンの染み込んだリンゴの酸味と、カスタードの甘ったるいクリームが広がる。
「甘い」
 そう呟くのにも時間は掛からなかった。
「やっぱりね」
 君は笑って、残ったアップルパイの片付けに掛かる。…もし本音を明かすならば、本当はアップルパイの甘さなど気にならないほど、生暖かいフォークの感触が、味が、鮮明に記憶に刻み込まれていた。詰まるところ、アップルパイが美味しかったかどうかなんて、私には分からなかった。ただ、甘いという感想しか出なかったのだ。
「ほんとに、甘い」
 最後の一口を食べ終わった君は言う。
 もうその甘さも覚えていない私は、フォークが皿に置かれるのをじっと目で追いかけて、君の言葉に首肯する他なかった。
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