明日私を、殺してください。~婚約破棄された悪役令嬢を押し付けられました~

西藤島 みや

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終章

マーカスの妻

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「ゴードン伯爵の娘であることは伯爵自らが保証しているだろう、なぜ、私とマリエッタは訴追をうけねばならんのだ!」
ウィル殿下の言葉に、ゴードン伯爵は激しく頷いて見せた。
「いいえ、すくなくとも彼にとっては、マリエッタは貴族の娘などではなかったのですわ……バーンダイクの司祭の子息、マーカス・ローシェにとっては」
シャルロットはそっと俺のほうに手をあげた。俺は側に控えていた男に、前に出るよう促す。

「この国の国境地帯である大公領の北端、バーンダイクにある別邸に仕える男です、陛下」
俺は彼を紹介する。
「名前はマーカス・ローシェ。この男は、屋敷に勤めに出る以前、大公領の都にある商科大学で学んでおりました……奇しくもロイズ宰相とゲノーム公爵が俺に進学するよう勧めた、あの大学です」
ふん、と宰相は腕をくんで鼻で笑った。
「それのどこに問題があるというのだ?」
宰相、という役職であるにもかかわらず、この男は殆ど頭を使わないつもりなのか?

「商科大は主に商人や貴族の邸宅に勤める使用人の子弟が学ぶ場所です」
ざわ、とまたひとしきりざわめく。
「問題なのは、この男が商科大のあるエルミサードで出会い、結婚した女性の名前です」
俺はマーカスの背中を押して、大丈夫、と囁きかけた。

「私の妻は、マリエッタ。マリエッタ・チェルシーといいます。エルミサードの下町で母ひとり子ひとりで育ち学校へはゆけず、酒場で働いていると聞きました」
なんだと、と、ウィル皇太子が席から立ち上がろうとしたのを、王陛下がおさえた。
「学生時代に子供ができ、結婚しましたが、名士である私の実家は彼女を認めてはくれませんでした。子供を預けて二人で働いてお金をためて、いつか家族三人で暮らそうと彼女が言ったのです。そのために、私の貯めていた金をもって妻は家を出ました。……全ては、嘘だったのですが」

でたらめだ、でっちあげだ、と声をあげたのはゴードン伯爵だ。
「娘の名誉を傷つけて、自分が王太子妃になるためにゲノーム令嬢が仕組んだ罠です」
そうですわ、とそれにマリエッタが賛同した。シャルロットはぎゅっと胸元で両手を握りあわせた。きっとあの卒業記念茶会の時のことをおもいだしているのだろう。俺はそんなシャルロットのほうを見てから、
「陛下、今のシャルロットは正式な大公の妻です。今の伯爵家の発言は議事録から削除願いたい」
出来るだけイライラして聞こえるよう声をあげた。
「そうだな、ああ、そうしよう。伯爵は言葉に気を付けるように」
俺の機嫌をとるような王陛下の言い方に、マリエッタは不満そうに口を尖らせた。

「しかし、なぜそれがゴードン伯爵令嬢だと言いきれる?同姓同名の別人かもしれないだろう」
ウィル殿下はマーカスを睨み付けながら、そう言った。
この期におよんでもまだマリエッタを信じるつもりなのか……いっそ哀れだな。

「証拠、といえるかどうかわかりませんが、ローシェの娘、リンダをこの議場へ入れてもよろしいでしょうか?」
王陛下がうなづき、議場の一番後ろの扉がひらき、ガイズに付き添われた幼い少女が入ってきた。
「…………これは、なんと……」

言い訳の仕様などなかった。リンダ・ローシェをはじめて見た時の俺と同じように議場の貴族たちは、納得するよりほかなかったからだ。淡い金色の巻き毛と、あまりに珍しい桃色のきらきらする瞳。色は白いのに、頬と唇が薔薇色に彩られているところまで、マリエッタに生き写しだからだ。

「名前を言えますか」
幼い子供を怖がらせないようシャルロットが尋ねると、拙い声で
「リンダ。リンダ・ローシェです、6さいです」
と答えた。よくできました、とシャルロットに微笑まれるとリンダは嬉しそうにわらった。
「お父様は、こちらにいらっしゃいますか?」
聞き覚えのない言葉にリンダは戸惑ったようにこちらを見た。
「リンダ、パパはどこかな?」
俺が助け船を出すと、うれしげにリンダはローシェを指した。無論ローシェはそんなリンダに微笑んで頷いた。おそらくこの場にいるどの父親より、この男が最もいい父親なことは間違いないだろう。

「……では、お母様はどこかわかるかしら?」
ママ?とリンダは俺に尋ねる。俺は頷いたけれど、正直彼女がマリエッタを探せるかどうか、不安だ。リンダにとってマリエッタは、殆ど会ったことのない母親だからだ。
「わかるよ、ママは……あそこにいる」
そういって指差したのは、ゴードン伯爵の隣に立つマリエッタその人だった。

「リンダ!お前というバカな娘はこんな場所まででしゃばってきて!全て台無しじゃないの!」
マリエッタは狂ったようにこちらに向かって駆け出した。ガイズがリンダの前に立ち塞がり、剣を抜こうと柄に手を掛けた。
「ガイズ!抜刀するな!」
マリエッタがガイズの横をすり抜けようとしたとき、ガイズはなんとかマリエッタの襟首をつかんで、議場の真ん中へ投げ戻した。

「無礼だぞ!」
王太子は激昂したが、王陛下は冷静だ。
「なるほど、マリエッタ・チェルシー・ゴードン……いや、ローシェか?お前には随分と秘密があるようだな。まずは、歳から聴こうか」

マリエッタは座り込み、うなった。
「結婚していたって、愛妾にはなれるはず。なにがいけないの?その女だって、大公妃殿下と呼ばれているけど、どうせウィルとよりを戻すつもりなんだわ!ダニエル、ダニエルなら分かってるはずよ!その女が私に学園でどんな卑劣な嫌がらせをしていたか!だから一緒に住まなくてもいいように、王宮へ出すつもりでこの女と結婚したんでしょ!」

俺は地団駄を踏むマリエッタを見下ろし、首を振った。
「ウィル王太子の名前がここまで傷つくまえに、君の本性を見抜けなかったのは残念でならないが……君はつまり、王の子である王太子に身分と年齢を偽り、さらには公爵令嬢シャルロットにあらぬ罪をきせたうえ、国民を騙して妃となるべく画策した。……相違ないか?」
法廷のざわめきはさらに大きくなった。
「ちがう、ちがうわ!嘘よ、わたしはただ、子供とローシェのために愛妾にしてもらおうと思っただけ!王妃にしてあげるって言ったのはあの方よ!」

そう言ってマリエッタはある方角をさそうとした。その時、がマリエッタに向かって飛び出してきた。
「避けろマリエッタ!」
側にいガイズがマリエッタを机の下へ投げ込む。ガシャンと音がして、砕けたのは法廷のあちこちに置かれているランプだ。

「何事だ!」
陛下が仰ぎ見ると、大法廷の端でランプの台座を握りしめている王妃がみえた。
「母上!なんという事をするのです!」
ウィル殿下が叫ぶと、
「お前のためよ!全ておまえの、ウィルの為なのよ!」
王妃は髪を振り乱し、こちらへむかって突進してきた。
「こんな女のせいで全て台無しよ!」
恐ろしい形相で議場を駆けおりてきた王妃は、机の下にかくれていたマリエッタをつかみ出した。その喉元に、割れたランプの根本を突きつける。

ママ!という叫び声に俺はハッとしてリンダを外へだすよう合図をし、ローシェは娘を抱えて部屋の外へ走り去った。

「母上、マリエッタを離して下さい」
ウィル殿下が話しかけると、子供がいやいやをするように王妃は体を捩った。
「おねえさまが悪いのよ、私はうまくやっていたのに、王宮へ帰ってくるというから!」
王妃は錯乱しているようにみえた。
「お、王妃さま、わたくしです、マリエッタです。お止めください」
マリエッタはばたばたと王妃の腕を叩いたけれど、王妃はさらに腕を強くしめた。まずい、このままでは首が絞まる。

「ヘルミーナ、止めなさい、落ち着くんだ」
陛下が声をかけるが、王妃はさらに力を強めた。

「ウィル以外の者など王になれようはずがない!」
ギリギリとマリエッタをしめあげながら、王妃はシャルロットのいるほうに台座をむけた。そこには割れたランプの切っ先がついており、鋭く光っている。
「おねえさま、あなたが大公領から戻ってさえこなければ…わたくしは幸せに暮らせたのに!」

どうやら、錯乱した王妃は自分の姉と、シャルロットを混同してしまっている。大公妃殿下、という言葉にせん妄がひどくなったのだろうか?

「宰相に確実に殺せといったのに、生かしておくからだわ」
ゾッとするような嗄れた老婆のような声に、怯えたマリエッタがまたあばれだす。たすけて、と弱々しく訴えているが、彼女が王妃である以上、王の命令なしにどの衛兵も助けにはいることができない。

「マリエッタを離して下さい、母上、私がわからないのですか!」
ウィル殿下が必死に訴えるが、
「寄るな!寄ればこの端女はしための顔、ふためと見れなくしてやる!」
そういってマリエッタの頬へ台座をむけた。切れた場所に、血が滲み、止めてとマリエッタはまた訴えた。恐ろしいその形相に、ウィル殿下は怯んだのか二歩ほど下がった。

「ヘルミーナ、わたくしが死ねばその子を離してくれますか?」
シャルロットが突然、俺のほうへ駆け寄りながら言った。まるで別の誰か……王妃の姉、俺の母にでもなったように。
「どうなの、ヘルミーナ」
王妃は魅いられたようにシャルロットを見つめていたあと、できっこないわ、と言った。

「王陛下はおねえさまを愛しているもの。そんなことさせないわよ!」

本物ならば確かにそうだっただろう。だが、ここにいるのは偽者……シャルロットだ。王陛下は懇願するようにシャルロットを見るばかりで、止めに入る様子はない。

「……ダニエル、はどこ?」
すぐに気づいた。婚約してすぐに渡されたあの瓶の事だと。

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