明日私を、殺してください。~婚約破棄された悪役令嬢を押し付けられました~

西藤島 みや

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第3章

宣戦布告

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婚約者とはいえ未婚の令嬢を領地へと連れていく、というのは、もはやその二人が婚姻間近か、事実上結婚しているような関係でないと許されない。
だからこそ、俺は会いたくもないゲノームの屋敷へと足を運んだ。


「大公子、貴方がなにを考えていらっしゃるのか……」
難しい表情で、ゲノーム公爵はソファに埋もれて唸った。
「そうですか?俺はわりと顔に出してるつもりですがね。たとえば、今日は灰皿は飛んでこないようで安心した、とか」

それどころか、今日はいつもの執務室ではなく応接室に紅茶と茶菓子まででている。フェリクス大公の名前がちらつくからなのか、それとも横領で訴えられないためだろうか?
「……お人が悪い。私のような老いぼれをいたぶるとは」
失笑ものだ。この男はただシャルロットを虐待し、他人の屋敷と領地を勝手に売り払っただけでなく、俺が真実を知ったとわかれば、俺にとり入ろうとする。本当に見下げ果てたやつだ。

「本当に、あなたのような耄碌した男のもとで、俺が居ない間に俺の婚約者になにが起きるか、これ以上心配はしたくないものです。すみやかに、俺の所領の鍵と、シャルロットを引き渡して貰いたい」

ひくり、と公爵は頬をひきつらせた。
「引き渡す、ということは、もう戻してはいただけないので?」
「婚姻の式までには一度挨拶に参ります。あなたのような下衆でも、彼女にはたったひとりの父親ですから」
公爵は、憎々しげに俺を睨み付けてから立ち上がり侍従に指示を出す。侍従はそれを聞くと、渋々といった様子で赤い繻子貼りの箱を持ってきた。

無論、公爵が『戻して』と言ったのがここに入っているフェリクス大公家の領地にある、いくつかのマナーハウスの鍵であることはわかっていた。

この男はドリアーノ・ルーベンス氏の今の身分がいち市民であり、フェリクス大公家の領地がルーベンス夫妻が逐われた隣国との国境地帯にあることをいいことに、大公家の領地にある邸宅を我が物顔で使っていた。

「ゲノーム商会や公爵家の繁栄の陰に、これがあったということですか……笑えないな」
ルーベンス氏の作った書類と照らし合わせて鍵の数を確かめながら、俺は舌打ちをした。下品だろうが、表情を取り繕って愛想笑いする気になどなれない。

よっぽど、その舌打ちが恐ろしかったのか、ゲノーム公爵はカタカタと貧乏ゆすりをはじめた。
「ああ、失礼。なにせ俺は育ち貧しい、カスみたいな男なもので」
当て擦ると、うつむいて静かになった。よかった、これで集中できそうだ。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

ゲノーム公爵を絞り上げてちょっと溜飲をさげたあと、ふと思い立ってシャルロットの部屋へ向かった。
「大公子様!あの、どちらへ向かわれておられるのでしょうか?」
あわてふためいて公爵邸の執事がついてきた。
「シャルロットと話したいだけだ」
それをきいた執事は、なぜか真っ青になって、
「いま、ので、どうぞサロンでお待ちください!」
それを聞いた俺は、足をとめた。
「お前が誰に仕度させるって?」
両腕を組み、僅かに俺より目線の低い執事を見下ろす。
「あ、いえ、ああ……」
しどろもどろになりながらついてくる執事を従えて、俺は大股でシャルロットの部屋の前まで歩いていった。

部屋のドアは全開だった。
「お嬢様というものが、全くわからないわ!」
誰か中年の侍女がヒステリックに叫んでいるのが聞こえた。
「皇太子の愛人のなにが不満なんだか。高慢ちきで全くいいところなんかない、見ばえだけの女なのに、大公子さまにお声をかけて貰えたからっていい気になって!」
そんなことをいいながら、カチャカチャと爪で机をたたいた。
「どうせまた他の女に寝とられちゃうわよ」
もうひとりの侍女は、中年女よりは少々若い。二人は調度品は豪華ではあるがなんとなく薄汚れた部屋で、だらしなくソファにかけて、菓子を食べていた。

「シャルロットはどこにいる?」
俺が入っていくと、二人は慌てて立ち上がり、スカートや服をはたきながら立ち上がった。
「大公子さま!あの、お嬢様はまだおやすみになっていますので」
まるでシャルロットがだらしないみたいな言い方だ。
俺は二人を無視して部屋の奥の扉をたたいた。本来なら使用人が主の呼び掛けに応えるための小さな部屋。シャルロットはそこに簡素なベッドと小さな棚をおいていた。奥はカーテンがかかり、そのむこうは扉はなくて、使用人通路に面している。貴族の娘が、こんな部屋で……
「ダニエル、お待たせしてごめんなさい」
彼女は旅装に着替え、旅行鞄を提げて出てきた。

ええ、と声をあげたのは部屋にいた二人の女だ。
「お嬢様、もうお出かけになるのですか?我々はまだ準備が終わっていませんのに」
こいつら、うちについてくるつもりだったのか?と、シャルロットを見ると恥ずかしそうに頬を押さえてから、
「どうしてあなたたちを連れていくと思ったのよ」
と呟いた。

「フェリクス邸で恥をかくのは私なのよ」

そのシャルロットの言葉を聞いた中年の侍女は、何てことでしょう!と叫んで、どこかへとかけ去った。若い方はシャルロットの前へ走り出て、
「ちょっと、言い過ぎじゃないの?我が儘がすぎると公爵様に言うからね!またお仕置き……」
そこまでいって、俺の存在を思い出したらしい。
「大公子殿下、あの、あたしたち、お嬢様をどうやって言うこときかせたらいいか知ってます。」

突然俺に向かって話し始めた侍女に、俺は顔をしかめた。
「大公子殿下は、本当は清らかでお優しい、別の令嬢を想っていらっしゃるとききました。
お嬢様を押しつけられてこまっていらっしゃるとか。旦那さまはお嬢様が反抗的な態度をとったときは、必ずお仕置き部屋にいれます。
屋根裏の、一番せまくて窓のない部屋で、食べ物は二日に一回カビたパンをお与えになるといいのです。心から反省して、2度と口ごたえしないと誓うまで手をゆるめてはなりません!」
チッ、と、ついまた舌打ちをしてしまった。大公子としてこれからやっていくには、少々不味い癖かもしれないな。証拠に、例の若い侍女がひきつっている。

「ああ、誤解させたようで申し訳ない。別にお前のことをどうこうおもったわけじゃないから気にするな」

そう言うと、侍女はそばかすだらけの頬をそめて嬉しげに微笑んだ。
「お前のような下卑げび端女はしためを、唯一無二のシャルロットの側へ置いていたゲノーム公爵に対して腹が立っただけだ」
それから、シャルロットの腰に手を回してできるだけ凶悪にならないよう気を付けながら、笑いかけた。お願いだシャルロット、今だけこの茶番劇に乗ってくれ。

「行こうか、シャルロット」
俺の言葉に、シャルロットは頬を染め、片手を俺の回した腕に添えて
「ええダニエル……迎えにきてくれて嬉しいわ」
と頷いた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

これはただ俺がゲノーム邸に、シャルロットを迎えにきたというだけではなくて、ゲノーム邸の全ての者に、『フェリクス大公子は、婚約者であるシャルロット・マレーネ・ゲノームを深く愛していて、何人たりといれるつもりはない』というデモンストレーションだ。

見る人間は多ければ多いほどいい。ゲノーム邸の使用人にも、口の固いものもいれば軽いものもいるだろう。彼らがうっかり口を滑らせれば、それはあっという間に社交界へとひろがるだろう。
新聞で報道される大公子との婚約披露のインタビューに、その噂はさらに上乗せされて広がる。

『フェリクス大公家は、大公妃シャルロットを王に差し出すつもりはない』

王に命じられても拒む権利がある大公家だからこそ、これは宣戦布告になる。

『もしウィル皇太子が力ずくでシャルロットを愛妾にと望むなら、大公家はウィル皇太子の支持をしない』

という、無言の意思表示だ。


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