どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや

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断罪されたのはダレ?

令嬢はミルクのかおり

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   窓の外にミルクを出しておくこと
   エニシダの茂みには入らないこと
   つるばらの手入れはかかさないこと

これはお母様が教えてくれたこと。

   ウィスキーはいつでも二杯用意
   裸馬には乗らないこと
   ミドルネームは書かないこと

これはお父様が教えてくれたこと。


幼いころ両親を亡くした私にとって、この約束事は2人と私を結ぶたったひとつの絆。だから今日も、私は部屋の外に毎晩新鮮なミルクを置いて眠るし、庭のつるバラは今を盛りに咲いている。

『ありがとう』
『ありがとう』

誰かが囁いた気がした。だけど、それは単なる風の音だったのかもしれない。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

真夏の夜には、不思議なことがおきるというけど、私にとってはいつの夜会も同じことだ。

「また来たんですか、相変わらず厚顔無恥な女だなキンバリー公爵令嬢」

私が控え室の扉の前まで来たとき、ひとりの若い男が私に声をかけてきた。銀縁の眼鏡に濃紺の長い髪、黒っぽい夜会用の盛装に、片手には夜会の夜だというのに数冊の分厚い書物を持っている。なんで?

「こんばんはリュシリュー・フォード伯爵」
私はドレスの裾を捌いて丁寧に頭をさげた。

若くして伯爵位をもつリュシリューは、キンバリー公爵家の外戚にあたる。知らない間柄でないからといって、挨拶をせずに突然突っかかってくるなんて、どうかしているわ。
「皇后陛下から直々に招待状を頂きましたので、こうして馳せ参じましたの。それで、リュシリュー伯爵様のご用向きは?」
私が尋ねると、リュシリューは眉をひそめた。
「お前が来ていることを、皇子がとても懸念しているのですよ。またミュシャを苦しめるつもりなら、容赦しないと警告しに来たまでです」

ハア、と私は口許を持っていた扇子で隠した。
「私が皇子づきのメイドに何をするというの。そもそも顔も会わせはしないでしょう」
そう言うと、リュシリューは持っていた本をバン、と床に投げ捨てた。なるほど、そのために持っていたのね。見た目だけ頭脳派な男に、武器代わりに使われて本が可哀想…。

「今日はミュシャのデビュタントだからな。誰にも邪魔させるなと皇子からの命令だ」
また私は首をかしげた
「ミュシャはどこかの貴族の令嬢でしたかしら?わたしの記憶では」
バーン、とまた床が鳴る。やめてもらわないと貴重な本が傷むし、当たったりしたら骨ぐらい折れてしまいそう。

「ミュシャは愛し愛される国を皇子と作ると約束してくれました。皇子と結婚すれば、彼女が皇太子妃ですよ、敬うという気持ちはないのですか?」
皇太子?と私は眉を寄せた。
「ルディ様が立太子することに決まったのですか?」
私の婚約者、ルディ皇子は確かに第一皇子だけれど、他にも皇后様の産んだ皇子が2人いらしたはず。対してルディ皇子は亡くなった愛妾、フィフィー様の子だ。

「いい加減にしないか、廊下の端まで聞こえているぞ」
コツコツと軍靴をならして、別の声が私に近づいてきた。
「テオドアお義兄さま」
私は義兄を見上げた。この人はとても長身なので、私だけでなくリュシリューさえも見上げることになる。首が痛いわね…
「じきに開場だ、それまでに支度を終えておけ」
冷ややかに言ってドアを開くので、大人しくそれに従った。皇宮の侍従の仕事なので、次期公爵である義兄の仕事ではないのだけれど、私をもてなそうというような皇宮の侍従などいないのだろう。まあ、主が主だものね。

部屋に入り、ふうっと息をついた。控え室専用とはいえ、流石皇帝の宮殿。公爵邸よりさらに煌びやかなソファセットに、支度用の鏡台までついていた。
うちもそうした方がいいかしら?

鏡は高級品だけれど、お義兄さまの結婚相手さがしのために、わりと頻繁に夜会も茶会も催しているし、やっぱり来てくださった令嬢には礼を尽くすべきよね?等と思案する。

鏡の前で上着を脱ぎ、いつの間にか来ていたメイドたちがそれを掛けにゆくのを見守った。本来ならここでも皇宮のメイドが控えているべきなのだけれど、今いるメイドは私が公爵邸からつれてきたメイドだ。

「なんだ、ため息などついて」
おっと、お義兄さまも入ってきていたのね。
「なんでもありませんわ。すこし上着が窮屈だったので」
私が応えると、そうかとも言わずに知らん顔で窓の外を見ている。
「なにかお酒を貰いましょうか?」
自宅である程度用意したとはいえ、令嬢が正式な夜会に出るには支度にかなり時間がかかる。なにかして時間を潰していてはくれないかしら?

「いや、ここでいい」
義兄は窓の外をじっとみているから、私は諦めて鏡に視線を戻した。


白銀と金とが混じり合うような、独特の髪と紫がかった灰色の瞳は、黒髪青い目の義父や義兄とは全く似ていない。そもそもこの髪は、キンバリー公爵家の直系にしか生まれないからだ。

亡くなった父、前キンバリー公爵の髪も、こんなだったのかしらと考える。あまりに幼かったころ亡くなってしまい、私は全く覚えていないうえ、公爵邸にあるのは義父である今の公爵と公爵の息子…義兄と、私の幼いころの肖像画だけだからだ。

それは、母が亡くなる直前に、父と私と三人で描いてもらった肖像画をすべて、墓に埋葬してくれるよう頼んだから。だから、一枚も公爵邸に彼らの肖像画はない。

それはこの国でたったひとりしかいない公爵という重責を父亡きあと共に担ってくれた義父に対する、母のせめてもの気遣いだったのかもしれない。

それでも、私は時々切なくなる。父と母との思い出のよすがが、切れてしまったように感じるからだ。
「アシュレイ、大丈夫か?」
こほん、と咳払いをして義兄が声をかけてきた。やはり待ちくたびれたのだろう。
「ええ、参りましょう」
私がたちあがると、何か口のなかでモゴモゴと
「いや…では…くて」
と言っていたが、直ぐに私の手をとって肘のあたりに掴まらせてくれた。

「ありがとう、しばらくはここで休憩していてね」
メイド達に声をかけると、私は控え室をあとにした。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

会場はメインホールなだけあって、いつもどおり盛況だった。義父がそのメインホールの端に立って、ネクタイを息苦しそうに緩めているのが見える。軍服の詰襟ではそうならないのに、夜会服だとなぜああも窮屈そうなのかしら?

「アシュレイ、私は父さんと少し話してくるが…ここで待っていろよ?」

義兄はそう言うと、私をホールの壁際のソファへ座らせ、反対側にいる義父のところへとホールを横切っていった。

ふう、とため息がでる。今度は気疲れや呆れではなくて、背の高い義兄にあわせて背筋を伸ばしていて少々疲れたからだ。


「ふん、自分の兄にまで色目を遣うとはご苦労なことだな」

気を緩めていたのが仇となって、いつの間にかものすごく近くにその人は来ていた。
「……ルディ様」
うええ、と舌を出しそうになるが、我慢して両手をお腹のあたりでクロスした。こうでもしないと今回こそ堪忍袋の緒がきれて、掴みかかるか、平手くらい繰り出すかもしれないからだ。


「私の名前を呼ぶな。偽物の婚約者めが」





    
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