明日私を、殺してください。~婚約破棄された悪役令嬢を押し付けられました~

西藤島 みや

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第4章

横暴と信頼

確かに、シャルロットは剣の腕が立つ。俺と同じくらいにはたつだろう。しかし、運転できない自動二輪をひとりで取りに行って、どうするつもりだ?と思いながら馬車を用意させていると、先に車止めまで行ったマーカスが転げるように戻ってきた。

「シャ…あだ、あ、令嬢さまがお戻りに」
何をそんなに慌てているのかと玄関へ行って、俺は言葉を失った。


シャルロットはいつでも、そつのない姿をした令嬢だ。剣で俺とやりあったときも、山道を歩いたときでさえ、服が乱れたり、髪を振り乱したりしていなかった。それが……

「ダニエル、ごめんなさいね、自動二輪、少しキズをつけてしまったわ」

そう言ってはにかんだシャルロットの着ているジャケットは、肩から大きく裂けて、傷ついた皮膚が赤く血を滲ませているのがみえる。膝の方はもっと深刻で、深そうな切り傷が二ヵ所もできていた。

触ったらやわらかそうな頬や額にも擦り傷があり、右の手首をもう片方でおおっているのは、骨か腱を痛めたからではないだろうか?

髪はほどけて肩あたりで絶ち切れている束があり、明らかに尋常ではない。

「…………転んだか」

自動二輪は背丈が低いので、落馬のようにすぐ首を折る心配は少ない。でも、速度が出ていればやはり重傷を負うし、死ぬこともある。




そうだ、シャルロットは死を恐れていない。




俺がどんなに心配しようと、彼女の幸せを願おうと、シャルロットには関係ないのだ。

彼女はそのうち自分自身を殺すだろう。ウィル殿下に捨てられたあの日から、シャルロットにとって彼女自身はただの入れものになった。空になった菓子箱みたいなものに。

残される俺のことなど、それよりもっと眼中にないんだ。

俺は、急激に回りの音が小さく、聞こえなくなったように感じた。シャルロットが何か言っているけれど、全然きこえない。

黙って彼女のひざ裏に腕をいれて抱えあげ、そこから連れ去る。ガイズが何か言っているので、シャルロットの手に握られていた俺の自動二輪の鍵を投げ渡した。
「馬屋にでも停めておいてくれ」
ええ?とか何とか言っていたが、俺はそのまま歩きだす。

「ちょっと、自分で歩けるわ、下ろして」
シャルロットが暴れるので、階段を登りながら
「今何か言うんならここから投げ落とすぞ」
と脅したら静かになった。

紳士的に、とか、大公の子息らしく礼儀正しく、なんて余裕なんか、とうになかった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

恐喝まがいに連れてきた俺の自室で、彼女をベッドへ下ろして、ジャケットを剥ぎ取り、傷をしらべた。どうやら腕の怪我は広範囲だが、深くはない。
脚のほうは……

「あの、ダニエル?」

黙ってろ、という気持ちをこめて睨むと、シャルロットは居心地悪そうに体を捩った。
「どこが痛い。医者を呼ぶか?」
脚も、スラックスの生地が裂けただけでさほどの怪我は無いようだ。足首は……

「降りたときに間違って少し引きずられただけなの。お願い、そこから手を離して?」
お願いよ、と言われて彼女の顔を見上げると、耳まで真っ赤になって顔を隠していた。

「そこって……?」
ふと、手をおいている場所を見る。俺の手は彼女の足首を掴み、俺の太ももの上へ置いている。
ベッドの上で、彼女の片足を持ち上げるような姿勢になっていた。

途端に、自分が何をしているのかについて気がついた。あ、とか、ば、とかおかしな声をあげながら、俺はベッドから飛び降り、部屋の一方の角まで飛び退いた。
「あ、わ、怪我、けがを、けがをな!」
えええ、そう、そうよね、と彼女もうなづく。
「怪我を診てくれてたのよね!わか、わかるんだけどね、あの、ありがとう、怪我をね!」

あわてふためきながら、俺たちは顔をあおいだり、スラックスからむき出しになった膝をシーツで隠したり、赤くなったり青くなったりして、それからちょっとのあいだ、クッションやシーツで顔を隠してみたりしていた。


「あの、でも、ホントにごめんなさい、ジャケットも裂けちゃって」
少しだけ落ち着きを取り戻したシャルロットは、ふうっ、とため息をついて言った。

床に落ちたジャケットを見ると、確かに見るも無残に腕の部分が裂けていた。母上が何年か前の誕生日に買ってきた、固くて丈夫な革のライダースだった。

「まあ、直せるだろ。それより、なんで一人でアレに乗ろうと思ったんだ?」
まさか、また死ぬつもりだったとかじゃないよな?
「一人で考えたくて。それに、貴方の後ろに一年近く乗ったから、運転できると思ったの。……下町で暴漢に出会っちゃって、逃げるのにちょうど良くて」
暴漢?と聞き返すと、
「貴方の自動二輪を鉄屑にするつもりみたいだったから、置いて逃げるわけにはいかないでしょ?」

はあっ、とため息がでた。
「頼むから、危ない真似はしないでくれよ」
両腕で頭をかかえた。
「お前が死ぬ死ぬ言うたびに、心臓が潰れそうになるんだ」

シャルロットはちょっと首を傾げて、あどけない表情でこちらを見おろしている。
「心配してくれるの?」
少しだけ嬉しそうにしているシャルロットに、当たり前だろ、と立ち上がった。
「それは、友達だから?」
シャルロットに尋ねられて、俺は少しの間動きをとめた。友達だからかって?

いいや、そうじゃない。マリエッタに感じてたのとも違う、心臓から涌き出るみたいな、掴まれるみたいな熱を感じている。

好きだ。シャルロットのしぐさ、声、笑ったときの声、シャルロットが好きだと言ったものまで。いつからかはわからないし、はじめからだったのかもしれないが。

だけどもし、それをシャルロットに知らせたらどうなる?

『1年後の卒業式までに、もし、俺がお前を好きになればお前の勝ち。なんでも言うことをきいてやる。けど、そうならなければ、そのときは婚約はなかったことにしてくれ』
あの植物園での約束。今彼女に好きだといえば、彼女は俺に、あの瓶を返せと言うだろう。

父親にあらぬ噂をたてられ、あれほど尽くしてきたウィル殿下に蔑まれていた事実を知ったいま、彼女はどれほどうちひしがれているか想像もつかない。乗れもしない、自動二輪を乗り回したくなるほどだ。

瓶の中身がどんな毒かはしらない。トリカブト、ジギタリス、あるいは砒素か?他にも俺が思いもよらない猛毒を、彼女は知ってる。瓶が彼女に渡れば、彼女は、シャルロットは、俺から永遠に去ってしまうだろう。

「……ああ、今となっちゃ唯一無二の友だからな」

爪が、掌に傷を作るほど食い込んでいる。わかっているのに、握りしめる手を緩めれば、彼女を好きだとわめき散らしてしまいそうだ。

「そう、よね」

ぎゅっ、と音がするほどに、シャルロットはクッションを握りしめて、そこへ顔を埋めた。

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