明日私を、殺してください。~婚約破棄された悪役令嬢を押し付けられました~

西藤島 みや

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第5章

一晩あけて

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目が覚めて一番驚いたのは、すぐ近くにシャルロットが眠っていたことだ。
「え、あれ?」

勿論俺たちは二人ともちゃんと服は着ていたが。なんというか、この部屋まで来たあとの記憶がない。
「シャルロット、シャルロット?」
囁きかけるとふふふ、とシャルロットは枕に仰向けのまま笑った。まだ夢をみているようだ。
暖かな体温が残る左側に手をやってみる。どうやら彼女は俺にぴったりくっついて眠っていたらしい。

「なんでここで寝てるんだよ?」
揺すると、彼女は面倒そうなため息とともに両手で顔を覆った。痛々しい包帯が袖から見える。

柔らかな寝巻きのせいで体の線がくっきりみえていて、両腕をあげている彼女の双丘が……いや、そんな、でも見てしまう。正直言って釘付けだ。
「………………。」
ごくっ、と生唾をのむ自分の喉の音で我に返り、慌ててブランケットを引き上げて彼女にかけてやる。そう、これでいい、腹も冷えないしな。

「若様、お目覚めでしょうか?」
わずかなブランケットの音で気づいたのか、厚手の天蓋の向こうから声がした。
「おはよう侍従長。シャルロットの侍女をここへ呼んでくれるか?」
御意に、と聞こえてすぐシャルロットの侍女の声がした。既に控えていたらしい。

シャルロットを起こさぬよう、そっとベッドから抜け出して支度部屋へ移動した。マーカスが着替えと水を持ってすぐにやって来る。いつもおもうのだが、彼らはどうやって主人の動きにあわせているんだろう?マーカスに尋ねてみたいが、教えてはくれない気もしている。
俺が鏡を見ながら首をひねっていると、

「シャルロット様は旦那様の具合が随分お悪いとおっしゃって、看病のためにこの部屋へお泊まりになったようです。ベッドへ入られた後は、我々も退出しますので、万が一のときが心配だと」

俺が余程動揺してみえたのか、そんな風にマーカスがそっと言い添えた。じゃあやはりどこかに小窓があって見張られている、とかではないということか。物音や時間帯から推測してるだけなんだな。
「なる程ね」
にや、と笑った俺をマーカスはなにか恐ろしいものをみるような顔で見ていた。
「どうかしたか?」
尋ねると、マーカスはいいえ、とこたえて立ち去った。何だったんだろう?さて、そろそろシャルロットが起きるころだろうか?昨日は打ち身もあったようだし、あちこち痛んでいるかもしれない。



俺が部屋へ入っていったとき、シャルロットは侍女の手をかりて起き上がったところだった。
「いいところへ来たわダニエル、この子にお風呂は必要ないと言うのだけど、聞いてくれなくて」
ええ?と首を傾げているのは、バーンダイクから連れてきたあの侍女だ。シャルロットが選んだとおり、生真面目さを遺憾なく発揮しているようだ。

貴族は風呂が好き、と思われているのだろうか?シャルロットの傷口は浅いが広かったし、しょっちゅう風呂に入れられては叶わないだろう。せめて夜だけで良いのでは?
「はじめて(の酷い怪我)で痛むんだろう。風呂は夜にしてやってくれないかな?」

俺はカフスを直しながら、侍女を見た。なぜそこでそんなに赤くなってるんだ?シャルロットは口を開けたまま此方を見ていたけれど、疲れたとでも言いたげに眉の間をもみほぐすようにな仕草をした。

「痛むのか?無理をさせたか……お前は今日はここで休んでいろよ」
自分も怪我をしているのに、一晩中俺の看病だなんて、やはりかなり無理をしたんだろう。ただ考えすぎて頭痛を起こしただけだったのに、なんだかとても罪悪感がある。

「シャルロットの食事はここに運んでやってくれるか?」
侍女に頼むと、はい、と消え入りそうなくらい小さな声で答えて、部屋から去っていった。あの侍女は何をそんなに恥じらっているんだ?
「ダニエル、それ、わざとなの?」
シャルロットに尋ねられて、なにが?と振り返った。

「わたしとあなた、昨夜、何もなかったわよね?」
尋ねられて、のけ反る位驚いた。
「お前も覚えていないのか!?」
いや、多分頭が痛すぎたから俺はすぐ寝たと思うが、シャルロットも怪我のせいで熱でもあったんだろうか?

はあ、と彼女は頭をかかえてから、
「まあいいわ、お言葉に甘えて休ませてもらうわね。貴方は今日はどこかに行くの?」
ああ、と俺は口の端を引き上げた。

「商科大に付属している寄宿学校に」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

マーカスの娘、リンダを見たときの感覚は、ちょっと衝撃的だった。
「リンダ・ローシェでございます。とうときかたのごそんがんをはいします」
鈴をふるような声で、真っ白いワンピースを着た幼い少女が深々と礼をしてみせている。

あまり見かけないような、肩のあたりでふんわりと巻くような、綿菓子みたいな淡い金色の髪と、あまりにも珍しい桃色の瞳。俺はすくなくともこの色の瞳を、マリエッタ以外の人間で見たことはない。


「マーカス。間違いないな」
俺の言葉に、マーカスは緊張しきった様子で頷いた。
「旦那様がそうとおっしゃる以上、妻は今、王家と王太子殿下に大罪を……」
そう言いかけたところで、俺は手を上げてマーカスの言葉を止めた。リンダは幼いが、マーカスに似ているのかとても聡明そうに見える。母親の罪のことなどで、こんな幼子の心を痛めるべきではないだろう。

「あとにしようぜ、なあリンダ、君はダンスができるんだって?」
そう言って立ち上がった。幸い面談のためにと通された部屋はひろく、子供を遊ばせるにはさほど苦労はない。
「俺はあんまり上手くないんだ。けど、俺の婚約者は競技会にでるほどらしくてね」
俺が肩を竦めると、リンダはかわいそうに、と言わんばかりにちかづいてきた。
「んぅ、コンヤクシャってすきな子ですか?」
と見上げてくる。そう、と頷くとあらまあ、と頬に手をあてた。
「おしえてさしあげられるかしら?リンダはここではいちばん上手ですが、とうときかたとおどったことはないので。しつれいがあったら、ごめんなさい」

……可愛いな。マリエッタの小型版にみえるけれど、それよりはだいぶ上品だ。いや、マリエッタが下品なわけではないとは思うが、ちゃんとわきまえてる辺り、王宮や貴族の屋敷で働けるよう寄宿学校か、父親に厳しくしつけられているのだろうか?

抱えたリンダにいわれるがまま、右に左にとステップのまねごとをしながら、話をする。
「学校は大変じゃないか?」
ううん、とリンダは小首を傾げて
「いいえ、いっぱいともだちがいますし、先生もやさしいです」
ふむ、満点のお答えだな。
「寂しくはない?」
そう聞くとリンダは少ししょげたようにみえた。

「ママは、おうじさまとけっこんしたら、リンダのママではなくなるので、わすれなさいと手紙が来ました。けど、パパは時々会いにきてくれるそうです。だから、さびしくありません」

泣くかと思ったが、ぐっと我慢したのは俺が初対面だからかもしれない。俺はマーカスにリンダを渡し、丸くて小さいあたまを撫でた。
「そうか、パパを借りてしまってごめんな?」
そう言うと、あう、と声をあげてマーカスの胸元あたりに顔をうずめてしまった。結局泣かせちゃったな、と頭を掻き、お土産に用意した菓子のカンを渡した。
「とも、だちと、たべます」
うん、本当にいい子だな。あとをマーカスに頼み、寄宿学校の外へ出た。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


ここへきてから初めて、一人で外を歩いている。そういえば最近は常に誰か周りにいたんだな、とふと思った。とくにシャルロットは空気のように俺に付き従ってくれていた。

ウィル殿下もそういえば彼女を空気に例えていたが、それは単に存在感がない、というだけでなく、目立たずとも殿下を支えるために彼女が絶えず努めていたからに相違ない。今さらそれがないからと文句をいうなどと、お門違いもいいところだ。

チッ、と舌打ちが出た。最近ウィル殿下のことを考えると、つい気持ちがざわつく。あれほどシャルロットに好かれていて、何の不満があるというのだ、という気持ちと、頼むから黙ってこのままシャルロットから手を退いてくれ、という気持ちがない交ぜになるからだろう。

ささくれた気分をごまかそうと、腰に佩いていた剣を抜いて軽く振った。2、3度振ったところで、うわあ!と叫び声を聞いてあわてて剣をおさめた。
どうやら、通路をこちらへ歩いてきていた誰かに見つかったらしい。

その男は、小柄で丸々と肥っており、キノコのような髪型をしていて、白い僧服を着ているところをみると司祭であるようだった。
「ああ、これは失礼」
俺があやまると、司祭はふん、と鼻から息を吐いた。
「ここがバーンダイクなら、お前のような学生ひとり位、すぐに無礼打ちにしてやるところだ」
と言うと、さっさと歩きだす。すぐ側に、商科大の女生徒にしては妖艶すぎる服装の、美女を従えており、彼女に向かって
「息子はこちらか!?またあのガキに会いに来たのは間違いないのだな?全く、さっさと棄てればいいものを、学費まで出して。下郎風情の雀の涙ほどの給金などで、贅沢なことだな!」

コイツが誰か、俺には察しがついた。つい目が据わるのを感じる。
「……ローシェ司祭殿」
俺が呼び止めると、ヤツはふと此方を振り返った。
「なんだ、お前もバーンダイクの田舎者か」
はあ?お前もだろ?という突っ込みは入れずに、俺はもう一度剣を握り直し、再び鞘から抜いた。

すら、と音を立てた剣が、強い砂漠の日の光を反射して強く光った。
「無礼なものは切って棄てていいというお考え、強く賛同致しましょう……」
ひたり、とキノコの笠、いや、首と思われるあたりに突きつけた。

親子して俺に武力で脅されるとか、なんだか皮肉をかんじてしまう。
「マーカスは銃でなけりゃ仕留められなさそうでしたが、あんたなら俺くらいの腕前でも首をはねるくらいはできるでしょうね」
へあ、とぶざまに震えたローシェ司祭に俺は、ニィ、と笑って見せた。
「申し遅れました。俺の名前は、ダニエル・フェリクス。このエルミサードのしがない領主です……貴方が住むバーンダイクもまた、俺の土地ではありますが」
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